Long story


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 亞希は華蓮に押し付けられた酒瓶も一瞬で空にしてしまった。華蓮の怒りなどどこ吹く風どころか、わざと怒らせようとしているようにも見える。しかしそれにしたって、少々ペースが速すぎるような気がする。

「随分荒れているみたいだな」

 そう言うと、華蓮は呆れたようにため息を吐いた。今の言葉が亞希を示して言ったことだと、華蓮は理解しているようだった。

「良狐の封印が解けそうになった時から、ずっとこうだ」

 封印の話は前に良狐から聞いた。それから、秋生の話も。

「知り合いなのか?」
「みたいだな」

 華蓮は迷惑そうに呟いた。そのせいでこれほど迷惑を被っていたら迷惑にも思うだろう。気持ちは分からなくもない。
 しかし、それにしても。

「世の中狭いな、つくづく」

 まるで、自分たちの視界の中だけで世界が成り立っているようだ。
 李月と桜生が出会ったことも、華蓮と秋生が出会ったことも。李月と華蓮が親友であったことも、秋生と桜生が兄弟であったことも。それは全部偶然であるはずなのに、まるで必然であるかのように。同じ円の中に集まっている。

「それは俺も…この前つくづく思った」
「この前…?」

 それは、良狐と亞希が知り合いだと知った時だろうか。

「小3の時…、学校で火事があったろ」
「火事?…ああ、そうだ。お前が途中でいなくなって、世月が助けに行くと泣いて喚いて抑え込むのに大変だった、あれか」
「世月がどうかは知らないが…その火事だ」

 あの時は本当に大変だった。
 少なくとも、世月の泣き声で校舎の崩壊が早まったことはまず間違いない。

「あの火事がどうしたんだ?」
「俺が…ガキと一緒に出て行ったの覚えてるか?」
「ああ。小学生に見えないくらい小さかった子だろ。華蓮が人助けをするなんて、あれは将来の華蓮の彼女だとか世月が言ってたからよく覚えてる」

 双月が「男だった」と突っ込んだら、顔が可愛いからそんなことは関係ないと突っぱねられていた。その時はそんな理屈があるかと思ったが、人間どう転ぶか分からないものだ。

「そんなこと言ってたのか、あいつ」
「ああ」

 世月の発言に怒るかと思ったが、華蓮はなぜか笑っていた。怒らないのは昔のことだからだとして、一体今のどこに笑うところがあったのか。李月は華蓮の反応が予想外すぎて、少し返答に遅れた。

「エスパーだな」
「エスパー?」

 変なタイミングで笑い出したかと思えば、何を性に合わないことを言っているのだろう。もしかして、本格的に亞希の酔いが回ってきたのか。
 金木犀の方に視線を向けると、亞希と八都の周りが空になった瓶で埋め尽くされていた。李月はそれを見なかったことにして、華蓮に視線を戻した。

「秋生だったんだと」
「は…?」
「あの時のガキ、秋生だったらしい」

 絶句しすぎて言葉もなかった。
 偶然にも限度があるだろう。こういう場合はもう偶然ではなく、運命と言うべきだ。李月は基本的に運命なんて信じないが、これは流石に運命だ。

「そういえば、この間世月にも会ったな」
「会った?」

 世月はずっと双月の周りにいるらしいが、それが見えるのは春人と桜生だけだ。それなのに、会ったとは一体どういうことだ。

「この間一度だけ、俺にも見えた」
「見えたって…どうして?」
「それは分からない。…だが、秋生にも見えていたな」
「へぇ。……どうだった?」
「二度と会いたくない」

 そう言った時、一瞬だけ表情が恐怖に歪んだ。
 いくら鬼を従えて強くなろうが、世月が死んでしまおうが、何年時が経とうが。世月が最恐なのは変わらないらしい。人間、どう頑張っても克服できないものもある。

「そうか。俺も…、会いたくはないな。怒鳴られそうだし」

 世月は双月を大切にしているから、李月の双月への仕打ちを絶対に許さないだろう。罵詈雑言を浴びせられ、精神をぼろぼろにされるに違いない。

「半殺しは覚悟しておいた方がいい。無駄に迫力も増していたからな」

 世月は天使になったんじゃないのか。
 精神攻撃にだけに留まらず、肉体攻撃もしてくるとは。堕天使の間違いじゃないのか。

「絶対に会いたくない…」

 想像するだけで寒気してきた。

「俺もあれ以来見てないから、もう見えなくなったんだろうが…何で見えてしまったのか」
「いつ見たんだ?」
「琉生が来た日。僕が屋上にいることを、加奈子を使って知らせに来た」
「ああ、あの日か」

