Long story
さきほどまで机にかじりついていた連中が、今度はソファに集っていた。
その中心にいる人物はきょとんとした表情で覗き込んでくる人物たちを見つめ返している。
「これ、何歳くらいなの〜?」
「僕の知ってる秋生ってことは僕がまだいた頃だから……3歳くらいかな」
「うわ、超ちっちゃい〜。秋生、春人だよー」
春人はそう言って、全体の中心にいる人物――秋生に手を振った。
普段よりも半分以上低くなった身長のせいで、服装は大きさが自由自在である華蓮のジャージだ。これほど黒のジャージが似合わない子どもも早々いない。まるで人形のような顔立ちには普段の面影は残っているものの、随分と幼く愛らしくなっていた。高校生になって女装が似合うことだけあって、幼い頃から顔の出来がよかったということが一目で分かる。多分、こんな子どもが親戚の中にいたらアイドル扱いはまず間違いない。
「?」
当の本人はまるで状況を理解しておらず、相変わらずきょとんとした表情で自分を見下ろしてくる人物を見上げていた。
いつもならば状況を理解できない秋生を馬鹿にするところだが、今回ばっかりは出来る訳がないのも無理はない。馬鹿がどうとかと言う問題ではないだろう。桜生曰く3歳の大きさになってしまっている秋生は、身体の大きさだけでなく脳まで完全に幼くなってしまっているらしく、それだけにとどまらず誰のことも覚えていない様子だった。
「はーと?」
「なっ……何これ超可愛いだけど!!!」
名前を呼んで首を傾げた秋生に、春人は一瞬で悩殺されたらしい。
両手で頬を押さえながらその場に座り込んで大声を上げた。
「ちょっ…僕も僕も!秋兄、睡蓮だよ!睡蓮」
「しゅ……しゅいれん?」
「ぎゃああ!!!可愛いいいい!!」
3歳の子ども相手に兄呼ばわりというのが若干違和感を覚えるが、睡蓮はそんなことはどうでもよさそうだ。春人と同じく悩殺されてしまった睡蓮は、絶叫しながらその場に座り込んだ。
「ちょっと僕たちも変わって。僕は侑だよ、秋生君」
「ゆー」
「そうそう!で、こっちが深月で、これが双月」
「みちゅき…ふたちゅき?」
「あああ可愛い!」
「何これやべぇ可愛い!!」
すごいスピードで悩殺していっている。
「僕は桜生、あそこに座ってるのがいつくん」
「しゃくら……いちゅくん………」
目の前にいる桜生を見た後、秋生はダイニングに腰かけている李月に視線を移して呟いた。
ただ復唱しているだけではなく、きちんと認識しようとしているらしい。じっと見つめながら名前を言う姿は、その姿を目に焼き付けているようにも思えた。
「………」
「あー!いつくん今、ぼくより可愛いかもしれないって思ったでしょ!」
「思ってない」
「絶対思った!いつくんは僕のだよ!」
「だから何で俺に言う?」
李月と桜生が昼間にも見たようなやり取りをしているのを、秋生はまたしてもじっと見つめていた。もしかしたら、目に焼き付けるのではなくて人が沢山いる光景や、沢山の声がすることに珍しく感じているのだろうか。
「ちなみに、あそこにいる無愛想が、華蓮だよ」
「……かれん………」
睡蓮にそう教えられた秋生は、今度は華蓮をじっと見つめながら呟いた。
いつもよりも格段に幼くなったその姿で、まるで世界を知らないような純粋無垢な瞳で見つめられると、どうしていいか分からなくなる。華蓮は思わず秋生から視線を逸らした。
しかしそんな華蓮の戸惑いを無視するように、何を思ったか秋生がとたとたとおぼつかない足取りで近付いてきた。
「かれん……」
「…………何だよ」
普段なら名前を呼ばれた時点でバッドを引っ張り出してきているところだが、こんな小さい子ども相手にそんなことはできない。それに、名前を見上げてくる秋生があまりに可愛らし過ぎて、しかし子どもの扱いに慣れない華蓮はまたしてもどうしていいか分からなくなった。名前がどうとかよりも、この戸惑いから脱出する方が先だった。
