Long story
「あ!!」
よやくテストが全て終わって教室全体が一息ムードの中、ひときわ目立つ容姿からこれまた目立つ叫び声が室内に響き渡った。ほんの数秒の間、教室内の視線という視線が秋生に向けられる。
「何、どうしたの?」
「まさか、テストの回答欄ひとつずつずらして書いちゃったとか?」
桜生が首を傾げ、春人は少しだけ青ざめていた。
もし本当に春人の言ったことになっていたら、叫ぶだけでは終わらなかっただろう。ショックで確実に気を失っている。
「違う。今朝部室に寄った時に…携帯、置いてきたっぽい」
「なんだ、そんなことか」
「いやそんなことって…俺には一大事なんだけど」
「別にホームルーム終わった後でどうせ行くんだから、いいんじゃないの?」
桜生の言うことは一見その通りに思われる。
あと10分もすればホームルームが始まり、それからもう10分もすればそれも終わって下校となるだろう。つまりあと20分待てばいいだけのことなのだが。
「もし何か出たらすぐ先輩に連絡しなきゃいけないのに…怒られるって」
「ああ…なるほど」
秋生の言葉に、桜生が納得したように頷いた。
ちなみに、桜生はまず携帯を所持していないし、春人の携帯には華蓮の番号は登録されていない。
「馬鹿か貴様は!って言われちゃうね〜」
「いや、心底呆れられながら筋金入りの馬鹿だなって言われる可能性もある」
「ここまで馬鹿だといっそ清々しいとか〜?」
「どうしようもない馬鹿だとか、救いようのない馬鹿だとかもありそう」
「どれも嫌だ!」
どれも嫌だが、どれも言われたことがあるような気がするのが悲しい。
そして、微塵も反論できないところが尚悲しい。
「じゃあ取って来たら〜?ホームルームまでには戻って来れるでしょ」
「うん、そうする」
今テストが終わったばかりなので、ホームルームまでは時間がある。ゆっくり歩いて行って戻って来ても、きっと時間は余るだろう。秋生は春人の言葉に頷きながら、席を立った。
「一緒に行こうか?」
「いいよ。部室行って帰ってくるだけだし」
「ま、みんなテスト終わりだし…変に心配しなくても大丈夫か。いってら〜」
「いってらっしゃーい」
「行ってきます」
秋生は手を振って見送った桜生と春人に手を振り返して、教室を出た。せめて部室に着くまでは、何の気配も感じなければいいと思った。
変に霊の気配を感じたくないと思っていたからだろうか。教室を出た瞬間に少しだけ寒気を感じた気がしたが、秋生はそれを気にすることなく部室に向かう。
しかし、旧校舎に入った瞬間に、また微かな寒気と同時に何か違和感を覚えたような気がした。
秋生は一瞬首を傾げたが、しかしその違和感の正体が何か分からず、そのためそのまま部室の方に歩きだす。
「あれ…?」
現在の部室である多目的室は2階に位置している。部室の場所が移ってからもうすでに結構な日数が経っており、そこに行くまでの道のりも見慣れたものだった。だから、部室が変わってから最初のうちはよく間違えて1階の応接室に足を向けてしまうこともあったが、さすがに数週間も経つとそんな間違いをすることももうなくなっていた。
今日もすっかり慣れた道のりをたどるように、旧校舎に入って階段を上がって2階に来たはずだった。それなのにどうしてだろう。秋生の歩いている廊下の合間にある教室には、校長室や、宿直室などといったプレートがぶら下がっている。それは、多目的室に向かう道のりにある光景ではない。応接室に向かう道のりにある光景だ。
「俺…間違えたのか…?」
そんな記憶はないが、しかし今目の前にある状況は間違いなく応接室に向かう道のりだ。
秋生は目の前の状況に首を傾げたが、しかしそうならばこのまま進んでもしょうがない。来た道を引き返して今度こそ階段を上がって2階に向かった。
「はぁ?」
階段を上がって廊下を歩きだしてすぐ、またしても目の前には校長室、そして宿直室というプレートが目に入った。
今度は確かに階段を上がったはずなのに、意味が分からなかった。
「どっか変な空間に迷い込んだのか…?」
もしかしたらここは、旧校舎であって旧校舎出ない場所なのだろうか。誰かの作り出した幻想の世界に迷い込みでもしたのだろうか。
秋生は立ち止まって再び首を傾げた。
何の気配も感じなかったが、これは明らかにおかしい。
いくら秋生が筋金入りの馬鹿で、どうしようもない馬鹿で、救いようのない馬鹿だとしても。流石に2回も道を間違えたりはしない。
「どうしよう……」
いつもならここで華蓮に連絡するところだが。
今は連絡しようにも、その連絡の手段がない。そもそもその連絡手段を得るために旧校舎に来たというのに、ついていないとしか言いようがない。いや――華蓮に言わせれば、ついていないのではなく、秋生が馬鹿だからということになるのだろう。
自分で考えて、少しだけ虚しくなった。
「とりあえず…戻るか」
多分、立ち止まっていてもこの空間から抜け出すことはできないだろう。
きっとどこかに出口があるはずだ。となると、最初に浮かぶのは入って来た場所。秋生は再び向きを変え、旧校舎の入り口に向かった。
「いやまぁ、ですよね」
先ほどから何度となく一人言を呟いている秋生だったが、多分本人はそれに気づいてはいないだろう。
いくら入口に戻ろうと歩いても、そこにたどり着けることはなかった。もう何度目かも分からない校長室のプレートを通り過ぎた秋生は、立ち止まって溜息を吐いた。
いつかの――睡蓮と出会った時のことを思い出した。あの時も、一定の空間から出ることができずに走り回った。あの時は森だったのであまりループしているようには感じなかったが、今回は目に見えて無限ループな状態だからだろうか。以前とは違って歩いて移動しているのに、以前よりも疲労を感じた。
こうなったら、以前の時ようにこの無限ループの発生源を叩かなければならないということか。学校では基本的にすべてを華蓮に任せっきりの秋生が、まさか自分で悪霊(かどうかは分からないが)を成敗する日が来ることになろうとは。あまり考えたこともなかった。
しかし、最近は常に良狐の調子もいいようなので、いつかの化け物のようなものでない限りは多分どうにかなるだろう。秋生はそんな風に軽く考えながら、意識を自分の中に集中させた。
「良狐―――…良狐?」
いない。
いつもは意識をすれば自分の中に良狐の存在を感じることが出来る。だが、今は何の存在も、気配すらも感じることが出来ない。
「まじかよ…」
最近、割と自由に動けるようになった良狐が秋生の中から出て華蓮や李月の所に行っていることはよくあることだった。だから、その存在を感じることができないということが、今もそうだということを示していると想像するは容易なことだった。
なんとタイミングの悪いことだろうか。秋生は予想にしてなかった事態に、心底溜息を吐いた。
良狐がいないからといってこのまま永遠にさ迷い歩くわけにもいかない。
秋生は再び、今度は外に向かって意識を集中させた。すると、先ほどまで気が付かなかったことが嘘のように、その気配を感じることができた。
「これは…マジで怒られるタイプのやつだ……」
この気配の大きさは、教室を出た時点で気づいていてもおかしくなかった。それを気付かずにここまで来たということが華蓮に知られたら、絶対に罵倒される。最近は優しい華蓮だったが、さすがにこれは怒られる。
秋生は自分が様々な暴言で罵倒される光景を思い浮かべながら、飽きもせずに再び溜息を吐くのだった。
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mokuji
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