Long story
テストの結果発表もさることながら、放課後になった現在。
自殺した原因である会社の愚痴を散々言い尽くしたことで満足して成仏していく霊を見ながら、秋生は溜息を吐いた。
「テストが終わると、霊たちもテンションが上がるんすかね?」
昼休みが終わったあたりから、まるで火ぶたを切ったように霊たちが騒ぎ始めた。
とはいえいつもより少し多いかなという程度な上に、その全てが話を聞いたり、ちょっと構ってやったりしたら満足して成仏していくので、それほど労力を使っているわけでもないのだが。
「そんなわけあるか」
「ですよね…あ、また出た」
秋生が新しい気配を感じてそう言うと、ただでさえ面倒臭そうだった華蓮の顔が、更に面倒くさそうな顔になった。
それはまぁ、いくら無理矢理消し去ることがないと言っても何人も何人も訳の分からない愚痴を聞いていたら嫌にもなるだろう。秋生は基本的にいつも何もしないが、それでも今日は一段と疲れを感じていた。
「どこだ」
「んーと……とりあえず、旧校舎の方です」
「どっちの?」
「部室がある方です」
もう片方ならば、これほど強くは感じないだろう。
もしかしたら、気が付かないかもしれない。
「それなら李月に行かせろ」
「桜生がゲーセン行くって言ってたから…多分一緒に行ってるんじゃないかと」
一緒に行ったと言うか、多分ほぼ強制的に連行されているだろう。
秋生が思うに、桜生なら60位以内にならなくても遊園地なんて言えば連れていってもらえるに違いない。まぁ、その辺はテストの士気を上げるためだったのだろうが。
「役に立たない1位だな」
「1位は関係ないんじゃ…」
「黙れ」
「はいすいません」
秋生は睨み付けてきた華蓮に即答で謝った。
23位でこれだから、華蓮の言う通りテストの順位なんて何の役にも立たない。1位だろうと23位だろうと59位だろうと48位だろうと、遊園地に連れて行ってもらえるのは桜生で、温泉に連れ行ってもらえるのは春人で。秋生が家電量販店に行くことはない。その事実は変わらない。
「秋生」
「え?」
「どこだ」
華蓮に問われてハッとした。
いつの間にか、旧校舎の前まで来ていた。
「あ…えっと…あっちです」
指差すと、華蓮はさっさとその方に歩き出した。その後ろ姿は、いつもと変わりない、しかし最近はあまり見ることのなくなった素っ気なくて愛想のない華蓮だ。
秋生は華蓮が自分のことを好きでいてくれることを知っている。それはついこの間痛感したことだ。だから、今までの華蓮に不満があったわけじゃないし、今の華蓮に不満があるわけでもない。
けれど心のどこかで、優しくされたいと思ってしまう。それは、華蓮の優しさを知ってしまったからだ。求めるものではないと分かっているのに、どうしてもその思いを抱かずにはいられなかった。
「う、わっ…!」
余所事を考えていると、何でもないところに躓いた。
しかし秋生の体はすぐに華蓮の手により支えられて、顔面から廊下にダイブをするのを回避した……が、これはまたいつものお叱りパターンに直行だ。
「大丈夫か?」
「え…あ、はい…ありがとうございます」
「気をつけろ…と言っても、無駄か」
華蓮はそう言うと、くるりと向きを変えて歩き出した。
…いつものお叱りパターンが、崩壊している。
本来なら「馬鹿か貴様は」とか「筋金入りの馬鹿だな」とか、とにかく馬鹿馬鹿と罵倒が飛んでくるのがデフォルトだ。
最近はあまり言われることがなくなった台詞も、この時ばかりは健在だったはずだが。
「お…怒らないんですか…?」
秋生は慌てて華蓮を追いかけ、隣に並びながら顔を見上げた。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「言っても無駄だと気付いたからな」
「それはつまり…ついに見放された、と……」
余計なことを聞くんじゃなかった。
秋生がそんなことを考えながら俯くと、華蓮の手が頭に乗った。
「どうせ全部俺が助けるからいいってことだ」
「え…っ?」
「だから、躓くなら俺と一緒にいる時だけにしろ」
華蓮はそう言って、秋生の頭を撫でた。
少しだけ笑った表情は紛れもなく、小さかった秋生がいつも目にしていたものだった。そしてそれは、最近はよく見せてくれるようになった、優しい華蓮だった。
「そんなに優しくされたら…、抜け出せなくなりそうです……」
それは望むべきものではないと分かっているはずなのに。
手を伸ばしてしまいそうになる。
「お前な」
「えっ…うわっ…!」
秋生の言葉を聞いた華蓮は進めていた足を止めた。それに反応して秋生も足を止めると、途端に華蓮に腕を引かれて廊下の窓ガラスに体ごと押さえつけられた。
これはもしや、最近はやりの――なんて考えていたら、頭が沸騰しそうになった。
「別に、抜け出さなくてもいいだろ?」
華蓮の顔がすぐ近くまで近寄ってきて、額と額がぶつかった。
息がかかるほどの距離なのに、いつもならここまで来たら…もう唇が触れているのに。今は額以外に触れることはなくて、それが逆に鼓動を早くした。
「ずっと、そこにいればいい」
そう言って、華蓮は秋生の頬にキスをした。
それはこれ以上望んではいけないと必死に耐えている秋生の思いを、簡単に崩してしまうそうだった。
「…そんな、そんなことしたら……俺…いつもの先輩じゃ…優しい先輩じゃなきゃ……だめになっちゃいます」
見上げた先には、少し驚いたような顔をした華蓮がいた。
秋生は俯くが、すぐに顎を引かれて半ば無理矢理に顔を上げさせられた。
今にも届きそうな距離にいる華蓮が、微かに笑う。
それは、秋生の必死な思いを崩す引き金にも近かった。
「…ん……」
華蓮のキスは、いつもどこか、秋生をからかうように悪戯だ。
そんなキスなら、きっと、立ち止まったはずなのに。
感じたことのないくらいに、あまりに優しいキスをするから。
それは駄目だと分かっているのに。これ以上望んではいけないと分かっているはずなのに。
きつく抱きしめられた秋生は至極幸せで、このまま華蓮のことしか考えられなくなればもっと幸せなのにと、切に思った。
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mokuji
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