Long story
午前3時を回った頃から、眠気が至高を迎えてそのままだった。
普通、ピークを超えるとなぜか眠くなくなってきて無駄にテンションが高くなったり、わけもなく踊りだしたくなったりするものだが。そんな夜中のテンションがやってくるわけでもなく、ただひたすらに眠かった。
それでも寝ずに済んだのは李月がずっとゲームの相手をしてくれていたからで、ゲームをしながらも寝そうになっている秋生を起こしてくれ、落ち賭けていた瞼を一瞬で引き上げるくらいに苦いコーヒーも作ってくれた。
しかしそんなコーヒーの効果ももうもたないといったころまで来たときに、遠くの方から何かがガチャリと音を立てた。いつもならば聞こえもしないその音を耳にした秋生は、それが玄関の扉の音だということを自分の中で認識するよりも先に体を動かしていた。
「先輩……!」
「うわっ…」
玄関で靴を脱いでいる華蓮が、秋生の声に振り返るより先にその背中に飛びついた。あまりに勢いが付いてしまい、もしかしたらそのまま玄関にダイブかもしれないと少しヒヤッとした秋生だったが、そこは流石華蓮だ。予期しない背後からの重みで玄関の地面に倒れ込みそうになった体は、そうなることなくどうにか踏み留められた。
ダイブを免れたことに安心しつつ一度体を離すと、その背中が振り返った。少し驚いた表情を確認しながら、秋生は間髪入れずに再び華蓮に抱き付いた。今度は勢いを加減したために倒れるようなことにはならず、華蓮は受け止めた秋生の体を抱きしめた。
「先輩、ごめんなさい…!」
「?…何が……?」
今度は顔を上げて話をすることが出来た。
見上げた先の華蓮の表情は、秋生の言葉を理解していないというよりは、状況を全く理解していないと言った方が正しいだろうと思った。
「俺…先輩に…そのっ…えっと……!」
酷いことを言ってしまったことを謝って。それから華蓮の問いの答えを返さなければと思った。
言いたいことは決まっているのに、さきほど李月に対しては言うことが出来たのに。華蓮を前にすると上手く言葉を繋げることが出来なくて、秋生はあれを言おうこれを言おうと思っていたことが頭のなかでぐるぐると駆け巡って一気に混乱してしまった。
これではあの時の二の舞になってしまう。それだけは避けたかった秋生は、どうにか思いを伝えようと口を開いた。
「――――大好きです!!」
それは自分でも予想外の言葉だった。よくよく考えると、言いたかったことを全部ひっくるめてそれ以上ないくらいに簡潔にまとめた結果の発言だったが、その余りの直球ストレート具合に顔が一気に熱くなっていくのを感じた。
突然の告白に華蓮は驚いたような表情を浮かべていたが、多分秋生はそれよりも驚いた表情を浮かべているのではないかと思った。あまりの衝撃と恥ずかしさから顔を伏せてしまいたくなった秋生がったが、それは同時に秋生を落ち着かせることに繋がった。出だしでこんなに恥ずかしいことを言ってしまったのだからもう大丈夫だと、わけの分からない自信に繋がった。
「あの…俺、ちゃんと分かってます。自分の気持ちも、先輩のことも、良狐や亞希さんに感化されたものなんかじゃないって……ちゃんと分かってたんです。でも…あの時は…頭がぐるぐるしてて、混乱してて…答えられなくて。でも、俺…そうじゃないって分かってるから……」
せっかくその顔を見ることが出来たのに。
秋生は結局俯いて、華蓮の背中に回している腕に力を込めた。
「俺のこと…嫌いにならないでください……」
李月の前であれだけ泣き明かしたというのうに、また涙が溢れてきた。秋生の中の涙を作る部分は、体内のあらゆる機能の中で一番優秀だろうと思った。
「嫌いになんてならない」
強く抱きしめられて、体温が伝わってくる。
それは秋生を安心させると同時に、涙の量を増やした。
「…何も言わずに出て行って悪かった」
顔を上げると、華蓮は少しだけ困ったような表情を浮かべていた。
そして、秋生が顔を上げたのを見つけると、涙でぐしゃぐしゃになったその目元にキスをした。その唇は冷たくて、号泣して熱くなっている目元に心地いい感覚が広がった。
「俺も大好きだ」
それは先ほどの秋生と全く同じで。直球ストレートの愛情表現だった。
秋生が覚えていない間に華蓮が言ってくれたらしいその言葉は、もう一生聞ける機会がないかもしれないと思っていたのに。こんなにも早く、聞くことが出来るなんて。
嬉し過ぎて今なら飛べそうな気がした。
「……ろくおん」
「は?」
「録音するから、もう1回言ってください…!!」
「馬鹿か貴様は」
久々だ。随分と久々に言われた言葉だった。
どきっとした。
「だって…そんな!もう、聞けないかもしれないのに…!」
「大好きだ」
「あっ…ずるい!でも嬉しい……も、もう1回」
「もう言わない」
華蓮はそう言って、今まで以上に秋生をぎゅっと抱きしめた。秋生はその体温を感じながら、それに応えるように力一杯抱きしめ返した。
きっともう何があっても、自分の気持ちが分からなくなることはない。そう確信した。
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mokuji
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