華蓮は自分の戸惑いを追い払うことを一身に考えながら返答すると、その気はなかったが睨み付けるような形になってしまった。案の定、秋生がびくりと肩を鳴らした。
「うっ……」
秋生の眉が一瞬で八の時に変わり、顔に対して大きめの目に一気に涙がこみ上げてきた。
やばい。
そう思った時には、既に遅かった。
「っ……ぐすっ」
泣かせてしまった。
「あー!華蓮が泣かせた!!」
「お前なー、こんな小さい子ども相手に睨む奴があるかよ」
「怖がらせてどうするかなぁ」
「可哀想に」
睡蓮を筆頭に深月、侑、双月が順番に呆れた声を出した。
別に華蓮だって泣かそうと思ったわけではないが、さすがに今の秋生への態度は自分が悪かったと分かっている。そのため、何も言い返すことが出来なかった。
「フルボッコだな」
「うるせぇ」
苦笑いの李月に顔を顰めながら返して、華蓮は机に頬杖を付いた。
そして、何食わぬ顔でダイニングの秋生の席に腰かけている亞希に視線を向けた。
「今度は何したんだ、お前」
「あの子の欲望のひとつを叶える手助けをしてあげただけ。ちなみに、俺は手を貸しただけで実際に術をかけてはない」
亞希はそう言いながら、机の上で丸まっている良狐の背中を撫でた。
つまり、実際に術をかけたのは良狐だということだ。
「ちなみに、元に戻すには“欲望を叶えること”。それ以外に方法はない」
亞希はそう言ってお手上げポーズをとった。
しかしその態度とは裏腹に、顔はすこぶる楽しそうな表情をしていた。
「欲望を叶えるったって……あの状態じゃあ、自分で何が欲しいのかも分かってないだろ」
「いいところに気が付くねぇ、李月。それが面白いところなんだよ」
いつの間にか亞希の隣に八都が腰を下ろしていて、これまた楽しそうな表情を浮かべていた。
まったく、この家に住んでいる妖怪共は誰一人としてまともな性格をしている者はいないとつくづく痛感させられる。
「ひとつヒントをあげるなら、あの子のあの大きさは術の副作用とか、そういうことじゃない。あれはれっきとした術の効果」
「秋生が欲望を叶えるために必要だということか?」
「不可欠…とまでは言わないけど。少なくとも、あった方がかなり有利になる要素といったとことかな」
小さくなることが有利になる要素など、まるで想像がつかない。
秋生は幼稚園にでも行きたいのだろうか。しかし、それならば小さくなることは不可欠な要素ではなくてはならないし、そもそも幼稚園に行くという欲望はないに等しいだろう。
「まぁ、精々考えることだな」
亞希はそう言うと、その場からふっと姿を消した。ほぼ同時に良狐の姿も消え、そして八都の姿も消えた。姿が見えなくなっただけで、どこかで高みの見物をしているのだろうが。
「考えろったって……」
桜生の腕の中でぐずっている秋生に視線を向ける。すると、魔の悪いことに顔を上げた秋生と視線がかち合った。すると途端に秋生はまたビクリと肩を跳ね、怯えたような表情を浮かべる。そして、すぐに華蓮から目を逸らして桜生の腕の中に顔を埋めてしまった。
「あーあ、完全に嫌われた」
「……うるせぇ…」
今の秋生がいつもの秋生でないことは姿を見れば分かることだ。自分のことを知らないし、そればかりか世間のことなんて何も知らないような子どもで、純粋無垢で。華蓮のように復讐にばかり囚われているような人間が触れない方がいいことは分かっている。だから、今の状況はむしろ好都合のはずだ。
だが、それでも。
それが秋生であることは事実で。どんな姿でも覚えていなくても秋生が秋生である限り、それは華蓮の好きな秋生である事実も変わらないわけで。だから、どんな姿になっても自分のことを憶えていなくても、好きな相手に怯えられるというのは…少なからず傷つくものだ。
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mokuji
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