Long story


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 華蓮と春人、そして吉田隆は旧校舎の資料室に来ていた。旧校舎で使用されているのは、3教室分ある資料室とトイレ、そして華蓮と秋生がいつも滞在している応接室だけであった。応接室に時計があることはまずないとして、トイレを一通り回ったのちの資料室。
 ここに来るまでの過程は、思ったほど気まずくはなかった。春人としては華蓮は見ているだけで春人が探す専門の気でいたがそうでもなく、華蓮もそれなりに作業をするし、何よりまともに会話が出来るのかと危惧したが、意外に華蓮は春人が質問をするときちんと返してくれた。とはいえ、質問の内容はすべてこの一軒がらみのことであったからで、関係のない質問をすると返してくれないのかもしれないが。吉田隆は完全に空気であったが(春人には見えないし聞こえないので華蓮と会話をしている可能性もあるが。少なくとも春人が見ている中で華蓮が一人で喋っている状況はなかったので多分話はしていないだろう)それも別に問題はなかった。

「ここ、結構骨が折れそうですね」
「そうだな」

 天井に着きそうなほど無造作に積み重ねられた資料がいくつもある。無暗に手を出すと崩れてしまい、生き埋めになりかねない。もう少しきちんと整理をすればいいのにと思う春人であったが、今言ってもしょうがないし、むしろ今から自分たちが整理することになるのだろう。

「…俺がこっちのスカイツリーの方やりますから、夏川先輩は東京タワーをお願いします」

 先ほどから終始こんな感じだった。春人は自分から面倒臭そうなほどを買って出る。どうせ「どっちにしますか」なんて聞いても無駄だからだ。華蓮が自ら面倒臭い方を買って出る訳がない。と、秋生から華蓮の話を聞いている感じからその考えに行きついた春人は、最初からその無駄は質問をせず、自分から面倒臭い仕事を買って出ることにしたのだ。その方が華蓮の機嫌を損ねることもないし、事もスムーズに進む。早く終われば、早く秋生とshoehornが出来る。そのためなら、多少の苦労は惜しまない。

「俺がそっちだ。この量が仮に倒れて来たら、お前は避けられないだろう」
「確かにそうですけど。…いいんですか?」
「俺は避けることが出来る」

 春人は思わず顔をしかめた。秋生の話と違う。

「…何だか話と違う」
「何が」
「秋の口ぶりじゃ、夏川先輩は人のことを気遣ったりしない人って感じでした。面倒事は全部秋にやらせる的な話もしてましたし」
「あいつは危機感が無さすぎる。何度言っても聞かないから、こき使って体で危機感を体験させるしかない。仮にここにいたのが秋生なら、そっちをやらせている。あいつは一度生き埋めにならないとその危険さを理解しないからな」

 華蓮はそう言った後、「それでも理解しないから埒が明かない」と、どこか投げやりに吐き捨てた。
 確かに、秋生は「危ないかもしれないからやめておこう」ではなく、「多分大丈夫だから行こう」という考え方だ。よく言えばポジティブ、悪く言えば後先を考えないタイプ。

「なるほど…。でも、それならこの前図書室に連れていかなかったのはどうしてですか?」

 春人は聞きながら、作業を開始することにした。華蓮は既にスカイツリーに手を付けている。自分だけ作業を怠れば、話を打ち切られるかもしれない。

「危険に晒すにも限度がある。あいつに体験させる危険は俺が庇える程度のものだけだ。…あの旧校舎は異常だ。普段のあいつならともかく、力を使えない状態で連れて行って獲物を始末している間に何かあっても対処しきれんからな」

 納得のいく返答だ。そして、それは同時に春人の華蓮に対するイメージを大幅に変える返答だった。もし秋生もこれを聞けば、華蓮に対するイメージが大きく変わると思う。

「……それ、秋に言ってあげればいいのに」
「言ったら意味がないだろう」
「確かにそうですけど。…秋は、この前の図書室に連れていってもらえなかったこと、先輩に屑認定されたからだって思い込んでますよ。加奈子ちゃんって幽霊より役に立たないからそのうち捨てられるんじゃないかって」

 時計を探しながら資料を掻き分けつつ、ついでに種類別に分類していく。何年前の物かも分からない数学の教科書なんて、取っておくだけ無駄じゃないのか。さっさと捨ててしまえ。

「どうして加奈子を競う必要がある。全く筋金入りのバカだな」
「…先輩は、もし秋が全く能力を使えなくなったら心霊部から除名しますか?」
「愚問だ」

 春人は手を止めて華蓮の方を振り向いた。それはどちらの意味だろうか。

「放っておくとどこの馬の骨にとり憑かれるかも分からん。そうすれば余計な面倒が増える」

 華蓮は作業を勧めながら、さも他人後のように呟いた。

「そうですか」

 春人は資料の分別に戻りつつ、少し笑みを浮かべた。少なくとも、秋生は力がなくなっても華蓮のそばから追放されるよとはないようだ。それを教えてあげると舞い上がってしまうから言えないけど、春人は自分の友人が落胆することがないのだと思うと多少なりと気分が良くなった。

