Long story


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 世月は妙にハイテンションだった。
 まるで今回の元凶のウイルスに感染してしまったように、鼻歌を歌いながら廊下を進んでいる。幽霊にも感染するのだろうか。とはいえ、仮に幽霊に感染するとしても世月はAB型ではないので感染することはない。
 何にしても、少し気味が悪いと李月は思った。

「ちょっと、聞いているの?」
「え?」

 顔を上げると、さきほどまで意気揚々と鼻歌を歌っていた世月が少し怒った表情で李月の方を見ていた。
 …何か話しかけていたのか。それとも鼻歌の話だろうか。もし鼻歌のことなら若干聞こえていたが、何か話しかけていたなら全く聞こえていなかった。

「女の子の話を聞き逃すなんて、最低よ」
「…悪い」

 ただ、自分のことを女の子と思っているなら考えを改めた方がいいと思う。

「だれが女子力皆無よ」
「そこまでは言ってない」

 というか、何も口に出していない。
 双月は真理を覗くが、世月は他人の思考をまるで声を聞いているかのように見透かす。それを故意にやっているのか、直感的なものなのかは知らないが、何にしても双月よりよほど質が悪い。

「なんだか探偵ごっこしているみたいね、って話をしていたのよ」
「緊張感のない奴だな」
「あら、あなただって随分と悠長に歩いているじゃない」
「頭が痛いんだよ」

 新聞部を出てから走って玄関まで行ったら死ぬんじゃないかというような頭痛に襲われた。少し時間がたって多少なりとマシになったが、あんなものずっと抱えていたら、見つけられるものも見つけられない。

「私とゆっくり話をしたい口実でしょう?」
「恐ろしいことを言うな」
「可愛い妹とせっかく会えたっていうのに話もしたくないって言うの?酷いお兄ちゃんね」

 一体どの辺が可愛い妹なのだろうか。いい加減に自分がどう見られているか自覚しろ。
 李月は顔を顰めるが、世月はまるでそんなことは目に入っていないようだ。

「何がお兄ちゃんだ。俺は一度だってお前を妹だと思ったことなんてない」
「じゃあ何だと思っていたの?」
「女王」

 今は魔王に昇格したが。

「まぁそれでもいいわ」

 いいのか。仮にも自分を女の子だとか、可愛い妹だとか言うならそこは少しくらい否定するべきだ。

「でも、あなたに話がなくても私にはあるのよ」

 世月の言葉を聞いた途端、李月の顔色が悪くなった。
 やはり無理にでも走っておいた方がよかっただろうか。半殺しと死にそうなくらいの頭痛とどっちがいいだろうか。李月は頭の中で考えたが、答えは出なかった。

「どんな…?」

 考えても答えが出なかったので、李月は世月からの半殺しを受けることにした。
 どのみち、今さら逃げてももう遅い。


「ありがとう」


「は…?」

 李月は思わず立ち止まり、見たこともないような間抜け面を浮かべていた。当たり前だ。きっと心が折れるどころか、ぼろぼろに砕けるくらいの罵詈雑言を浴びせられ、あまつさえ物理攻撃も来るだろうと覚悟していた李月にとっては、それはあまりに予想外で、意味の分からない一言だった。

「もっと酷いことを言われると思った?…とりあえず歩きなさい」

 世月の言葉に、李月は声を出すのも忘れてただ頷いた。そして言われるがまま、歩みを再開する。それを確認すると、世月は李月と歩調を合わせるように進みながら、再び口を開いた。

「私が死んでから最初に見た光景は、ちょうどあなたが双月を泣かせた時だった」

 つまり、死んでから3日と経たないうちに成仏し、戻ってきたということだ。少しばかり潔すぎる気がしないでもないが、世月らしいと言えば世月らしい。それに引き替え、自分は随分と往生際が悪かったと、李月はその時のことを思いだして当時の自分を咎めた。

「双月は大きな傷を負ったわ。それだけじゃない。私がいなくなったせいで、お母様がおかしくなってしまった。あなた、お母様がおかしいことに気づいていたでしょう?」
「ああ…」

 その頃は自分が生き残った罪悪感と世月の臓器を移植したことで爆発しそうなくらい溢れていた力を抑えるのにいっぱいいっぱいだった。しかしそんな中でも分かるほど、母親の様子はおかしかった。

「分かっていたのに、あなたは何もしなかった。あなたは自分のことばっかりで…双月から目を逸らして、家を出てしまった。そして…、双月は私にならなくてはいけなくなった。あなたが気付いた時に何か手を打っていれば、避けられたかもしれない事態よ」
「…そうだな」

 李月はあの時母親のことを「いつもと違う」程度にしか思っていなかったが。それでも、その時点でそのことを父親に言っていたら、何かが変わったかもしれない。

「辛そうな顔をして、それでも必死に私になろうとしている双月を見て……自分が死んだことに後悔はなかったけれど、こんなことなら私が生き残った方がよかったのかもしれないと、少しだけ思ったわ」

 生きたかったではなく、生きた方が良かった。
 李月は世月にそんなことを言わせている自分に腹が立って仕方がなかった。

「あなたはお母様のこと無視し挙句の果てには双月から逃げるようにかーくんの家に行った。あなたの体たらくはそれだけにとどまらず、双月がどんな目に遭っているかも知らないままにそこからもいなくなってしまった。あのときは、探し出して呪い殺してやろうとかと本気で思ったわ。それから私はずっと…あなたを許せなかった」

