Long story


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 秋生を新聞部に連れて行った華蓮は、再び行き止まりの壁の前まで戻っていた。
 見たところ変な部分はなく、特に何も感じるものもない。しかしこの向こう側には、何かある。
 華蓮は壁に向かって手を伸ばした。

「それに触れては駄目だ」

 声がしたと思った途端、床から華蓮の前に立ちふさがるように子どもが現れた。
 この子どもは前にも見たことがある。桜生を助けに行ったとき、更に古い方の旧校舎で見た子どもだ。


「どうして?」
「お前が触れるのにはまだ早い」

 桜生を助けてからどれくらい経ったか分からないが、華蓮の記憶していた子どもとは喋り方も声色も随分違うように感じられた。あの時はもっと子供らしい口調で、そして声も今よりも随分と高かったように思うが。

「どういう意味だ?」

 睨み付けると、子どもはまるで華蓮をあざ笑うかのようにニヤリと笑って見せた。
 やはり違う。見た目は全く同じだが、まるで中身が他の何かに入れ替わったか、もしくは二重人格なのではないかというくらいに別人のように見えた。


「お前が青二才だってことかな?」

 子どもはそう言って地面を蹴ったと思うと、一瞬で姿を消した。
 そして次の瞬間、今しがたまで子どもが立っていたところに…また別の何かが立っていた。

 どうしてだろうか。視界はハッキリしているのに、顔は見えない。
 だが、どうしてだろうか。華蓮はその顔を知っているような気がした。

 そしてなぜか…。



「行きたければ、俺を倒して行け」

 男の顔は見えないが、きっと笑っていると思った。
 それも、凄く腹立たしい笑みを浮かべているに違いないと、華蓮はそう思った。







 鉄の味がする。今度は唇を切ったのか、口の中を切ったのか、どっちでも同じだ。
 どっちでも同じだが、不味い味をずっと感じているのは気が乗らない。忌々しいことこの上ない。そう思っても、血は止まらないが。

「随分と酷い有様だなぁ、おい」
「ぐっ…」

 背中を踏みつけられて、華蓮は顔だけを持ち上げて上を見上げた。
 相変わらず顔は見えないが、多分また笑われている。

「お前、俺が一体どういう存在なのか分からなくて消すのを躊躇っているのか?」
「…違う……」

 どういう存在なのか分からないというのも間違いではない。
 悪霊ではないことは確かだし、妖怪でもないだろう。だから安易に消してもいいのかと最初は思ったが…。ここまで一方的に叩きのめされると、さすがに腹も立ってくるし、いっそ一思いに消す気でやってやろうと思っている。
 それに多分、この男は華蓮が本気で消そうとしても消えないだろう。なぜだか、そう確信している。

 だが、それでも無意識に躊躇っているのだとすれば。

 この男から感じる気配に…どうしてか親近感を覚えているからだ。
 華蓮はこの男から感じるこの気配をーー知っている。


「それなら、少し士気を上げる話をするか」
「っ…!」

 男はそう言って、華蓮の背中に体重をかけた。
 重さを感じるということは、やはり霊ではない。しかし、妖怪でも人間でもない。
 この男は明らかに生きていないのに、魂だけどこかに置いて…体だけが存在しているみたいだ。



「お前の名は、鬼神華蓮」


 ピクリと、華蓮の体が動く。
 見上げた顔は、まるで華蓮を蔑むような目をして見下ろしていたように見えた。

「それは……俺の名前じゃない……」


 それはかつて自分のものだった名だが。

 今はもう、自分のものではない。


「ああ、そうだな。この名はもうお前のものではない」
「っ…!」

 しゃがみ込んだ男に胸倉を掴まれ、そのまま持ち上げられて目線が合った。
 それでも顔は見えないが、やはり…華蓮を蔑むような顔をしているに違いないと思った。

「お前の無力さが、全てを奪って行ったんだ」
「う……っ!」

 腹を蹴られて、自分が男から遠のいて行く。吹き飛ばされた。
 地面に叩きつけられるような感覚に表情が歪む。既に全身が血だらけに華蓮には、その衝撃は鋭い痛みとなって体に駆け抜けた。



「鬼神華蓮は今…、楽しそうに笑っている」

「黙れ……」

 ふつふつと湧いてくる。



 これはーーー、怒りだ。



「かつてお前の場所だったところに立って、両親に囲まれて、幸せそうに…笑っている」


 全身を支配していた痛みすら感じないくらいに怒りがどこからか登ってきて、すべての痛みを吸いこんで脳に突き刺さったような感覚だった。

 そしてそれは同時に、華蓮の中の何かを外すスイッチだった。


「黙れっつってんのが―――――聞こえねぇのか!!」


 華蓮は既に感覚のなくなった体で、男に飛びかかっていた。

「うおっ」

 ガンッっという男が地面から響く。バットが地面にめり込んでいた。
 華蓮はそのバットに重心を変えると、避けたばかりで少しだけバランスを崩している男に向かって足を蹴り上げた。
 

