Long story


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 一瞬にして現実に引き戻されたような気分だった。実際には夢であったことなど一瞬もなかったのだが、そういう比喩だ。とにかく気分が一瞬で削がれたというか、それどころでなくなったと言った方がいいかもしれない。
 なんとも空気の読めない呪詛だ。もしかして、自分が苦しんでいるときに楽しんでいる華蓮に怒った李月がその怒りをぶつけてきたのだろうか。多分そんなことはないだろうが、そう思っても仕方がないくらいのタイミングで、おまけにそれまでにない激痛だった。

「先輩…それ、呪詛ですか?」

 秋生は一瞬傷口のある場所に視線を向けて、それから心配そうに華蓮を見上げた。顔はまだ若干赤いが、既に興奮は収まったようだ。
華蓮は秋生がその事実に気づいたことに少なからず驚き、視線を向けた。

「よく分かったな」
「呪詛の類は、よく見てたんで」
「見てた?」

 呪詛なんてそうそう見るものではない。
 以前華蓮が秋生に触れられなくなったのもその一種かもしれないが、それは悪霊のしたことだ。それならばまれに見る機会はあるかもしれないが、それにしてもよく見るなんてものではない。そしてもしも人間のかけた呪詛のことを言っているならば尚のこと目にする機会なんてないはずだ。

「俺のじいちゃん、呪詛を解くのを仕事にしてたんです」

 なるほど。それならばよく見ているという表現も頷けるが。
 それ以前に呪詛を解く仕事なんてものがあることに驚いたし、それ以上に。

「仕事にするほど簡単に解けるのか」

 華蓮には秋生の祖父の職業よりも、そのことが何よりも驚きだった。
 亞希ですらお手上げポーズをとったというのに。

「ものによりますよ。でも、大体は“面白半分で呪いかけたら本当にかかっちゃったかもしんない”みたいなのばっかりだから、そういうのだったら簡単みたいですよ。所詮はそれほど力のない人間のやることですから」
「藁人形とか、か?」
「そうそう。それが一番多かったですね。あれ、本気でやると結構強力な呪いになるんですけど、ちゃんと出来てるのなんて100人に1人くらいですよ。とにかく藁人形に呪いたい相手の名前書いて貼って、木に打ち付けとけばいいって思ってる人がほとんどで。そんな適当なことじゃ、蟻も殺せませんよ」

 まぁ確かに、それくらいで人が死んでいたら政府が呪いを禁止する法律を制定していてもおかしくはない。

「ただ、それでも力のある人が自分の力を知らないでやっちゃうと中途半端に成功したりするんです。面白いところは、じいちゃんのところに来るのは呪いをかけられた方じゃなくて、かけた方がほとんどなんですよ。ちょっと憂さ晴らしでやったつもりが、本当にかかっちゃって目も当てられないってパターンです」
「ああ、まぁ…想像できる」

 よくありそうな話だ。きっと本人たちは遊び半分なのだろう。
 ただ、それにしても“力があってかつそれを気付いていない者がたまたま呪いを成功させてしまう”なんて事態もそうそう起こりそうにない気がするが。人口が一億人いればそれなりにあることなのだろうか。

「じいちゃんが受ける仕事は大体がそんな呪いともいえないようなのですけど…これはやばいなって呪詛も何度か見たことあります」

 そう言って、秋生は再び華蓮の傷口に視線を向けた。

「これも、藁人形程度じゃないって言いたいのか」
「少なくとも。服の上から分かるくらい呪詛ってますし」
「呪詛ってるって何だ」

 ちょっと現代風に、しかも軽々しく言うことなのか。

「さっきまでは腕が見えてなかったから気付きませんでしたけど…なんていうか、オーラ?みたいなのが漂ってます。でもこれ、普通は力があっても見えないってじいちゃんが言ってました。じいちゃんも自身も見えないって言ってたし…先輩も見えないんですか?」
「何も」

 正直、あまり見たくもない。

「じゃあ体質なのかな?…藁人形程度のやつだと、うっすら見える程度か、見えないこともありますけど。先輩のそれは蛇が絡みついてるみたいにはっきり見えてますよ。腕を締め付けてる感じです」

 秋生は華蓮の腕を指さしながら、人差し指でぐるぐると縁を書いて見せた。その行動は随分と簡単なことを言っているように見えたが、華蓮にはとても軽く受け止めることはできなかった。

「聞くんじゃなかった…」

 そんなこと知りたくはなかった。つくづく見えなくてよかった。
 華蓮は項垂れながら溜息を吐き、自分には何とも見えない腕に視線を向ける。やはり何も見えなかったが、それでもそう言われると自分の腕に蛇が巻き付いているように思えて、気分は最悪だった。

「うーん…良狐に怒られるかもしんねぇけど、まぁいっか」
「何て?」

 腕を組んだ秋生が少しだけ俯いて何かを呟いたが、華蓮はそれを聞き取れずに聞き返した。すると、秋生は腕を組んだまま顔を上げる。その表情はあまり見ることができない真剣な表情だった。

「少し痛いかもしれませんけど我慢してくださいね」
「は?」

 秋生はそう言ったかと思うと、華蓮が理解し兼ねる表情をしたのを無視して腕に手を伸ばしてきた。

「何―――…痛ッ!!」

 ぎゅっと、秋生の両手が華蓮の傷口を掴んだ瞬間に激痛が走った。予期していたら我慢できたかもしれないが、突然のことだったので思わず声が出て表情が歪んだ。いつかの悪霊に変な呪いをかけられて秋生に触れられなくなった時とは、比べものにならないくらいの痛みだった。

「大丈夫ですか…?」
「そう見えてるなら、お前の眼は腐ってる…!」

 華蓮が額に汗を滲ませながら答えると、秋生は苦笑いを浮かべた。

「すいません。でも、5分くらいで済むんで…、我慢してください」

 そう言った瞬間、秋生が触れている腕から奇妙な感覚がした。まるで水か何かを流し込まれているような、そんな感覚だった。そしてその奇妙な感覚がすると同時に、華蓮の腕の痛みが更に増した。一体何が起こっているのか把握しかねたが、華蓮にとっては自分の体に何が起こっているかよりもよりも秋生の言葉の方が問題だった。

「ごっ…おま……ッ!!」

 こんな激痛があと5分も続くなんて、冗談でも笑えない。
 簡単に我慢しろというが、そう言われてはい分かりましたと我慢できるほどの痛みではない。それに、力いっぱい掴まれているのを見ただけで心なしか痛みが増加する気がした。これは気のせいだとしても、心情的に更に苦痛になるだけだと判断した華蓮は腕から視線を逸らすと秋生を抱き寄せ、その首元に顔を埋めた。

「わっ…先輩…ちょ、集中が…!」

 そう思うならさっさと済ませろ。と言う余裕もなかった。
 華蓮が抱きしめる力を強めるとその苦痛を察したのか何なのか、秋生はそれ以上華蓮に文句を言うことはなかった。


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