Long story


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 まずは深月・秋生グループ。加奈子も加わったことで大分にぎやかだ。深月には加奈子の声は聞こえないが、秋生がきちんと伝えてくれるので朝礼の際に体育館で華蓮を交えて話した時よりは大分話やすいのかもしれない。
 体育館倉倉庫は全部で4つ。体育館が第1体育館から第4体育館まであるからだ。特に第1体育館は全校生徒が入るくらいの大きさなので相当大きい。つまり、舞台も相当大きい。ということは、舞台下の椅子の数も尋常ではない。

「第1体育館から気が遠くなるな」
「同感っす」

 50脚程度の椅子が乗っている台車を一台ずつ出してはその中を見て、台車がしまってあった場所を見て、再びしまう。この作業をひたすら繰り返すのだ。

「私、反対側から中に入って覗いてくる」
「おー、よろしく」

 というか、加奈子がそれを全てやってくれたらありがたいのだが。加奈子1人で探してもらうには骨が折れる仕事だろうし、後で何もしていなかったと言われるのも困る。忘れかけていたが、秋生は汚名返上、名誉挽回しなくてはいけないのだ。

「さぁ深月先輩。ちゃっちゃと済ましちゃいますよ」
「そんなにshoehornの話がしたいのか?」
「一番はそれっすけど。この前の図書室の一件で加奈以下になった俺の信用を取り戻さなきゃいけないんす」
「まだそれ引きずってたのかよ」
「当たり前っす。屑認定されたままでこのまま心霊部除名されたらどうするんすか」
「除名されたら何か悪いことでもあるのか?」
「大ありっすよ!遅刻できなくなっちゃうし。校則も守らなきゃいけなくなっちゃうし。授業も真面目に受けなきゃいけなくなっちゃうし。まぁ、春人に迷惑かけなくてよくなるって点ではあれだけど。それに、同じ室内に居ても喋ってくれない先輩が接点のなくなった俺と喋ってくれると思いますか。絶対にすれ違っても無視っすよ。俺が話しかけても無視っすよ」
「それ…、特別待遇がなくなるのと、夏と喋れなくなるのとどっちが嫌なわけ?」
「え?…そりゃあ……うーん」

 特別待遇がなくなるのは困る。茶髪も黒に戻さないといけないし、毎朝早起きしなければならない。授業に出るのも憂鬱だ。とはいえ、髪の色など慣れれば黒でも支障はない。なんだかんだ今は応接室の窓から登校してくる学生を見ているくらいだから、遅刻をしているわけではない(むしろ他の生徒よりも早く来ている)。勉強は憂鬱だが、間に春人と話すのは楽しい。それでもやはりもしもの時というものがあるため、特別待遇が亡くなるのは困る。
 対して、華蓮と接点がなくなった場合。何か困るのかと聞かれれば、別に何も困らない。すれ違っても無視されるとだけだ。だが、無視されたからどうなのだ。接点がないのだから、わざわざ話す必要もないのだ。けれど、どうしてだろう。特別待遇がなくなるよりも、華蓮と接点がなくなることの方が重体問題な気がする。

「………わかんないす」
「ふうん」

 深月はどこか意味深に微笑した。その笑みが何かを悟っている感じで秋生はちょっと嫌だった。

「深月先輩はいいっすよね。あの人にも認められてて。っていうか、心開いてもらってて」
「前も言ったが、あいつは俺に心は開いてない。…昔は多少なりと開いてたかもしれないが、今は完全にない」
「深月先輩、人にはプラスに考えろって言う割に自分もマイナス思考っすよね。今日の通じ合ってる感といい、先輩は深月先輩のことを信用してます。心開いてる証拠じゃないっすか」

 通じ合っている会話というのは、お互いが信用し合っているから出来ることだと秋生は思う。

「あんなもの、少し考えれば誰だって思いつく。信用はされてると思うが、それは秋生だって同じだろう。あいつは信用もしてない奴と組んだりしない。そして、信用してるからといって、心を開いてるわけじゃない。普通はそれがイコールなのかもしれないが、少なくとも夏は違う。俺は夏に心を開いてもらってないと断定できる」
「どうしてそこまで言い切れるんすか…?」

 深月の言葉は自信に満ちている。何か根拠がなければ、そこまで自信を持って話すことはできないはずだ。何の根拠もないことをいくら力説しても誰にも信じてもらえない。新聞部である深月はそれをよく分かっているはずだ。

「夏を名前で呼ぶとキレるの知ってるか?」
「知ってます。初めて会ったときにバッドで殴られそうになりました」

 思い出すだけでも鳥肌が立つ。あの時は本当に殺されるかと思った。

「それが根拠。あいつは自分の名前を嫌ってる。だから、誰にも名前を呼ばせない。俺も昔は名前で呼んでて、その時は嬉しいとか悲しいとか楽しいとか、色んな感情も見えた。でも今は違う。あいつから感じるのは怒りとか、面倒臭いとか、物理的な苦痛とか、そういう感情だけだ。それも、本当の感情じゃなくて、まるで偽物の感情みたいな」
「偽物の……」

 確かに、華蓮の感情はいつも同じようなものばかりだ。深月が出した例に加え、呆れとか、諦めとか。そんなマイナスの感情ばかりだ。ただでさえそんな感情しか表に出さないのに、秋生はそれしか知らないのに。それすらも偽物なのか。

