Long story
「お前ら…、いちゃつくならせめて俺の見えないところでしろ」
普段はソファでいちゃついているので李月はあまり気にしないが、さすがに目の前でこれ見よがしにされると目のやり場に困る。じっと見ているわけにもいかないし、だからといって目を逸らしても目の前にいられるとどうしても視界に入ってくる。
「いちゅきもぎゅーしゅる?」
「駄目だ」
「だめ?…じゃあ、かれんいっぱいしてくれる…?」
「ああ」
何だこのバカップル。
「ああくそっ」
きっともう何を言っても無駄だ。こうなったら、自分が動いた方が早い。
いっそずっと嫌われたままでいればよかったのにと思いながら、李月は自分が移動することにして立ちあがった。
「いつくん…?」
李月が立ちあがってソファに移動しようとすると、背後から声がした。振り返ると、枕を抱えた桜生が廊下と繋がっている扉を微かに開け、顔だけ覗かせていた。
「桜生…起きてきたのか?」
「うん…秋生ってば、先に逃げちゃって……」
李月が扉を開けると、桜生は顔を顰めながらリビングに足を踏み入れた。
一体何から逃げてきたというのか。
「秋生なら、そこにいるけど」
「え?あ…あれ?夏川先輩……?」
ダイニングに視線を向けた桜生は驚いた表情を浮かべる。それから一度目を擦り、そしてまたダイニングに視線を向けた。だが、そんなことをしても映し出される光景は変わらない。
まぁ、あれだけ怯えていた秋生が華蓮に抱き付いているのだから、そうしたくなる気持ちも分かるが。
「しゃくらだー。しゃくらもにげてきたの?」
「あー!やっぱり秋生も逃げてきたんだ!起こしてよね、もう」
「しゃくら、おきなかったー」
「え、あ、そうなの?…ならしょうがないか」
桜生だけでなく、どうやら秋生もそもそも何かから逃げて起きて来たらしい。
一体何から逃げてきたと言うのだろう。
「逃げるって…何が?」
ソファに座る桜生の隣に腰を下ろしながら問うと、桜生はとてつもなく嫌そうな表情を浮かべた。
「縁側がうるさくって、寝られたもんじゃなくって。ねぇ?」
「うん。うるさくって、おきた。はちゅじょーきっていうんだって」
「……そんな言葉覚えなくていい」
華蓮が顔を引きつらせながら秋生にそう言うのを聞きながら、李月も自分の顔が引きつっているのを感じた。
多分、それを教えたのは亞希か良狐か(ほぼ確実に亞希だろうが)、どちらにしても3歳児に教えるような言葉ではない。
「いや、それは秋生をからかっただけで実際は大宴会なだけだよ。で、僕もうるさくて寝られなくて、先に逃げた秋生がいるならここだろうと思って。一緒にここで寝ようかと思ったんだけど……」
なるほど、それで枕を持って出てきたのか。
「だったら、桜生は俺のところで寝るか?」
「えっ…いいの?明日土曜日だけど、僕…早起きだよ?」
「お前が早起きだからって俺を起こす必要はないだろ」
「あ、そうか。…じゃあ、いつくんとこで寝る。大宴会も役に立つもんだね、発情期万歳」
桜生はそう言って笑った。
余計な言葉の悪影響は桜生にまで及んでいるようだが、聞かなかったことにするとしよう。
「あ…でも、秋生は……?」
桜生がふっと思い出したように秋生の方に視線を向けた。
同時に、李月は華蓮に視線を向ける。
「秋生は華蓮と寝る」
「はぁ?」
華蓮は何を馬鹿なことを言っているのだというような表情を李月に向けてきたが、そんなことは知ったことではない。
ここで空気を読まなかったら、問答無用で刀を取り出す準備は万端だ。
「しゅう、かれんといっしょにねるの?」
「え」
「ちがうの…?」
華蓮を見上げた秋生が、少しだけ泣きそうな顔になった。秋生にこんな顔をされて、華蓮がそれを突き放せるわけがない。
どうやら、華蓮よりも秋生が空気を読んでくれた形になったようだ。李月は後の展開が予測できたので、この時点で刀をしまった。
「ね…寝る。一緒に寝るから、泣くな」
「いっしょ…!」
慌てた華蓮がそう答えると、秋生は嬉しそうに華蓮に抱き付いた。
李月の予測は見事的中したが、それを目にした桜生は思いきり顰めた顔を李月に向けてきた。全く状況を理解していないというのを、顔で全面に表現している。
「何あれ。どうなってるの?」
「まぁ…、あれだ。子どもってのは複雑なんだよ」
「ふうん…」
どう答えたらいいか分からなかった李月が適当に答えると、桜生はあまり納得がいっていない様子を見せた。しかし、それ以上何かを聞いてくることがなかったので、李月は内心でほっとしていた。
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