Long story


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 顔を出した秋生はしばらくそのまま動かなかった。
 何か声をかけようにも、どう声をかけていいのか分からない。一体どうしたものかと思いながら見ていれば、秋生は顔を半部だけ出した状態で伺うように華蓮と李月を交互に見てきた。

「…そっち……いってもいい…?」

 遠慮がちにおずおずと言葉を切り出した秋生を前にして、李月と華蓮は顔を見合わせて目を見開いた。
 これはやはり、甘えたいというのが欲望なのだろうか。しかし、今しがたまで華蓮に怯えきったというのに、どうしてよりにもよってこのタイミングなのだろう。

「ああ…」

 華蓮は不思議に思いながらそう答えると、秋生はおぼつかない足取りでソファからダイニングまで移動してきた。そして、華蓮が座っている隣の椅子によじ登る。ちょこんと座った秋生は、クッションがないと机から半分も顔が出ていない。そして相変わらず、膝をかかえるようにして座ったその腕の中には華蓮のジャージの上着が抱きかかえられていた。

「お前……どうしてそれ、ずっと持ってるんだ?」
「えっ…」

 気になった華蓮がふときいてみると、秋生はまたビクリと肩を鳴らした。
 自分から来た割に、やはり怯えているのは変わりないのか。ならばどうして、こちらに来たいと言ったのだろう。華蓮には全く意味が分からなかった。

「おこらない……?」
「……怒らない」

 華蓮の質問に答える代わりに、秋生はまた意味不明な質問を飛ばしてきた。子どもの考えていることは全くもって理解しがたい。
 華蓮がそう答えると、秋生の怯えたような表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。そう思いたいという華蓮の見間違いかもしれないが。


「…かれんのにおい…しゅき」


 秋生はそう言って、抱えていたジャージをギュッと抱きしめる。
 この世にこれほどまでに可愛い生き物がいることを、華蓮は今の今まで知らなかった。

「俺には処理できない」
「いやそこは頑張れよ。何悩殺されてんだ馬鹿か」

 脳の処理速度が追い付かなくて逃げ出そうと腰を上げた華蓮を、刀を引っ張り出してきた李月が制した。
 普段ならバッドではじき返しているところだが。今日は李月を相手に反撃しても負けることは目に見えているので、仕方なく座り直した。改めて秋生に視線を向けると、華蓮のジャージに顔を埋めて俯いている。

「お前……俺のこと嫌いなんじゃなかったのか?」

 そう問うと、ジャージに顔を埋めていた秋生がバッと顔を上げて左右に首を振った。
 本当に訳が分からない。

「…かれんは……しゅう…きらい?」
「そんなわけないだろ」

 どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。
 不思議に思いながら華蓮がそう答えると、秋生はどこかほっとしたような表情を浮かべた。
 何度も言うが、本当に訳が分からない。


「…しゅう、かれん……しゅき」

 そう言って、また抱えているジャージをぎゅうっと抱きしめる。
 いっそ秋生ごと抱きしめてしまいたくなったが、その気持ちを抑えて華蓮は冷静になるために息を吐いた。

「どうして…?」
「わかんないけど……しゅう、かれん…いちばんだいしゅき」

 少し首を傾げてそう言う秋生を、ただ見ているだけ終わらせることはできるほど華蓮は大人ではない。
 華蓮が手を伸ばして抱きかかえると、秋生は少し驚いたように「わっ」と声をあげた。目線を合わせると、こけそうになった時には怯えきっていた瞳だったが、今はどこか戸惑ったような表情を浮かべていた。

「俺も、秋生が一番大好きだ」

 華蓮がそう言うと、秋生は目を見開いた。
 目をぱちくりさせながら、信じられないというような表情を浮かべている。

「ほんとう…?」
「ああ、本当だ」

 華蓮がそう答えると、秋生は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 このサイズになった秋生が笑ったのを初めて見た華蓮は、世月よりもよほど天使だと思った。

「だから、我慢するな」
「え…?」
「何でもしてやるから。何でも言え」

 そう言って頬にキスをすると、秋生は一瞬驚いたような表情を浮かべてから顔を赤く染めた。やはり基本は普段の秋生は変わらないらしい。ここから普段ならば、顔を赤く染めたまま慌てた様子で、心臓がどうとか、爆発がどうとかと言い出すところだが。

「しゅう…ずっとかれんといっしょがいい」

 秋生は頬を赤く染めたままそう言って、ぎゅっと華蓮に抱き付いて来た。
 普段の秋生とは、同じようで全く違う。普段の秋生もからかい甲斐があって十二分に可愛いが、素直なのも悪くはない。むしろ、大歓迎だ。
 華蓮はそんなことを考えながら、秋生を抱きしめ返した。


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