Long story


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 問題は重大だ。これ以上ないくらいの大問題だ。事態は深刻だ。忌々しき事態だ。
 秋生は教室の自分の席で頭を抱えていた。ちょうど、深月と華蓮が体育館を去る時にしたように。全校朝礼から既に2時間経っているが、今思い出しても今日の全校朝礼は最高だった。おまけに新曲の発表。これ以上ないくらいに最高の気分だった。春人と肩を抱き合いながら喜び、飛び跳ねた。
 しかし、秋生の興奮は携帯に送られてきた一通のメッセージによって一瞬にして氷点下まで冷まされることとなった。そして、一度冷めてしまったものはそう簡単には熱くならない――こともないのだが。熱を冷ます原因が邪魔をして煮え切らない。


「一体あの夜に2人の間に何があったんだ」
「まるでドラマのようなセリフだね」
「春人、俺は真面目に悩んでんだぞ」
「ああ、ごめん」

 華蓮から秋生にメッセージが送られてきた。秋生は華蓮に連絡先を教えていなかったが、秋生が何度も華蓮に連絡を取っているため華蓮から連絡をすることは可能だ。しかし、まさか実際に連絡がくることがあるとは思わなかった。そこまではよかった。連絡が来たことは正直嬉しかった。今日のライブに加えて秋生のテンションを更に上げた。問題はその中身だ。

『加奈子は預かる』

「っっ!何ですかこの誘拐犯の脅迫文の文章は!あれですか、いくらか要求されるんですか秋生さん!」
「俺は真面目に悩んでるっつってんだろ!何改まっちゃって!顔が笑いを堪えるのに必死なんだよ!」
「だってこれ…超ウケる〜!用件メールでももう少し感情籠ってるよ〜」

 秋生が頭を抱える横で春人はとうとう声を上げて笑い出した。周りから注目を浴びようがお構いなし。というより、気付いていないと言った方が正しいだろう。

「そしてこの文体以上に問題なのがこの内容!」
「何が問題なの〜?この加奈子って言うのは、この前言っていた子でしょ〜?」
「先輩は加奈を煙たがってた!そりゃもう煙たがってた!それが突然これだぞ」

 多分、加奈子が付いて行くと言ったのだろうが。華蓮がそれを承認したことが意外どころの騒ぎではない。秋生の熱は氷点下を一周して再び燃え上がって更に氷点下に達したくらいだ。

「大体あの日だって、何で先輩は加奈を抱えて帰ってきたんだ!俺のことは連れて行ってさえくれなかったのに!抱えて帰ってくるって!いくら幽霊だから体重がないって言ってもあれはない!ないないない!」

 そもそも霊体を抱えられるのかということについては、華蓮だからできる芸当としかいいようがない。あの男にできないことはない、たぶん。

「そうなの…?」
「そうだ!あの図書室の一件以来、先輩は俺よりも加奈に優しい。ていうか、俺は今まで先輩に優しくされた試しなんかないけど。って考えると、図書室の一件以前の俺よりも加奈は優しくされてる!!」

 秋生の能力はもう戻った。よくないものがいれば分かるし、幽霊と話だってできる。それが戻れば秋生の屑認定は撤回され、これまで通りに戻ると思ったのに。
 いや、実際問題秋生への態度は前に戻った。可もなく不可もなく戻ったのだ。普段はあまり会話をしてくれず、必要なときと気が向いた時だけ会話を交わす。仕事が出来れば一緒に退治ないしは成仏に行き、それがなければ平凡な一日を過ごして下校時刻と共に帰る。秋生と華蓮の関係は何も変わっていない。

「あの図書室で、加奈と先輩に何かがあったんだ」
「……禁断の恋?」
「恋!?先輩と加奈が…こいいいい!?」

 ガタガタと机を揺らしながら、秋生はこの世のものとは思えないほどの表情で叫ぶ。他の生徒に迷惑なこと極まりない。しかし、他の生徒は一瞬ちらと秋生と春人の方を向くものの、すぐに顔を逸らす。普段ならばもう少し注目するか、あるいは注意する者がいるのだろうが。今日はあのshoehornの新曲発売が発表された日だ。皆自分たちの話に集中したいために周りのことなど気にしない。