 ついこの間ではないか。
 李月が勇気を出して華蓮に秋生の真意を伝えていなかったら、色々と状況が変わってもしかしたら出くわしていたかもしれないということか。よくやった、勇者李月。

「そう言えば…、春人はお前が初めて学校に行った日に世月に会ったと言っていたな」
「ああ、世月がいたからカレンに呑みこまれずに済んだらしい」

 もし春人が呑みこまれてしまっていたら。
 華蓮は絶対にカレンを許さなかっただろう。憎しみに呑まれてその時点で殺していたはずだ。李月も多分、容赦なく殺されていただろう。

「世月は…あいつの脅威が迫った時に現れるのか」
「それなら、春人にだけずっと見えているのはおかしいだろ」
「それもそうか…」

 ずっと誰にも見えなかった世月の声が突然聞こえ、そして姿が見えた。
 李月が双月と和解できたのはそのおかげであるが、しかし何の力もない春人にだけ見えるというのは摩訶不思議という以外の何ものでもない。

「あの子は普通じゃない」

 ふと、金木犀の方から八都の声がした。
 視線を向けて、空になった酒瓶の数がまた一段と増えていたことに驚愕した。もう酒瓶は視界に入れない。入ったとしても認識しない。あれはきっとおいしい水のペットボトルに違いない。

「確かに…あの子は異常だな」

 八都の言葉に亞希が続く。

「あの子…っていうのは、春人のことか?」
「そう。あの子はお前たちの持っている霊感とは違う何かを持っている。世月という女の子が見えるのもそのせいだ」

 八都はそう言って、また酒び……おいしい水を飲みほした。いつもの子どもらしい口調が、妙に大人びた口調に変わっている。気分の問題だろうか。
 それから、世月を“女の子”と表すのは間違っている。あれは決して“子”なんて付けていいような可愛いものではない。

「お前たちが今言っていた仮説は大体正しい。世月という子はカレンの脅威に応じて一時的に霊力…と言っていいのか知らないが、とにかく俺たちでいう妖力のような数値が格段と上がる。そうなると普段は見えないはずのお前たちにも一時的に見えるようになる。いや…正確にはなったと言うべきか」
「この間の怪物の事件の時にカレンが学校に潜んだせいで、少しだけ学校の瘴気の波長が変わってしまったことが原因といったところだろう」
「そうだな。あの一件で学校の瘴気にカレンの禍々しい瘴気が随分と混ざった。それ自体が学校そのものに影響を及ぼすこともないし、ぽっと出で来た悪霊たちにも影響を与えることもない。ただ、世月という子だけは違う」
「あの子はずっとこの学校の近くで生活していたわけだから、この学校の瘴気に同調していると考えればいい。同調しているから、瘴気の変化に応じてあの子の霊質も変化する。あの一件でカレンの禍々しい瘴気が混ざって学校の邪気が変化したことで、あの子の体はカレンの瘴気と、その瘴気を纏った別のものにも敏感になった。だから、カレンの瘴気の接近による学校の瘴気の変化を敏感に感じることが出来、それがあの子の持っている力の上昇につながっている。ずっとあの学校にいて瘴気に呑まれないのも、その瘴気に同調しているからだと言えば納得がいく」
「とはいえ、カレンの瘴気が接近することであの子の力が上昇するのは、その瘴気の元が学校に溶け込んでしまうまでの間だけ。つまり…数十分か、長くても数時間でまた見えなくなってしまうだろうな」

 亞希と八都が交互に捲し立てて、揃ってまたペットボトルを空にした。一体いつまで呑み続ける気だろうか。そもそも酔う、酔わないという前に量的な問題でおかしい。妖怪は水分を摂取した瞬間に汗にして排出するのか。汗をかいているようには到底見えないが。

「それが本当なら、天使改め魔王だな」
「全くだ」

 あの学校の邪気に同調するなんて尋常なことではない。いくら近くに住んでいたからといっても、普通は考えられない。だが、それが世月だからか、それほど驚くことなく納得できるところがある。改めて、自分の中の世月像がいかに恐ろしいものなのかを実感した。

「今言ったみたいに、一時的に見えるということは何ら不思議なことじゃない。しかし、あの春人という子は一度見えてからずっと見えている。どう考えたって普通じゃない」
「それは…桜生も一緒だろ?何の力がなくなった今でも見えている」
「桜生は霊体だった時に見えていただろ。波長を合わせやすくなっているんだよ。そんなにあることじゃないが、まぁ有り得ないことはない。だが、あの子は世月という子に接触したこともなければこの学校の邪気に同調しているわけでもない。内に何か物凄い力を秘めている風でもない。あの子の中に何かがあるのは確かだが、まるで見当もつかない。多分、本人も自分の中にある何かには気づいていない」

