Long story


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 静寂がどれくらい続いたのかは分からない。止まっていたのは動きだけではなく、思考回路も完全にショートしていた。ショート寸前だから今すぐ会いたいとはどんな戯言だろう。会ってしまったせいでショートしたではないか。

「やっぱり私も大分、頭角を現してきたのかしら」

 静寂を破ったのは、この場を静寂に陥れた張本人だった。世月は身を翻しながら、うふふと笑う。

「よ、よよよよよ世月…!?」
「感動の再開だというのに、お化けでも見つけたみたいな目で見るのね、双月」
「いやお化けじゃん…」

 テンパっていた双月だったが、世月の突っ込んでくださいと言わんばかりの発言で冷静になったのだろうか。冷静に指摘している。

「いや、魔王の間違いだろ…」

 一見冷静に見える深月だが、明らかに動揺している。まず血色が悪い。そして何より、本当に冷静ならば世月を前にしてこんな大それたこを言うはずがない。命知らずもいいところだ。

「どこの天使を前にして魔王なんて失礼しちゃうわ。ねぇ、李月」
「そうだな、お前は天使だ。大天使世月様だ。さぁ天に帰れ」

 李月はとっさに反応しながら、自分も相当冷静でないと痛感した。

「はぁ…全員やり直し。会いたかったです世月様、でしょう?」
「アイタカッタデスヨヅキサマ」

 3人の声が綺麗に揃った。誰一人として感情がこもっていないところまで、きっちりと。

「李月はまんまかーくんだし、その他もかーくんと反応がほぼ同じ。どいつもこいつも成長しないのだから……」

 世月は呆れたようにため息を吐いた。
 確かに華蓮は昨日、前に世月にあったと言っていた。そして、その際に会いたくないと話したばかりだ。それなのに、何だこの仕打ちは。

「まぁいいわ。せっかく見えるのなら焦らしに焦らして――――ちょっと待ちなさい」

 別に誰も逃げようとはしていない。
 悪女の笑みを浮かべていた世月は、途端に険しい顔になった。

「どうしたんだよ?」
「だからちょっと待ちなさい。接触…13番目は確か…………まずい。こんな茶番をしている場合ではないわ」

 双月の質問を跳ねのけた世月は腕を組んでぶつぶつと言いながら何かを考えているようだったが、やがて顔を上げた。その表情は更に険しくなっていた。

「まったく、私はあなた達の天使なのか死神なのか。些か疑問になってくるわね」

 そう言って苦笑いを浮かべる世月を見て、ようやく最初に聞こえた世月の言葉を思い出した。
 “ここで私がシメのその5”と、言っていたことを。

「何か…知っているのか?」

 李月の問いに、世月は真剣な表情で頷いた。

「自殺未遂をした4人に共通していることはテストよ。自殺未遂をした3人の生徒はウイルスに感染30分前以降から感染後に倒れるまでの間に、授業で小テストなりテストなりを受けていたの。そして残す1人の教師は、感染後にテストをする側に位置していた」

 世月はそう言って部室内をふわっと一周した。
 その様だけ見れば、天使に見えないこともない。

「本当はもう少し焦らす予定だったけれど…そんな悠長なことを言っている暇はない」
「何が―――……桜生!」

 何がそんなに切羽詰まっているんだ――と聞いている途中に、李月は世月の言わんとしていることを理解した。そしてその瞬間、無意識のうちに椅子から立ち上がっていた。

「え、何なの?どういうこと?」
「いや、俺に聞くな…」

 双月が首を傾げて、深月が苦笑いを返す。

「13番目の被害者は春君たちのクラスで倒れたのよ。その時、秋生くんか桜生ちゃんに触れている。あの子たちはAB型。それも…倒れた教師はその前に小テストをやっているのよ」

 世月の説明を聞いて、双月と深月が目を見開いた。どうやら状況を把握したらしい。

「桜生のところに行ってくる」

 桜生は昨日、明らかにテンションがおかしかった。ウイルスに感染しているのは明確だ。そしてそれは多分、秋生も同じだろう。秋生に桜生ほどテンションの差が見られなかったのは、ウイルスの滞在時間が短かったからだ。しかし、それでも感染していることに変わりはない。もしそうならば、桜生と秋生が倒れるのは時間の問題だ。その前に桜生を助けなければ。