「かはっ!」
 
 どん、という音と共に男が壁に叩きつけられた。華蓮は間髪入れずにその男の腹に向かってバッドを突き出す。しかしそれはバシッという音と共に受け止められてしまった。


「リミッターが外れたか」
「人の話を聞かねぇ奴だな」
「ぐはっ…!」

 受け止められたバットに力を込めて、反する力をも重力に代えて無理矢理押男の腹に叩き込んだ。
 そこからずるずると出て来る瘴気に似た赤黒い邪気が、男の四肢を拘束していく。

「やれやれ全く…どこがちょっと手古摺る程度だって?適当なこと抜かしやがって……!」

 男はそう言うと、両腕を拘束しかけていた赤黒い邪気を力任せに振り払った。
 華蓮はとっさに、一歩身を引く。

 男が体に纏っていくのは…この学校を覆っている無限の邪気だ。
 どす黒いものがぐるぐると男を覆っていき、まるで手足のようにうねうねと動いていた。

「お前は俺には勝てない」


 言葉と同時に、目の前に邪気があった。まるで動きが見えなかった。


「ッ!!」

 華蓮は咄嗟にバッドを自分の前に出して叩き飛ばされるのを回避すると、そのまましゃがんで、再び男との距離を詰めた。

「ッう…!!」

 今度は頭に向かってバットを横振りした。ごつっという鈍い音と共に、男の体がゆらりと揺れ、飛んだ。しかし今度は壁に叩きつけられる前に体勢を立て直し、くるりと回転しながら着地した。
 華蓮はそれを確認するより前に動いていて、再び男の頭に向かってバットを振り下ろす。バシンという音がして受け止められたと同時に、今一度腹に蹴りを入れた。

「ぐふ…!!」

 今度こそ床に叩きつけたかと思ったが、男はそれでも再び体勢を立て直して―――いつの間にか華蓮の後ろにいた。
 全く見えなかった。

「あまり調子に乗るなよ」

 バキッという音がした。
 バットを握っている方の腕が反対側に向いているということを認識した瞬間に、声にならない痛みが迸った。

「―――ッ!!」

 だが、こんな痛みは大した話ではない。
 華蓮は反対側に向いているその腕をそのままに、逆の腕で背後にいる男に向かってひじ打ちをした。自分の中に巣食う鬼の邪気を最大まで引き出して。

「な―――!?」
「てめぇこそ調子に乗んなよ」

 再びバキッと言う音がしたのは、華蓮が振り返りながら自分の腕を無理矢理元に戻したからだ。痛みがあったのかもしれないが、それを感じている間もなく華蓮は再びバットを振り挙げた。
 しかしそれを振り下ろしても、何の衝撃も感じなかった。男はまた一瞬で、華蓮と距離を取っていた。
 またしても、全く見えなかった。



「お前は強い」

 男が地面を蹴ったかと思うと、また一瞬で華蓮の目の前まできていた。
 腕が上手く動かなかったせいで、防御が間に合わない。

「ッ!!」

 邪気の塊のようなもので叩きつけられた華蓮は、気が付いたときには再び地面に突っ伏していた。
 男の足が、また背中を踏みつける。


「今のお前はさっきとは桁外れに強いが…俺には勝てない」
「はっ…」

 内臓を圧迫されたからだろうか。口から血が溢れた。
 まずい鉄の味が再び口の中に溢れていく。


「俺とお前の決定的な違いを教えてやろう」


 見上げた顔は、再び冷たい視線で華蓮を見下ろしている。 
 多分、そうなのだろう。


「今のお前はどうしてそれほどまでに力を出せるのか?」
「っ…」
「答えは簡単、お前が今怒っているからだ」


 再び背中を踏みつけられて、微量の血液が口から洩れた。


「憎しみで動くよりは随分とマシだが…そんな感情じゃあ俺は倒せない」
「が…っ」

 思いきり顎を蹴られて、身体がのけぞった。
 そのまま胸倉を掴まれて、先ほどよりも高くまで持ち上げられると――再び男と目線が合った。ような気がした。


「さてここで問題です。俺はどうしてお前を上回るほどの力が出せるでしょうか?」
「はぁ…?」

「俺の原動力は何かって話だ」


 原動力。

 頭の中で何かが引っかかった。




「―――――先輩!!」


 その声を聞いた瞬間。
 華蓮の脳に突き刺さっていた怒りの芯が、一瞬で冷めた。

「どうやら今日はここまでだ」
「は…?」
「さっきの問題、次までの宿題な」

 男はそう言うと、華蓮の胸倉から腕を離した。
 支えを失った華蓮が廊下に倒れるのとほぼ同時に、男は壁の奥に消えて行った。



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