Long story


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 華蓮が李月を見に行くので応接室に行くことを伝えると、侑と春人は李月を見るのを嫌がったので新聞部に向かうことにしたらしい。互いの部室の分かれ道で解散してから、華蓮は一人で応接室に向かった。別にのた打ち回る李月を見たいわけではないが、もしもあまりに酷い状況ならば手を打たねばならないため、それを確かめるつもりだった。

「安心したよ」

 歩いていると、ふと頭上から声がした。見上げると、逆さになった亞希が華蓮を見下ろしていた。亞希は華蓮の歩幅に合わせながら、天井を歩いている。

「本当に戻っているのか?」

 華蓮は亞希が何を言っているのかをすぐに理解して、見上げたまま顔を顰めた。
 亞希は随分と秋生を気に入っている。秋生が傷つくような事態を望んではいないはずだ。だから、華蓮が秋生を突き放さないと言ったことに対して「安心した」のだろう。

「随分前からね。もちろん、原因はあの子だ」
「どうして言わなかった?」
「ナイショ」

 亞希はそう言って、姿を消した。消える寸前に垣間見えたその顔は…笑っていた。
 その表情は華蓮の捨てた顔、華蓮が今は表現することのできない笑顔。そのはずだが、もしかしたら既に…そうではなくなっているのかもしれない。

「あ、夏川先輩…」

 応接室の前にいた桜生が華蓮に気づいて足を止める。
 どこか落ち着かない様子で、廊下を行ったり来たりしていたらしい。

「中にいなくていいのか?」
「やっくんが…見せられるようなものじゃないから入るなって」

 なるほど。家の縁側で飲み明かしているのを見た限りではとても頭のいいようには見えなかったが、意外と気が利くらしい。

「その割には静かだな」
「そうなんです。だから逆に心配で……」

 桜生はそう言って入口に心配そうな視線を向けた。華蓮も同じように視線を向ける。
 結界を張って声が聞こえないようにしているというわけでもないようだ。

「開けるから、中を見るなよ」
「あ、はい…」

 桜生は引き戸の前から移動する。

「李月、入るぞ」

 華蓮が引き戸に手を掛けて少し大きめの声を掛けるが、中から声は聞こえなかった。
 それを肯定と取った華蓮は戸を開けて中に入った。桜生が心配そうな表情を浮かべていたが、中を覗くことはしなかった。

「なるほど…声が聞こえないわけだ」

 応接室の中は普段とさして変わりなかった。李月がのた打ち回って多少なりと破壊活動が起きているくらいは想像していたが、それどころか家具の位置も全くいつもと同じだった。
 しかし、それも李月の状態を見れば納得がいった。壁に叩きつけられているような体勢で刀から伸びた長い4本の首に手足を拘束された李月は、それだけでなく顔まで長い首に巻かれて口が完全に塞がれていた。

「無様な李月を笑いに来たの?」

 ふっと華蓮の隣に八都が姿を見せた。
 無様…と言えばそうかもしれないが、ここまで行くと無様というよりは哀れだ。

「いや。…どういう状態だ?」
「こうでもしないと手も付けられない状態。戻るまでこのまま動かせないかな」

 八都はそう言って、お手上げのポーズをとった。

「ずっとここに置いておくのか?」
「そりゃあ、原因である邪気の中にいたんじゃ、3日で治るものも5日はかかるから…家に連れて帰れるならその方がいいよ。でもこれ、解放するとのた打ち回って暴れるだけじゃなくて、舌噛み切って死んでもおかしくない」

 だから顔まで覆い尽くされているのか。
 先ほど春人に「生きていられないことはしない」と言ったが、その後に「多分」と付けておいて正解だった。

「暴れるというのは…、どの程度だ?」
「目に見えるものを全て焼き尽くす殺戮兵器レベル」

 巨神兵か。と突っ込むのは空気を読んでやめておいた。
 何にしても、そのレベルはのた打ち回って暴れるという概念を超過している。
 華蓮は思いのほかよろしくない状況に大きく溜息を吐いた。

「口はそのまま覆っておけ。俺が家まで連れて帰る」
「大丈夫なの?そっちも体調悪いんでしょ?」
「大丈夫じゃなくても、このまま放っておくわけにもいかないだろ…」

 いくら何でも、この場所に5日も放置というのは流石に見過ごせない。この状態では家で3日ということにすら、気が引けるというのに。

「言っておくけど…意識皆無だからね。いくら相手が君でも本気で殺しにくる」
「最初に会ったときにも本気で殺しに来ただろ」
「あの時は無意識に躊躇していたから腕を突き刺すくらいで済んだ。でも…今は確実に心臓を狙ってくる。怪我じゃ済まないかもよ?」

 躊躇していたのか、あれで。華蓮は今もうない腕の傷跡の部分に一瞬目をやり、苦笑いを浮かべた。

「死なない限り、こいつよりマシだろ」

 今の李月は見るからに死んだ方がマシという状態。
 それに比べれば、多少の手負いくらい目を瞑ってもいいようなものだ。

「そうだといいけど。まぁ…移動させてくれるっていうなら、出来る限り手は貸すよ」

 できれば最初の一言は聞きたくなかった。しかし、李月よりマシでなくなる可能性があるとしても、今さらやめるわけにもいくまい。

「さっさと済ませるぞ」
「了解。さぁて、李月移動大作戦の決行だ」

 やると決めたからにはなるべく速やかに、かつ安全に済ませることだけを考えるほかない。華蓮は多少の被害を覚悟した上で腕まくりをして、バッドを構えた。ほぼ同時に、八都の言葉が合図だったのか、李月の手足を拘束していた頭がするすると離れていった。
 それから数分も経たないうちに、華蓮は多少なりと李月に同情した結果の決断を後悔することになるわけだが、それは既に後の祭りでしかなかった。最終的に応接室に使用禁止のテープが張り巡らされるのは、華蓮が後悔してから更に1時間後のことだった。


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