「そして、あいつが名前で呼ばれても怒らない相手が一人だけいる」
「え、誰っすか?」
「あいつの弟だ。弟の前でだけあいつは偽物の感情じゃなくなる。相変わらず怒りとか苦痛とかの感情しか表には出さないけど、偽物じゃない。だから、あいつの名前を呼べるということが、あいつが心を開いてるってことだ」

 深月の表情はどこか寂しそうで、悲しそうで、そして懐かしそうだった。
 華蓮に弟がいたことにまず驚いたが、秋生にとってそれは二の次だった。

「どうして…、変わっちゃったんすか」

 昔は名前で呼んでいたのなら、少なくとも昔は名前を嫌っていなかったということだ。一体何が、華蓮に名前を嫌わせ、そして華蓮から感情を奪ったのか。

「それは本人に聞くべきだな。今は無理でも、そのうち話してもらえるよ」
「俺なんかに話してもらえる時がきますか?」
「まぁ、秋生次第だな」

 実にアバウトだ。自分次第と言われても、全くどうしていいのか分からない。これまでの自分の態度が正しいのかどうかも分からないのに、これからどうしろと言うのだ。模範解答をくれとは言わないから、せめてもう少しヒントくらいくれてもいいのではないだろうか。

「弟のこと話の、夏には内緒な。…ていうか、今の話は全体的に言うなよ」
「分かりました。…そのかわり、これからもちょくちょく先輩のこと教えてください」

 弟の話を聞いて思った。秋生は華蓮のことを知らない。華蓮が無愛想で、自分を中心に物事を考えていて、目的のためなら手段を選ばなくて、激しく自由で。でも、時々優しいところもあったて。
 秋生が知っている華蓮はほんの一部で、それも深月の話の通りなら偽りの華蓮だ。そう思うと、なんだかとてつもなく虚しく思えて、同時にもっと華蓮のことを知りたいと思った。

「いつでも教えてやるよ。俺の知ってる範囲ならな」
「ありがとうございます」
「秋生も、夏に心開かせるように頑張れよな」
「まぁ…、それなりに努力はします」

 とはいえ、何をどう努力すればいいのかさっぱりわからないけれど。でも、どうやらそれなりに信用されているらしいと分かっただけでも、秋生としては随分と嬉しい発見だった。本当かどうかは定かではないが、深月の言うことなので多分間違いはないだろう。

「お喋りしてるけど、ちゃんとやってる?」
「…あれ加奈、そっちはもう終わったのか?」
「ここまで終わったよ!ちゃんと端から端まで」

 加奈子に言われて舞台全体を見渡してみると、秋生と深月が終わらせた分よりも大分多くを終わらせたようだ。台車の出し入れをしなくていいというのはやはり相当楽なのだろう。

「加奈子ちゃんは終わったのか?」
「ここまで全部終わったって言ってます」
「おお、やるなぁ加奈子ちゃん」
「へへーん」

 体育館はあと3つあるが、第一体育館以外は規模が小さい。この分ならば思いの他早く終わるかもしれない。一筋の光が見えた。

「もしかしたら、放課後にはshoehornの話ができるかもしれない!」
「それ、明日じゃだめなのか?」
「寝たら熱が冷めちゃうじゃないすか。そりゃあ、明日でも十分盛り上がれますし、多分盛り上がりますけど。でも、今日がいいんすよ、今日が!」
「あっそう。……ちなみに秋生は、あの中では?」
「ヘッド様一筋っす」

 ここで再び解説すると、当たり前であるがshoehornのメンバーにはそれぞれ名前がある。リーダーの侑だけはyouと本名(綴りは違うけど)であるが、他のメンバーは本名ではない。そして秋生の言う「head様」とは、唯一役割を入れ替わらないギターのことである。名前の由来は、意味不明な歌詞をちゃんと歌に仕上げることからバンドの頭脳という意味でつけられたらしい(適当に付けて理由は後付けという話もある)。ちなみに、他のメンバーも役割が入れ変わるといっても、それぞれ基本形がある。まず本日全教朝礼で歌っていたのはリーダーの侑だが、基本的にはドラムだ。しかし、目立ちたがりのためたびたびボーカル強奪を行う。そしてボーカルとベースはそれぞれ右腕と左腕という意味のleft armとlight armだがレフト様、ライト様と呼ばれている。

「ふーん」

 興味なさげな返答とは裏腹に、深月はそこで少し微笑した。もしかしたら、ここまで熱くなっている秋生に引き、それが引き笑として顔に出たのかもしれない。まぁ、元々引かれてはいたのだが。

「秋がその話始めると終わらないんだってー。早く次に行こうよー」

 加奈子は全校朝礼の時を思い出しながら顔をしかめた。1質問したら100返ってくるのだから、たまったものではない。湧いていた興味なくなるにとどまらず、うっとうしくなる。

「ごめんごめん。…次、行きましょう」
「そうだな」

 こうして次は第2体育館に向かうことになった。このペースでちゃちゃっと終わらせて、春人とshoehornの話に花を咲かせるのだ。秋生はそんなことを思うも、それからも深月と会話を楽しむことは怠らず、その結果体育館での作業は加奈子が一番頑張っていた。それを華蓮が知ったらまた自分の株が下がるってしまう。と、体育館の作業が全て終わった後で気づいて項垂れても後の祭りだった。


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