Long story


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 この違和感は何だろうか。
 心の傷も癒えることなく、それどころか相変わらず時々目が合うたびに怯えるような仕草を取られる華蓮はそろそろ心が折れそうだと思いながら、しかしその傍らで秋生に対して理由の分からない違和感を覚えていた。

「秋、食べにくいの?食べさせてあげようか?」
「ううん…だいじょぶ。あーとー」

 秋生は春人にそう返して、再び目の前の肉じゃがに対自した。箸を使えない秋生は子ども用のフォーク(侑が速攻で買ってきた)で肉じゃがを食べようと奮闘しているのだが、ジャガイモに上手く刺さらないらしい。ひとつを食べるのに数分を費やすというスローペースで、他の全員が食事を食べ終わりすっかり料理が冷めた後も一人でジャガイモと闘っていた。

「3歳なのに凄い挑戦心だな」
「僕の知っているあの頃の秋生はすぐ食べれないって言って、お母さんに食べさせてもらってたけどね」
「桜生は自分で食べてたのか?」
「僕はお父さん。でも、お父さんは食べさせるの下手くそだったから、秋生はいち早くお母さんのところに行くの」
「今より頭の回転が速かったのか」
「言えてる。まぁでも、遊ぶことに関しては今より格段に馬鹿だったけどね」

 桜生と李月の会話を聞きながら、華蓮はコントローラーを動かしていた。その隣の李月の更に隣にいる桜生も、時々李月に指示を受けながら華蓮と同じようにコントローラーを動かしている。
 知らない間に李月にゲームを教わっていた桜生が秋生や華蓮と一戦を交えるのは最近ではよくある光景だ。その際、桜生が李月の隣に常時居座っているのも、もう見慣れた光景だ。そのはずなのに、今日はどうしてか無性に腹立たしい。


「あ」

 ドカン、と言う音が画面から聞こえて華蓮の使っていた機体が爆発した。
 桜生の使っていた機体が画面いっぱいに映しだされ、“WIN”という文字が大きく表示された。

「うそ………夏川先輩に勝った……」

 桜生がゴトンとコントローラーを床に落とした。目を見開いて、まるで信じられない物を見たような表情でテレビ画面を見つめている。
 華蓮は目こそ見開いてはいないものの、心情的には同じだった。まさか、ゲームで誰かに負ける日がくるなんて思ってもみなかった。それも、相手がまだ初めて数か月も経っていない桜生となると尚更だ。

「ライフル、ミサイル、援護、必殺技、ガード…全部禁止だけどな」

 つまり、ビームソードで斬りかかる以外は認めないということだ。

「いつくんうるさーい」
「はいはい。でも、華蓮に勝ったのは世界中でお前が初めてだ」
「うそ!?」
「嘘じゃない。…だろ?」
「ああ」

 華蓮はそう答えてから、ソファから立ち上がった。
 桜生が飛び跳ねんばかりに喜び、それを李月に褒めてもらっている姿など見たくもない。何度も言うが、いつもなら何ということはないが今日は別だ。李月に向かってバッドを突き刺してしまいそうになる。

「たべた。ごちしょうしゃま」
「おお、凄いじゃん。お皿片付けるね」
「だいじょぶ、できるよ」
「あ、そう?」

 秋生は自分の背丈よりも高い椅子(いつもの椅子では座って食べられないので、侑が高さを足すクッション的なものを買ってきた)から器用に降りると、春人に食べ終わった皿を手渡してもらってキッチンに向かった。
 その後ろ姿を見ながら、華蓮はまたしても違和感を覚えた。やっていることは普段の秋生と何も変わりないのに、一体何がおかしいのだろうか。

「大丈夫?流し届く?」
「だいのるから、だいじょぶー」

 ちゃぱん、と水の跳ねる音がしてから数秒、秋生がキッチンの奥から顔を出した。ぱたぱたと走っているその姿は実に可愛らしい。だが、これがもしいつもの秋生ならばもう少しでこける。華蓮はお茶を飲むために秋生と入れ替わるようにキッチンに向かいながら、尻目にその様子を伺っていた。

「わっ、わわ!」
「あ、危な!」

 大きさが変わっても秋生は秋生だということが証明された。
 幼い頃から何もないところで躓いていたとなると、きっと常に傷だらけだったに違いない。
 春人が手を出すより先に、華蓮はいつものように転がりそうになった秋生を直前で受け止め、その流れでそのまま抱きかかえた。腕の中にすっぽり収まってしまう大きさの子どもを抱きかかえたことはなかったので、凄く、不思議な感じがした。

「大丈夫か?」
「う…うん……」

 やはり、怯えている。

「春人」
「え…あ、はい」
「あ……」

 既に嫌われているのだから、これ以上怖がられようがあまり関係はないのかもしれないが。それでも、そんな怯えたような視線をいつまでも向けられるのは嫌だった。
 華蓮が春人に秋生を受け渡すと、少し泣きそうな顔になった秋生と目があった。泣くほどまでに、華蓮に近寄るのが嫌だったのか。

「世月さん、うるさいよ」
「何か言ってんの?」
「笑ってます…。言ってることは…言えないです」

 そう言って春人はちらりと華蓮に視線を向けた。その視線はすぐに、そらされたが。

「大方“助けて泣かれるなんて、さすがかーくんだわ”とかなんとか言ってんだろ」
「深月…いくら何でもそれで笑うって、下衆だぞ」
「それなら世月さんは下衆ですよ、双月先輩」

 それならもくそもない。世月は生まれた時から下衆だ。悪魔だ、魔王だ。
 そんなことは分かりきっているが、しかしそれが人類最低の下衆だろうが悪魔だろうが魔王だろうが、改まって他人からそう言われると、その事実を痛感せざるを得ない。

「そいつはこけるのが専売特許だから、気を付けてやれよ」

 華蓮は春人たちに一言そう言ってから、お茶を飲むのもやめてリビングを後にした。
 これ以上秋生の顔を見たくないと思ったのは、初めてだった。


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