「何だか作業効率が上がりそうです!」

 春人がそう言った言葉に、華蓮の返事はなかった。独り言と思われたのか、はたまた返す必要がないと思われたのか、単に返すのが面倒になったのか。そこはどうでもいいし、春人としても返して欲しかったわけではないので問題はない。
 春人は相変わらず昔の教科書ばかり重なっている東京タワーを仕分けていく。数学ばかりだった教科書は、タワーを崩していく中で現代文の教科書に変わった。しかし、やはり春人たちが使用している教科書は違う。比較的新しそうなデザインから、紙の色もすっかり茶色くなったレトロなデザインまで様々だ。

「そういえば、幽霊さん、現代文の先生目指してたんだったよね…?ここに教科書たくさんあるけど、何か思い出すものあったりする〜?」

 どこにいるか分からない吉田隆に話しかける。返事はない。しているのかもしれないが、春人には聞こえない。

「見覚えはないそうだ」
「そうですか…」

 もしかしたら、本人が使っていたものもこの場所に放り込まれているかもしれないと思ったのだが。デザインが分からないのでさすがに探しようがない。

「他にも出てくるかもしれないから、一応確認してくれる?」
「……分かったと言っている」

 吉田隆の代わりに華蓮が答える。春人的には、吉田隆がどの辺にいるのかも把握しておきたいのだが。華蓮にそんなことを聞くと突っぱねられそうなのでやめておいた。見えなくとも、感触はなくとも、知らぬ間に幽霊の胴体をすり抜けているかもしれないというのは、ちょっと嫌だが、すり抜けていないと思い込むしかないだろう。

「現代文の教科書、結構種類あるな…」

 独り言をぶつぶついいながら、春人は仕分けていく。中身が変わっているのか確認してみたいものだが、そんなことに余計な時間を割いている暇はない。一刻も早く時計を見つけて、秋生とshoehornの話をしたい。

「現代文の教科書のくせに、随分と奇抜だなぁ」

 赤と青の表紙の現代文の教科書など初めてみた。春人のイメージ的には英語の教科書が一番派手なイメージであるが、これは春人の知っている英語の教科書よりも数段派手だ。イラストなどが描かれている小学生の頃の教科書よりも派手だ。現代文の教科書というのは、白地に「現代文」ただこれだけでいいのではないだろうか。


「おい待て」
「え?」
「その奇抜な教科書に見覚えがあるらしい」
「おお!…じゃあ、一応これの中身を調べて行きますね」

 何も覚えていない中でこれだけ覚えているというのも不思議な話だが。まぁ、これだけ奇抜だったら記憶にも残りやすいかもしれない。
 春人は一冊ずつパラパラとページをめくっていく。春人はてっきり、余った新品を置いているだけだと思っていたが、そうではないらしい。置いている教科書はどれも使い込まれている感じがにじみ出ていた。赤線が引いてあるものが多い。もしかすると、卒業生がそのまま机の中に放置していったものなのかもしれない。
 春人はページを捲りながら中に何か挟まっていれば確認し、落書きがあればそれも内容を確認する。中々面白い。ダビデの像は大半が落書きされているし、小説の最後に作者の紹介がされている欄の写真も同様に落書きがされている。漢字テストの勉強だろうか、何度も同じ漢字を繰り返しているものもあれば、相合傘が書かれてあるものもある。男子校だから持ち主は男子しかいないわけだが、相合傘とは実に女子っぽい。実に芸術的な絵が描かれているものや、どうして絵を描こうと思ったんだと言いたくなるほど下手な絵もある。さすがに物が挟まっていることは少なかったが、全くないわけでもなく。おなじみ相合傘や、授業中に紙に字を書いて会話をしていたのだろう。書体の違う字が書かれた紙。内容は「あのハゲうぜぇな」とか「次当てられるから答え教えて」とか。ありがちな内容ばかりだ。ハゲとは一体誰だろう。5年前に使われていた教科書だから、もしかしたらまだこの学校にいる教師のことかもしれない。

「っ!なにこれ凄い。…何で中身確認せずに、置いてっちゃうかなぁ」

 春人は噴出しそうになったのを堪えて、すぐにポエムから視線を逸らした。教師の悪口などはいいかもしれないが、酷いものは片思い相手に宛てたポエムなどもあった。読み上げることは自重したが、本当に男子校かと疑いたくなるような内容だ。後で秋生に見せて一緒に笑おう。

「おい、うるさい黙れ」
「あ、ごめなさい」
「お前じゃない。後ろで腹を抱えて笑っている悪霊の方だ」

 華蓮は既に吉田隆を悪霊呼ばわりしてしまっている。

「いやまぁ、吉田さんが笑う気持ちも分かりますよ、これは」

 顔をしかめている華蓮に春人が教科書を手渡す。

「……頭が湧いているにもほどがある」

 華蓮は笑いこそしなかったが、ドン引きしているようだった。

「でしょ。今見せたら枕に顔うずめてバタバタしちゃうやつですよ」
「そうなるなら最初から書くな」
「厨二病って、そういう問題じゃないですから」

 華蓮には分からないだろう。きっと、厨二病などとは縁がないだろうから。

「どうでもいいが、作業をおろそかにするなよ」
「分かってます。俺は大丈夫です」
「そうだな。問題はそこの悪霊だ。おろそかにしたら、時計云々の前に叩き斬ってくれる」