 八都にここまで言わせるとは、春人は一体何者なのだろう。

「何で今まで黙ってたんだ?」
「あの子の中にある“何か”がまるで分らないからだ。カレンが襲ってきて間もなかった状況で俺がもし、あの子は何か持っているが危険じゃないから大丈夫だと言っていたら、お前は信じたか?」

 亞希がそう聞くと、華蓮は押し黙った。
 確かに、カレンが現れて間もないころにそんなことを言われても信じることはできないに違いない。カレンに大事なものを根こそぎ持って行かれた華蓮なら尚更だ。

「けど今はもう大丈夫だろ。あの子の何かは邪悪なものじゃない。むしろどちらかというと神聖なものだ」
「世月という子が魔王だとするなら、あの子はさしずめ…神童といったところかな」

 神童。神の子。
 妖怪2匹にここまで言わせるとは、春人の中に眠っているものはどんなものなのか。それは、触れない方がいいものなのだろう。李月は直感的にそう思った。

「話をかき乱して悪かったな」
「どうぞ、続けて」

 そう言うと亞希と八都はまた乾杯をして一気飲みを始めた。

「何の話を…ああ、そうだ。世月はあいつの脅威が迫っている時に現れるって話だ」

 カレンの脅威が迫っている時に現れる。
 だからカレンの本体が現れた時に春人に見え、僕がやってきたときに華蓮にも見えた。
 李月が初めにここに来たときから、カレンの脅威はそれだけだっただろうか。
 …いや、それだけではなかった。

「あの、怪物の時はどうなんだ?あの時は誰にも見えなかっただろ」
「それはあの怪物自体の放っていたものが学校中を覆っていたからだよ。あれの垂れ流していたものはもう瘴気ですらないものだったからね。学校が普段の邪気とは違うもので覆い尽くされていれば、見えるはずのものも見えないでしょ」

 八都の口調がいつもの子どもっぽいものに戻っていた。ころころと気分の変わる奴だ。

「待てよ。それならあの女が初めて来たときはどうだったんだ?」
「あの女って…お前と秋生に変な呪いをかけたやつか?」
「そうだ。俺は二度目にあの女が来たときに世月に会った。だったら、最初に来た時にも世月が見えるはずだろ。あの時、世月はどこにいた?」
「それは世月に聞かないと分からないが…あいつは基本的に春人か双月にくっ付いてるんだろ?その時も…双月が見ていたら確実に報告しただろうから、春人のところにいたんじゃないのか?」
「それならそれでいいが…仮に、違う誰かのところにいたのに見えていなかったとしたら?」

 それでは話がおかしくなる。見えていなかったということは、僕が入って来たにも関わらず世月の力が上昇しなかったということだ。
 八都は先ほどこう言った。世月はカレン自身の瘴気か、その瘴気を纏っているものに敏感になっていると。しかし、僕だからといってカレンの瘴気を纏っているとは限らない。

「あの女は僕ではあったが、カレンの瘴気を纏ってはいなかった…?」

 もし違う誰かのところにいたのに見えていなかったとするなら、考えられるのはそれしかない。そして、もしそれが事実であるならば。

「2回目の時にはその女以外に、もう一つ別の僕が入ってきていた可能性がある」

 李月の出した結論を、華蓮が先に言葉にした。
 華蓮に世月が見えたのはあの女の悪霊が入って来たからではない。カレンの瘴気を纏った別の何かが入り込んできただった。そう考えれば、すべて納得がいく。

「でもそれなら…秋生が……いや、可能性はいくらでもあるか」

 もし入って来たのが人間だったなら、華蓮や李月のように力を抑えることができるかもしれない。カレンのように、あの旧校舎の奥の方に息をひそめているのかもしれない。他にも、秋生に見つからないようにする方法など考えればいくらでもあるだろう。

「まぁ、あくまで可能性の話だから……何とも言えないが」
「明日…世月がどこにいたのか聞いて、それ次第だな」

 まるでお手上げの状態から脱出できるかもしれない、糸口が見えてきた。まだ可能性の段階だが、それでも今日はよく寝られそうだ。李月はそんなことを思いながら金木犀の方に目を向けた。すると、酒瓶に埋もれそうになっている八都と亞希が両手に酒瓶を持って一気飲みをしていた。

「明日、起きれると思うか」
「聞くな。考えたくない」

 華蓮も李月と同じように金木犀の方に視線を向けていた。
 明日のことを思うと、それだけで頭が痛くなった。


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