Long story


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 どうして秋生を置いてきたのかを説明しながら桜生を教室まで送り届けると、双月に連行されたらしい春人が先に教室に戻っていた。春人は秋生がいないことに首を傾げていたが、その辺の事情は桜生が説明するだろう。李月は桜生を送り届けると、その足を自分のクラスではなく新聞部に向けた。
 新聞部の扉を開けると、本来の部室の主がいるわけでもなく、その秘密の恋人がいるわけでもなく、大鳥グループのご令嬢がいるわけでもなく、有名バンドのキチガイ担当が優雅にティータイムを決め込んでいた。

「あれ、李月だけ?」
「華蓮は使い物にならない」

 どうしてか女装を解いている双月の言葉に答えた李月は、その向かい側の椅子に腰かけた。窓際のソファに座ろうかとも考えたが、それをしてしまうとそのまま寝転んで動かなくなってしまいそうだったのでやめておいた。
 良狐は李月の肩からソファに移動し目を閉じる。どうやら寝る気らしい。そんなことで何かあったときに対応できるのか疑問だが、華蓮が良狐は秋生に命を捧げていると言っていたから多分大丈夫なのだろう。

「どうかしたのか?」
「あいつの中にいる奴が散々飲み明かしていたからな。二日酔いだ」
「ああ…でも、そんなに?」
「寝ているのを起こしたら俺を殺そうとしたが、2度も外した」

 華蓮が的を外すところを、李月は初めて見た。
 今でも俄かには信じられない。

「うそだろ。ドッジボールでボール持たせたら無双開始して、バスケットボールやらせたらエンドラインからシュート決めて、ホームベースの近くにあった籠に外野から当たり前のようにグローブ投げ入れて、挙句の果てに発熱40度もあるのに50メール先くらいを逃げてく喧嘩相手に野球ボールぶち当てて気絶させた、あの夏が?」
「そう、その華蓮が」

 今双月が挙げたのは全てまだ李月が一緒にいた頃の華蓮の武勇伝だ。基本的に昼休みに外で遊ぶ場合は野球かサッカーだった。しかしある日、世月がたまには違うことをしようという話になり、ドッジボールとバスケットボールをやった。その結果、バスケットボールでは華蓮はシュート禁止になり、ドッジボールは禁断の遊びになり、それ以降他の種目にトライすることなく野球かサッカーで落ち着いたのだった。
 それにしても、よく覚えているものだ。

「大丈夫なのか、それ?」
「秋生を置いて来たから、呼吸困難にでもなったら連絡あるだろ」
「デジャヴだ……」

 双月は苦笑いを浮かべた。
 さきほど双月が話していた、40度の発熱で喧嘩相手を気絶させてしまったことを思い出しているのだろう。李月も同じだ。あの時、世月の「退散!」という掛け声を皮切りに全力でその場を逃げた後、華蓮が呼吸困難になった。すぐに救急車を呼んで大事には至らなかったので、華蓮は今もこうして元気…今は元気ではないが、生きてはいる。

「まぁ、デジャヴでも何でも死にはしないだろ。それより、お前何でわざわざ着替えてるんだ?」

 ずっと疑問に思っていたことを李月が聞くと、双月が思いきり顔を顰めた。

「ちょっと聞いてくれます?」

 がちゃんと、ティーカップが音を立てる。
 どうやら家で何かあったらしい。もうあんな家には帰りませんと、表情が全力で訴えている。

「ああ」

 そもそも双月が家に帰る羽目になったのは李月のせいであるから、聞かないわけにもいかないだろう。秋生の制服を取りに行く時に用件を伝えたが、そんなのすぐには調べられないから一旦学校に行ってからだと言われた。ホームルーム後に春人が連れ去られたと言っていたから、その間に調べたのであろうが…正直、あの短時間で調べられたのなら朝の時間でも十分に調べられたと思う。まぁ、双月には双月のコンディションがあるのだろうから深くは突っ込まないが。
 李月がそんなことを思いながら聞く意志を見せると、双月は再びティーカップをがちゃん、と鳴らした。そのうち割れるのではないだろうか。

「どいつもこいつも気持ち悪い目で見て来るんですよ。綺麗になったね世月ちゃん。おじさん世月ちゃんに会えたから今日は融資を奮発しちゃおうかな。今度一緒にご飯でもどうかな。とか言ってですね、誰がお前なんかと飯食いに行くかって話ですよ」

 今日は大勢集まっているということか。商談相手か何かだろうから年齢層が高いのは仕様がないかもしれないが、それにしても酷い有様らしい。

「お前が男だって知らないのか?」
「それ言うと母さんがおかしいってバレちゃうじゃん?世月のことでイカレてる以外は基本よくできる社長夫人だから、汚点になるようなことわざわざ言わなくてもいいかなって。それに、媚びてたら時々いいもん買ってくれるんだよ」

 そう言って笑う表情に「綺麗になったね世月ちゃん」という様子はうかがえなかった。悪い顔だ。

「お前…気を付けろよ。あまり調子に乗ると後が面倒だぞ」
「引き際は弁えてるから大丈夫。まぁとにかく、今日はそういう面倒くさいオジサマが多かったんだけど、その相手をしてる暇がなかったから幻の二男双月さん登場ですよ。屋敷内歩いてても誰からも話しかけられないって素敵。まぁ、春人も一緒だったから結構変な目で見られてたけど」

 やはりホームルーム後に一緒に行ってきたらしい。

「それでそのまま来たのか」
「そう。もう着替えるのも面倒だったし、授業出る気なかったしいいかなって。戻ってくるときに3人ほど発狂させてしまったけれどもそれは俺のせいじゃない」

 3人発狂させたのは確実に双月のせいだろう。双月には小さい頃から人をおかしくする何かがある。だから幼い頃は事あるごとに喧嘩をふっかけられていたし、今でいうならば晩餐会に行って毎度毎度襲われるのもそのせいだろうし、バンドで双月のファンが癖のある者ばかりなのもそのせいだ。

「そもそも3人も出会うほどうろつくな」
「それは追加調査のせい」
「追加調査?」
「うん。李月に言われたこと調べてて気になったから」

 そう言って双月は机の下から文字がプリントアウトされた紙を何枚か取り出してきた。与太話が長くなったが、ここからようやく本題に入りそうだ。李月はそう思いながら、双月が出してきた紙を受け取った。



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