 きっと華蓮は本当に叩き斬ってしまうだろう。昼休みを返上して探している苦労などを全て無駄にしたとしても、関係なく。

「さぁ、続き続き」

 春人は再び教科書の山に集中することにした。単純作業の繰り返し。中を見て落書きを確認して、挟まっているものも確認して。そうしているうちに頭が混乱してきた。今手に取っている教科書は既に確認したものか、そうでないものか。集中力が切れるのが早い。疲れてきたが、しかし休むわけにもいかない。


「……んん?」

 何か違う。確かに教科書だが、少し厚いような…そうでないような。中を開けてみると、黒字に所々赤字が混じっている。後から書き込んだものではない。

「教員用の教科書だ」
「え?」

 華蓮の声に振り返るが、華蓮は春人の方を向いているわけではなかった。ひたすらに作業を続けている。

「悪霊がそう言っている」

 教員用の教科書って、最初から書き込んであるのか。初めて知った。

「…じゃあ、これが吉田さんの遣っていた教科書……?」

 更に中を捲るが、授業に関係あること意外は何も書き込んでいない。よほど真面目だったようだ。何か挟まっていることも――あった。

「夏川先輩、役に立ちそうにない手がかり発見です」

 ちぎられたメモ用紙。中には殴り書きでこう書かれてあった。
『欲しいもの 腕時計』
 それは知っている。だから今探している。教科書にはそれ以外、参考になりそうなものは何もなかった。
 華蓮も作業を止めて春人の持っている教科書を覗き込む。あまり役に立ちそうにない手がかりだったからか、溜息を吐いた。

「…でも、なーんか引っかかるなぁ」
「お前は秋生よりも勘がいいな。深月が認めているだけのことはある」
「え?」
「自分の欲しいものをいちいちメモに残すか。それも、教科書の中に」
「そうか、それです!」

 普通、自分の欲しいものなんて書き出さなくても分かる。仮に書き出すとしても“欲しいもの”なんて書かなくてもいい。それに何より、自分の使っている教科書の挟むなんて不自然だ。毎日目にして、欲しいものを痛感したいということはないだろう。もしかしたらあるかもしれないが、可能性は少ない。

「じゃあ…探してる腕時計は、誰かに贈る予定だった…?」
「そういうことだ」

 少しだけ前に進めそうな気がした。東京タワー解体も無駄ではなかったらしい。

「このまま上手くいけば、放課後には秋とshoehornの話で盛り上がれるかも〜」
「……あんなわけの分からないことを歌っているだけのキチガイ共の何がいいのか」

 華蓮の口調は冗談ではない。本当にそう思っているのが声色から分かる。

「意味不明だからいいんじゃないですか。shoehornの歌聞いてると、自分の悩んでることとかどうでもよく――は言いすぎですが。少なくとも、聞いている間は忘れられます。バカバカし過ぎて」
「バカバカしいという点については同感だ」
「バカバカしいって言えば、ユウ様が一番バカっぽさ出してますけど。俺にはそれがいいんですよね。だからユウ様が二番」
「二番?」
「公には一番ってことになってますけど、本当は二番です。本当の一番を好きだっていうと、キチガイ扱いされちゃうんです。…でも、夏川先輩はファンではないですし、嘘つく必要もないかと」

 ちなみに、秋生にも本当の一番を教えてある。打ち明けた時は驚かれたが、だからといって態度が変わることはなかった。秋生にとって誰が好きかは関係なく、同じ話を共有できればそれでいいのだそうだ。

「秋とはいっつも誰が一番かで揉めるけど、そこは絶対譲りませんよ…って、先輩は嫌いなんですよね、すいません。こんなにたくさん話しちゃって」
「ギターの話を延々としてくる秋生よりは幾分かマシだ」
「…嫌いなんですか?」
「仮にどこかで出くわしたら間違いなく一振りしている」

 バッドと、という意味だろう。絶対にどこかで出くわさないで欲しいと、春人は心から望んだ。なぜ嫌いなのかと聞きたかったが、聞くのも憚られるほど嫌悪感が滲み出ていたのでやめておいた。

「…貴様、そういうことは早く言え」
「え?……吉田さんが何か言ってるんですか?」

 さすがに何回目かになると、自分と話しているのかそうでないかくらい把握できる。今は明らかに、春人ではなく吉田隆に話しかけていた。

「時計のことを少し思い出したらしい」

 どうやら、思いのほか進展しそうだ。放課後shoehornも夢ではなさそうだ。春人は見えてきた希望に自分の心躍が踊るのを感じた。


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