「馬鹿ね。あなたがそんなことで時間を潰している暇はないわ」

 世月が李月の目の前に顔を出した。
 そんなこと?桜生を助けることがそんなことだというのだろうか。
 李月が睨み返すが、世月は全く動じない。

「桜生ちゃんを保護することなら双月にだって出来るでしょう。秋生君のことは役立たずのかーくんにでも任せておけばいい。普通に考えたらわかるでしょう。あなたのすべきことは、今すぐに根源を見つけて叩くこと。桜生ちゃんの所に行ったって、あの子の自殺未遂は避けられないわ」

 世月に言われてはっとした。
 全く反論しようがないほどの正論だった。

「でも…李月一人でどうやって探すんだよ。その根源、学校内にいるかどうかも分からないだろ?最初のウイルスだけ蒔いてあとは放置ってことも有り得るし」
「いや……いる」

 というより、改めて入って来たと言った方が正しいだろう。
 世月が見えるのが、何よりもの証拠だ。
 もしかしたら、別の僕である可能性もなくはないが。そんなことを考え出したら、そもそもハイテンションウイルスを蒔いた根源がカレンの僕であるという保証もない。そんな、考えても希望がなくなるだけのようなことは考えない。もしそうだったら、それはまたその時だ。

「考えはまとまったかしら?」

 世月の問いに、李月は頷くだけで返した。

「双月は桜生を頼む」
「オッケー。って…、俺はうろつけないから春人にここに連れて来てもらうわ」
「ああ、そうしてくれ。深月は華蓮に……いや、もし秋生が倒れたら連絡があるだろうから、そうしたら事の経緯を伝えろ」
「呼ばなくていいのか?」
「今日は使い物にならない。それに、今連絡したら多分今度こそ死ぬ」

 寝ているのかいちゃついているのかは定かではないが、どちらにしても今連絡すれば華蓮を激昂させることに変わりはない。もちろん事の経緯を話せば怒りは治まるだろうが、起こってもないことをわざわざ知らせなくてもいいだろう。要は、起こさなければいいのだから。

「秋生と桜生が倒れる前に根源を叩く。良狐、お前は桜生と一緒にいろ。もし何か来たら華蓮のところに知らせに行け」

 連れて行ってもいいのだが、狙っているものが何かも分からないのに無暗に連れ歩くのは危険だ。ただでさえ元々死にかけていたのだ。何かの拍子に怪我でもさせた暁には、誰からどんな仕打ちを受けるのか。皆目見当もつかなかったが、とにかく危険は減らすに越したことはない。
 寝ているかとも思ったが、一応起きてはいたようだ。良狐はその場から動くことなく短い首を縦に振って李月に返事をした。

「李月、私も一緒に行くわ」
「は?」

 予定通りに事が進んでいると思ったら、ここへきて思わぬ邪魔が入った。邪魔なんて言ったら半殺しでは済まなくなるから、口にはできない。
 そもそも、本来ならば世月に出くわした時点で李月は半殺しにされる予定だった。しかし、状況が状況であるためにそれを免れているのだ。この状況が改善されれば、半殺しに遭うのは目に見えている。それが分かっていて、どうして一緒に行動しなければならないのか。

「何か文句ある?」
「いえ…お供します」

 半殺しの目に遭うことは分かっているのに、断ることはできない。
 これが大鳥世月だ。華蓮の言う通り、死んだ時よりも迫力が格段に増している。

「よろしい」

 李月の返答を聞いて、世月が満足げに頷いた。
 世月は自分のことを天使か死神だと表現したが、まず天使はない。死神は若干ありだが、しかしやはり魔王の方が似合っていると思う。そして、たとえ李月がどんなに強い勇者になっても、どれほど素晴らしい救世主になっても。目の前の魔王には一生逆らうことはできないだろうと、心の底からそう思った。




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