Long story


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「全部聞いていたのか?」

 ずっと廊下に立っていたのか。それとも、ずっとそこにいたのに気付かなかったというのか。もしそうならば李月も自分が気付いていなかっただけで、華蓮に負けず劣らず体調不良だ。

「ああ。双月がずっと電話繋げててくれたから」
「すぐ拗ねるから、侑とも繋がってる」

 深月は双月の方を見ながら言うと、双月がスマートフォンを取り出して李月に向けた。“複数通話中”と表示されている。最近の電子機器の進歩はすごいものだ。
 しかし、繋がっているのに双月はあんなこと言っていいのだろうか。馬鹿なのだろうか。李月はそんなことを頭の片隅で考えつつ、自分の体調が思いのほか悪かったわけではないことに安堵した。

「まじかよ。あいつ今日、雑誌のインタビューがどうとかじゃなかったのか」

 なるほど、それで今日は学校にいないのか。

「うん。だから何かあったら教えてって言われたんだけど、いちいち連絡すんの面倒だからずっと繋げっぱなし。今聞けないならサイレントで録音して後から聞けって言っといた」
「それで口を挟んでこないわけか。うるさいのがいなくて楽だな」

 深月は納得したように頷いて、定位置である椅子に座った。
 双月と同じように深月も馬鹿らしい。今は口を挟んでこなくても、後で会話を聞いたら結局痛い目を見ることが分からないのだろうか。

「言えてる。…で、深月は何を持って帰ってきたんだ?」

 苦笑いを浮かべた双月は、スマートフォンを机の上に置いて深月に視線を向けた。

「面白い事実その3。見てろよ」

 深月はそう言うと、机の下から白紙の紙と鉛筆を取り出した。
 この机はなんだ。四次元ポケットか。

「この13人の中で最初におかしくなった生徒の友人が2番目におかしくなった。3番目におかしくなった生徒は2番目と委員会が同じ。3番目と4番目は部活が同じ。4番目と5番目は同じ塾で隣の席。5番目と6番目はクラスメイト。6と7は友人」

 深月は言いながらすらすらと紙に関係図を書いて行く。ずっと一本の線で繋がっているだけなのですらすら書けて当たり前であるが、しかしおかしくなった人物の名前を全てそれも漢字もきっちりと覚えているのは凄いということを通り越して少々気持ち悪い。
 しかし、李月の心情などお構いなしに深月の言葉と手の動きは続く。

「7と8は恋人同士。8と9はまたも委員会。9と10は同じ部の先輩後輩。10と11はクラスメイト。12は11の部活の顧問。12と13は、職員室で隣の席」

 深月が手を止めた。まっさらだった紙には13人全員の名前が、一本の線で繋がれていた。

「共通点か」
「でもこれだけじゃ弱いよな。恋人同士はともかく、委員会だって部活だってクラスメイトだって、他にもいる」

 双月の言う通りだ。確かに繋がっていることには繋がっているが、問題はどうしてこの13人だったかということが問題だ。しかし深月はそれすらも見当を付けているようで、にやりと笑みを浮かべた。

「接触だよ」
「接触…?って、この接触?」

 双月が首を傾げながら李月に触れる。

「ああ、その接触。今回の原因である…じゃあ仮にハイテンションウイルスってことにする?このウイルスは、接触することで次のターゲットに移行する」

 深月は頷いてからそう言うと、続けて一気に以下のようなことをまくし立てた。
 2は1に辞書を貸した時に接触。2はその後委員会に行き、ポスターを貼りかえるときに3と手が接触。その後3は部活に向かう。陸上部だ。ハードル走で転んだときに4に助け起こしてもらった。部活が終わると4はその足で塾に行き、そこで消しゴムを落した。それを5が拾って手渡す時に接触。
 翌日6は日直だった。担任に荷物を任せられたがそれが思いのほか重く苦戦していたら5が手伝ってくれたらしい。その時に手が接触。6は昼休みに7と自販機にジュースを買いに行った。7の買ったジュースを6に手渡し、その際に接触。
 それから2日ほど空いて、7と8は喧嘩していたが仲直りをしたそうだ。まぁ恋人同士だから、接触する機会なんて腐るほどある。8と9は美化委員。一緒に放課後ゴミ拾いに行った際に接触。9と10はバスケ部。いかにも接触しそうな部活だ。
 またしても空くこと2日。10と11は教室の入り口ですれ違いざまに接触、そして12は職員室の席で間違って11のコーヒーを飲んでしまったことにより接触。

「1から13までが順番に接触していて、その順番に症状が発症してる」

 深月はそう締めくくった。
よくもまぁ、13人の行動をここまで調べ上げたものだと思う。
 だが…仮に深月の言うようにハイテンションウイルスが接触によって次に移行するならば、被害者がこの13人というのは少しだけおかしい。

「でもさ…それならもっと狭い範囲で被害が出るはずじゃないか?最初の方はともかく、2日も空いてるってどうよ。それまでに誰かしらには接触するだろ」

 李月も双月と同じことを思った。
 いくらなんでも、学校に来ていて2日間誰とも接触しないことはないだろう。どれだけ潔癖症なのだ。

「なら更に条件を追加されたらどうだ?」
「条件?」

 双月がいちいち首を傾げる。深月ももったいぶらずにさっさと言えばいいものを。

「面白い事実その4。この13人は全員AB型だ」
「つまり…ハイテンションウイルスは、AB型にしか移らない…?」

 双月が目を見開いた。深月はその表情を見て、満足げに頷く。

「それなら納得がいくだろ。AB型は血液型の中で最も少ない。だから、2日間接触がなくても不思議じゃない」
「それが本当なら…むしろ、こんなにうまく13人に繋がったことの方が驚きだ」

 もしかしたら、このウイルスを1番目に与えた犯人はそれを分かった上で1番目をターゲットに選んだのかもしれない。

「これで残る問題は自殺した4人だな」
「それな。流石に俺もそこまでは分からなかった」

 双月がメモ用紙の名前をつつきながら言うと、深月はそこでお手上げポーズをとった。
 まるで雲を掴むような話から、ここまで進めば十分だ。

「後は自分で探す」

 とはいえ、ここからどうやって探したものか皆目見当もつかないが。
 4人が殺人未遂を起こした理由を探すよりも、最初のターゲットが誰に接触してウイルスをもらったのか考える方が先だろうか。いや、これ以上自殺をはかる者を出さないようにすることの方が先決だ。今まではたまたま未遂で済んでいるからいいようなものの、いつ死人が出るかもわからない。ならばやはり理由を探すべきか。


「ここで私がシメのその5」

 李月が悶々と考えていると、隣から声がした。
 いつの間にかまた、傍聴者が増えている。

「まじかよ。最後の最後で世月の出番?」
「いっつもいいとこ持ってくんだからなー、世月は」

 まるで何事もないような会話。しかし、これはおかしい。

「は?」
「ん…?」

 すぐに状況がおかしいと理解した李月は、深月と双月を見て顔を顰める。
 李月の様子を見て、ようやく状況がおかしいと理解したらしい深月と双月が、顔を見合わる。
 状況がおかしいと理解した全員が揃って、李月の隣に視線を向けた。

「あら、まぁ」

 視線の先には、さきほどまではいなかった人物が少し驚いたような表情を浮かべていた。
 真っ白いワンピースに、双月とそっくりな顔。しかし双月よりも美しく、文字通り透き通った肌、身体。この部室の内に、この人物を知らない者はいない。
 沈黙。まるで時が止まったかのような静寂が流れた。


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