Long story


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 紫色になっていた皮膚は、すっかり人間らしい色に戻っていた。痛みも、純粋に刺された傷の痛みを感じる程度だ。それも李月と再開したときに比べたら大したものではない。きっと明日にはすっかりなくなっているだろう。しかし、その代償に華蓮は凄まじい疲労を感じていた。

「大丈夫ですか…?」

 心配したような声が降ってきて、華蓮は自分の腕から秋生に視線を移した。長い髪が顔にかかる。覗き込まれた顔は、心配に加え申し訳なさが滲んでいた。華蓮が膝枕を要求(半ば強制)したことで先ほどまでは顔を赤くしてあたふたとしていたが、少し時間が経って落ち着いたのか、その表情から狼狽えている様子はうかがえなかった。

「これ、完全に解けたのか?」
「俺がどこかでしくじってなければ」
「はぁ?」

 何の事情を説明もなくあれだけ苦痛を与えておいてしくじったなんて、いくら秋生でも許せない。
 華蓮は無意識のうちにバットを握りしめていた。

「冗談です!完璧に解きましたからバットしまってください!」
「本当だろうな」
「本当です…!良狐に聞きます?亞希さんに聞いてくれてもいいですけど」
「いい」

 それだけ言うなら本当なのだろう。
 華蓮が答えると、秋生はどこか安心したようにため息を吐いた。


「それにしてもお前…、えらく簡単に呪詛を解けるんだな」

 まず前提として、呪詛を解くことができるのはその本人だけだ。力のある者なら他人のかけた呪詛を解くこともできなくはないが、それも中途半端な藁人形程度のものだろう。力のあるものが完璧にかけた呪詛など、そうそう解けるものではない。それが強ければ強いほど呪詛を解く難易度も高くなる。李月のかけた呪詛も、腕が落ちるほどではないが亞希が何もできない程度には強力だった。それなのにも関わらず、秋生はそれをものの5分で解いてしまった。

「簡単にってわけじゃないです。さっきは先輩だからぱぱっとやっただけで、あんな荒療治…普通の人間にしたら痛みでショック死しちゃいますからね。本来はあれくらいの呪いだと一週間くらいかけます」
「お前、ふざけんなよ」

 普通は一週間かけるものを5分で済ませるとは、荒療治どころの話しじゃない。

「あ、危ないと思ったらやめてましたよ。だからそんなに睨まないでください」

 そう言って秋生は苦笑いを浮かべた。
 本当のところはどうか分からないが、結果的に成功したのだからよしとするしかない。



「秋生」
「は、はい?」

「助かった。ありがとうな」

 どういう経緯で、どんな裏事情があったとしても。結果的に今腕の痛みがなくなっているのは、秋生のおかげに他ならない。

「いえ……あの、はい」

 華蓮がそう言って頬を撫でると、秋生は一瞬驚いた表情を見せてから微かに笑みを浮かべた。せっかく元に戻っていた顔色が、また一瞬で赤くなっている。もしかして、一生馴れることはないのではないかと、華蓮は少なからず思った。

「髪はどうする?自分で乾かすか?」
「変なことしないなら乾かして欲しいです」
「それは約束できない」

 むしろ、あんな反応を見てからかうなと言う方が無理だ。
 華蓮がそう答えると、秋生は一瞬顔を顰めた。

「……でもやっぱり乾かしてください」

 秋生は今、自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか。
 多分分かっていないのだろうが、本人だけでなく、華蓮以外の誰にも分からなくていいと思った。

「つまり何してもいいってことだな」
「それは違いますよ!やっぱり自分で乾かします!」
「却下」

 華蓮はそう返して起き上がると、ドライヤーを手に取った。
 秋生が華蓮の素早さに適う訳もなく、顔を赤らめたままでどこか怒ったように華蓮に睨むような視線を向けた。そんな視線を向けたところで華蓮には可愛さしか受け取られないことにもきっと、秋生は気づくこともないのだろう。

「絶対変なことしないでくださいよ…!」
「だから約束できないと言っただろ」
「先輩のばか!性悪!」
「知っている。さっさと後ろを向け」
「もーっ」

 秋生がしぶしぶ背中を向けたので、華蓮はドライヤーのスイッチを入れた。
 少し警戒している秋生がどうしようもなく可愛く感じたが、あまり苛めるといつまで経っても髪を乾かすことができないので、とりあえずからかうのは後回しにすることにした。


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