「そこまで動揺しなくても。夏川先輩に限ってそれはないでしょ〜」
「絶対にないなんて言えるのか?先輩がロリコンじゃないなんて証拠がどこにある!」
「でもさ〜、もし仮に禁断の恋ならもっと隠すでしょ〜。仮にも寺の息子が幽霊と恋なんて言語道断だよ?それも小さい子どもなんて猶更。それなのに、秋にバレバレなんて隠す気ゼロじゃん〜」
「俺に対してすごく失礼なことを言っている気もするが、それもそうだな…」
「でしょ〜。だから、禁断の恋の線はないね!」

 1つ選択肢は削れたが、しかし理由は分からない。秋生の屑認定が解かれていないだけなのだろうか。加奈子>秋生の公式が完全に根付いてしまったのだろうか。

「そのさーあ、加奈子ちゃん?の方はどうだったの〜?元から夏川先輩にも懐いてたの?」
「いや、嫌ってるってほどじゃねぇけど、好いてはなかった…と、思う」
「授業に付いて行くのは?時々は先輩の方に付いて行ってたの?」
「いや、今までは全部俺だった。先輩には付いて行こうともしてなかったな…」
「それさ〜、完全に変わったのは先輩じゃなくて、その子じゃない?」

 そう言われれば。加奈子はこれまであまり華蓮に近寄らなかった。必要なことや質問があれば問うが、「秋生に聞け」と言われたり無視したりするこが大半だったからだ。そんなだから、授業にだって華蓮の方にはまず付いて行きたいとも言わなかった。だから、華蓮が断ったこともない。聞かれないのだから断りようがない。

「確かに…そうかも」

 変わったのは加奈子だ。加奈子は最近華蓮に近寄るようになった。華蓮の態度は誰にでも同じだ。基本的に興味のない質問には返さないし、意味のない質問にも返さない。ときどき気まぐれで返すこともある。だが、まず質問をされなければ返すことも無視をすることもでない。その華蓮の姿勢は秋生に対しても加奈子に対しても変わっていない。

「じゃあ、別にそんなに重大問題じゃないんじゃな〜い?」
「まぁ…、加奈子の心境が変わったことも多少気になるけど。それもそうだな」

 華蓮の心境の変化の場合、本人に聞いても何も答えてくれないだろうが。加奈子の心境の変化の場合は、本人に聞けば教えてくれるだろう。

「よかったね〜すっきりして〜」
「ああ!これで新曲の話に集中できる!!」
「待ってました〜」

 別に新曲が発売されたわけでもないのに、何を盛り上がることがあるのかと問いたいところだが。次はあんな曲だ、こんな曲だ。歌うのは誰だろうか、など話すことは沢山ある。たとえ話題が出尽くしたとしても、何度も繰り返し話す。掘り返す。無限ループは終わらない。そして話をしている本人たちはそれが楽くて楽しくて仕方がないのだ。そして、秋生と春人もやっとその楽しいひと時に戻れる。と、思っていたのだが。

「よし、まずは新曲がどんなきょ………あー…」

 頭の中に電気のようなものが走った。頭痛とは違う、痛くはないが変な感覚だ。

「どうしたの?」
「ごめん春人。俺行かないと」
「あらま〜。じゃあ、昼休みか放課後だね」
「ああ、ごめん」
「悪いのは秋生じゃなくて、出てきた幽霊ちゃん。頑張ってね〜」

 春人が手を振るのに返して、秋生は名残惜しくも教室を後にした。本当はこの教室の中で話をしていたいがそれはできない。これ以上加奈子に遅れをとるわけにはいかないのだ。


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