 ぞっとした。
 だが、もし桜生と会う前に世月が呪い殺しに来ていたら、李月は迷わず命を差し出しただろう。桜生と会ってしまっていたら、一体自分はどうしただろう。答えは出ない。

「でも…あなたが桜生ちゃんを連れて戻ってきたとき……私、確信したの」

 そう言って、世月は李月を見た。

「私は死ぬべくして死んだ」

 それはつまり、死ぬ運命だった――と言いたのだろうか。
 李月は真っ直ぐと自分を見る瞳から、視線を逸らせなかった。

「私はあなたが双月を傷つけたことばかり考えていたけれど…思い返せば、私が死んだことで上手くいったことは沢山あった。あなたは私の力を得たおかげでいなくなってしまったけれど桜生ちゃんを助けることが出来た。そして同時に、あなたの代わりにかーくんがみんなの世話をしなければいけなくなった」
「世話って…あいつは拒まなかったが、自分から関わってはこなかっただろ」

 華蓮は二度目にカレンと会ってから、また周りを遠ざけようとした。しかし、周りがそれを許さなかったから、遠ざけることを諦めた。それでも、決して自分から関わろうとはしなかった。世月が死んで、李月が華蓮の家で一緒に暮らしていたときも時々何かを思いつめたように「誰もいなくなればいいのに」と呟いていたくらいだ。

「そうね。でも、あなたがいなくなって…ボロボロになったみんなを立ち直らせたのはかーくんよ。あなた、出て行くときにかーくんに何か言ったの?」
「別に何も―――……言った」

 すっかり忘れていたが、李月は桜生を助けに行く時に華蓮に確かに言い残した。

「やっぱりね。かーくんってば、面白いのよ。野球をするのに人数が足りないとか言って、私になって学校を休みがちになった双月をしつこく迎えに行って家から引っ張り出したり、一緒に遊ぶのを嫌がった深月と侑にどっちも自分と遊ぶのであってお互いと遊ぶわけじゃないって意味不明なこと言って無理矢理一緒に居させたり。そもそも、野球をするのに人数が足りていたことなんてないのに」

 確かに、野球をするのに一度だって人数が足りたことはない。
 しかしそれ以前に、華蓮はカレンのことがあってから李月たちとは遊びたがらなかった。それなのに、双月はともかく…勝手に揉めている侑や深月のためにそこまで行動するなんて。

「あいつは…誰とも関わりたくないと言いながら、いつも自分から手を差し伸べてる」

 華蓮はいつでも、助けを求めているときに手を差し伸べる。そして誰も、その手を払いのけたりはしない。誰もそうしないのは、その手が確実に正しい方に導いてくれると知っているからだ。
 李月がそう言うと、世月はきょとんとした表情を見せた。

「私……、時々思うのだけれど」
「何を?」
「あなた、かーくんのこと大好きよね」
「はぁ?」

 世月が李月をまじまじと見ながら言うと、李月は思いきり顔をしかめた。

「気持ち悪いことを言うな」
「かーくんの方があなたへの愛は大きいのかと思っていたけれど…」

 李月が顔を顰めて止めるのにも拘らず、世月はまるで気にしていないと言うように持論を展開する。

「おい、人の話を聞いてるのか」

 明らかに聞いていない。世月はどこを見るでもなく顎に手を当てて一人でうんうんと頷いていた。

「あなたの方が上ね。断然上よ」
「世月、いい加減にしろ」

 少し声を大きくして言うと、ようやく視線が李月に向いた。

「まぁいいわ。話を戻しましょう」
「何だお前、自由か」

 世月はいつでも自由だ。生きている頃から周囲は散々世月の自由に付き合わされてきた。分かりきったことだったのに、久々に会って久々にその自由っぷりを目の当たりにすると、多少なりと苛立つ。
 しかし、そんな李月の苛立ちを余所に世月はまるで何事もなかったかのように路線を元に戻して話し始めた。

「とにかく、かーくんのおかげで双月も深月も侑も離れ離れにはならなかったわ。深月と侑なんて、かーくんのおかげでくっついたようなものよ。それから双月は、私でいたから春君に出会うことができて、自分を取り戻すこともできた。あなたは桜生ちゃんを救い、かーくんは秋生君と出会って、復讐をやめたわ。上手くいったことが沢山あったどころじゃない…一見悪いように進んでいるように見えることも、最終的に見れば悪い方向にいったことなんて何もないわ。最高よ」

 世月はその持論に絶対的な確信を持っていた。それは同時に、世月が今の李月たちの犠牲になったということだ。そんな、自らの命の犠牲の上にある今を「最高よ」と言い切れる世月を、李月は素直に凄いと思った。

「私は死ぬべくして死んだ。そして、あなたは生きるべくして生き残った」

 世月はそう言って身を翻した。白いワンピースがふわりと揺れた。
 無意識のうちに、李月はその様子に見入っていた。振り返った世月と視線がぶつかる。

「だから、生き残ってくれてありがとう。あなたが生きているおかげで、今がある。あなたが生きていることが、私の死が無駄ではなかったという何よりもの証明だわ」

 廊下から差し込む光が、まるで導かれるように世月を照らした。
 そう言って浮かべた笑顔は、正に天使だった。


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