Long story


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「八都!」

 世月が次の一歩を踏み出し高く掲げた右手を振り下ろした瞬間、李月は地面を蹴った。李月の刀から蛇のような頭が顔を出し、その間に世月の前に回り込んでいて李月が手から放たれている邪気の前に刀をかざすと、八都がそれを口で受け止めた。

「痛い!」

 世月の叫び声と共にずん、と体に重みがかかる。まるで物凄い重力で押し付けられるような感覚だった。李月は足を踏ん張りながら、両手で刀を支える。邪気の範囲が広すぎて世月の顔すら見えない。覆い尽くされてしまいそうだ。

「八都、払いのけろ」
「邪気が強大すぎる…力が足りない」

 八都が苦しそうな声で訴えてくる。このままでは八都ごと李月まで邪気の呑みこまれてしまう。

「紛いなりにも妖怪だろ。高々一端の霊に何をてこずってんだよ」
「どこが一端の霊だって?この学校の邪気を完全に自分の力にしているじゃないか。一人でどうこうなる問題じゃないよ」

 八都はそう言ってから、苦痛そうな表情を増大させた。

「だったら数を増やせ」

 どいつもこいつもどうでもいい時にばかり勝手に顔を出す癖に、どうして必要なときに自主的に出て来ないのだ。8つも頭があるくせに1匹だって脳みそが正常に機能している奴はいないのか。

「今の体でそれやったら、死ぬよ」
「死んだらお前らも道連れだ。いくら8匹揃って脳みそが空でもそんなへまはしないだろ」

 李月は苛立った様子で返す。
 そもそも、誰のせいでこんな体になったと思っているのだ。人に忠告している暇があったら、昨夜の自分の行動を反省しろ。

「訂正。死ぬほどのた打ち回る」

 その訂正を聞いて、李月は八都を睨み付けた。

「ぐずぐずしてないでさっさとしろ」

 李月がそう口にした瞬間、八都が姿を消した。

 ――どうなっても知らないからね。

 頭の中に声がしたかと思った途端、李月の体から世月の邪気に負けず劣らずの霊気が放たれた。先ほどまで押しつぶされそうに重かった世月の邪気が、まるでシャボン玉でも乗せているかくらいに軽くなった。というより、何も感じない。そうなった今、邪気を纏った世月の右手を押し返すのは簡単なことだった。

「払いのけろ」

 邪気を纏った右手を押し返した李月が刀を振ると、その周囲から頭が8つ飛び散った。 そしてあっという間に、世月の周りに纏わりついている邪気を食らっていく。世月の顔が見えるまで邪気が減るのに、そう時間はかからなかった。

「よくも邪魔をしたわね」

 邪気の間から見えた世月の表情は、相変わらず怒りに満ちていた。しかし、先ほどのように完全に人の話に耳を傾けないほどではなかった。周りに纏わりついていた邪気を根こそぎ食らい尽くして、それに同調していた怒りも多少なりと静まったのかもしれない。何にしても、最悪の事態は脱したようだ。

「あのまま放っておいたら、お前はあいつを殺していた」
「殺されて当然の奴よ」

 世月は顔を顰めて吐き捨てた。
 未だ怒りの冷めない様子の世月は、一体何を根拠として「殺されて当然」と言っているのか。

「そう思うのは4人も自殺に追い込んだからか?それとも、お前を侮辱したからか?」
「それは……」
「もし後者なら…お前はいずれカレンのようになる」

 世月の言葉を遮った李月がそう言って睨み付ける。すると、世月はぐっと口ごもった。
 李月はそれ以上世月を咎めはしなかったが、何も言うことはなかった。
重たい沈黙が流れる。


「李月」

 無言のまま李月が刀をしまっていると、沈黙を断ち切るように世月が小さく口を開いた。その声に李月が視線を向けると、その先にいた世月は今にも泣きそうな顔をしていた。まるで、親に怒られて必死に泣くのを堪えている幼児のようだ。

「ごめんなさい……」

 囁くように小さい声でそう言った世月は、言った傍からぼろぼろと涙をこぼし始めた。怒りの嵐がやっと収まったかと思ったら、今度は悲しみのポルターガイストタイムが始まってしまうのか。なんと感情の移り変わりが激しいことか。

「世月…おち……つ…?」

 世月を慰めようと口を開いたのに、言葉をうまく発することが出来ない。

「ッ!!」

 次の瞬間、今までにないくらいの頭痛と眩暈が李月の頭を突き抜ける。
 思わず表情が歪み、両手で頭を押さえつけた。

「李月…?」

 泣きそうな顔だった世月が、首を傾げながら近寄ってくる。
 しかし、そんな世月に構っているほどもう時間がないと、李月は頭の中で自分の置かれている状況を冷静に見極めていた。

「八、都……あの…男の…瘴気を……」

 食っておけ。
 頭ではきちんと言えているのに、言いたかったことは最後まで声にならなかった。
なんともタイミングが悪い。馬鹿な妖怪がこれでちゃんと理解しただろうか。そうであることを願うほかない。

「李月…!」

 目の前で世月が声をあげているが、その姿がだんだんと薄くなっていった。それは果たして世月の一時な力の上昇が落ち着いてきたからなのか。それとも…李月自身の体の変化か。
 どちらにしても…これで、世月のポルターガイストに耳を塞ぐ手間はなくなった。自分が置かれている状況をあまりにも楽観的に捕えながら、ほどなくして李月は意識を手放した。


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