Long story


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 殺した人間の数は計り知れなく、そのたびに背負った苦しみや怒り、悲しみや憎しみも計り知れないものとなっていた。背負うものが多くなれば多くなるほどに、修羅に堕ちていったように思われた。
 縁とは恐ろしいものだ。
 幸か不幸か、自分にとどめを刺したのは、修羅に堕ちて最初に殺した家族の生き残りだった。妖力の乱用と多くの命を奪った代償で大分ガタはきていたが、それでも人間相手に殺されるほど落ちぶれてはいなかった。しかし、その姿はまるで自分を見ているようで、向けられた刀を避ける気になれなかった―――できなかった。その時初めて、自分が憎しみの連鎖を生み出していることに気が付いた。
 後悔したのかもしれない。分からない。
 ただ、きっとこれが自分の末路なのだろうと思った。思い返せば、脳裏にあるのは誰かを殺した記憶ばかりで、歩いて来た道は屍のいる道ばかりだった。その屍の分だけ憎しみを生み、そして復讐の連鎖を生んだ。
 そんな自分にまともな死はないだろうということは分かっていた。ただそれでも、人間に殺されるなんて、ましてやこれまでの復讐を後悔させられるなんて……考えたこともなかった。

「…こんな場所で死ねるとも……思ってなかったが…」

 うっすらと目を開けると、視界一面に金木犀の花が広がった。独特な花の匂いがここちよく、眠るように死ねそうだった。
 自分が自分の行いを後悔する日がくるなんて思いもよらなかったが、それ以上にこれほど安らかに死ねるということが一番の予想外だった。もっとろくでもない死に様だろうと覚悟していたのに。神様とやらは案外優しいらしい。



「これは…見るも耐えないほど汚い鬼が転がっておる」

 あとどれくらいで死ぬのだろうかとぼんやりと考えていると、頭上から声がした。視線を向けると、見たこともないような美人の女が嘲笑うかのように見下ろしていた。
 神の使いでも来たのだろうか――という思考は一瞬にして掻き消された。地獄からの使いがくるならともかく、神の使いなどくるわけがない。
 一瞬でも神の使いなどと思った自分の浅はかさを内心で笑い飛ばしながら目を凝らして見ても、目の前にいる女は美人だった。
 だがすぐに、ただの美人ではないということに気が付いた。背後でふわふわと流れるように漂っている白い尻尾が目についたからだ。それが狐の妖怪だと認識するのに、それほど時間はかからなかった。
 それどころか、相手が妖怪だと分かった途端に新たな事実も判明した。どうやらこの狐は本当に神の使いらしく、それが一番の衝撃だった。

「随分と殺したようじゃのう」

 狐はそう言って、顔を寄せてきた。汚いと言っていた割に躊躇がない。変な狐だと思った。

「死ぬのか?」

 変な狐は変な質問をしてくるものだ。
 見れば分かるだろうに。

「みたいだな」

 そう答えると、狐は冷たい視線を向けてきた。

「ならば早う死ぬか、それでなければそこから退け。ここはわらわの休息地、貴様のような汚い鬼におられると迷惑じゃ」

 なんとも自己中心的な意見だ。
 とても神の使いの口ぶりとは思えなかった。

「それが神使の言うことか……」

 そう言うと、狐は思いきり顔を顰めた。
 その軽蔑するような表情も、とても神使が作り出す表情とは思えなかった。

「貴様のような外道よりマシというものよ。それに、わらわが使えておるのは人間が祭っておる神じゃ。ゆえに、妖怪の行く末などどうでもよい」
「随分と酷い神使だな……」

 言っていることは間違いではないかもしれないが、普通の神使はそんなこと言わない。
 あまりの唯我独尊振りに、思わず笑いがこぼれた。自分がまだ笑えたことに、少なからず驚いた。

「ほう……おぬし、まだ修羅になりきってはおらぬのか」
「…そんなことはない」

 憎しみに取り憑かれ、復讐に身を焼き、数えきれないほどの人間を殺した。
 まるで躊躇なく、女も、子どもも、どんな人間だろうと構わず殺した。
 殺していないのはたった独り。あと少しすれば自分を殺したことになるあの人間だけだ。
 それも別に意図的に殺さなかったわけではない。たまたま殺しそびれただけのこと。

「修羅になりきれなかったか」
「さぁ…どうだろうな…」

 修羅になりきれなかった。
 もし本当にそうなら、それは独りだけ殺すことが出来なかったからだろうか。後悔したからだろうか。最後に、こんな美人の妖怪に会ってしまったからだろうか。
 それがいいことなのか、悪いことなのか。
もう死ぬのだからどちらでもいいことだが、どうしてか気になった。

「まぁよい。わらわは帰るが…何か言い残すことはあるか」

 言い残すこと。
 何もかも失った自分が、自分すらも捨てた自分が、残す言葉などなかった。
 
 ただ…たった今、頭に浮かんだことは。

「こんな汚い鬼でも……最後に綺麗な花の下で…美しい妖怪に言葉を残せるくらいだから……この世もまだまだ捨てたものではないな…」

 そう言うと、狐は少しだけ驚いた表情を浮かべて―――…笑った。
 美しい笑顔だった。


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