Long story


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 文化祭の話のせいで、元々頭の中で考えていた問題をすっかり吹っ飛ばしてしまっていた。しかし、思い出してからも状況は何ら変わらなかった。何度も考え直そうと頭を切り替えるが、しかしすぐにまた文化祭の話に思考が戻ってくる。
 李月は実際のミスコンを知らない。それに優勝した双月がどんな目に遭ったかも、実際に見たわけじゃない。だが、ミスコンをいう名を聞いた瞬間から、悪い予感しかしなかった。だから桜生は出させたくなかったのに。世のなか思い通りにいかないものだ。
 ああ、また思考回路が勝手に変わっていた。

「上位に入らなければ問題ないんでしょ?何をそこまで気にしているの?」

 目の前の金木犀の木の枝に座っていた八都が声を出した。足をふらふら揺らすと、その振動が枝に伝わって枝も揺れる。花の花びらがいくつか散った。

「上位云々の話じゃない。注目されることが悪い。そうだろ?」

 亞希は木の根元に腰かけて日本酒を煽っていた。周りにはもうすでに空になった酒瓶が4本ころがっている。明日の華蓮はきっと二日酔いだろう。気の毒に。

「そうだ」

 李月は亞希の言葉に短く答える。
 亞希は予想通りの答えに満足したのか、一瞬笑みを浮かべてから手にしていた瓶に入っている日本酒を一気に飲み干してしまった。空の瓶が5本に増えた。

「亞希…飲み過ぎだ」

 華蓮は李月と同じように、縁側に座っていた。
 既に新しい酒瓶と取り出してきた亞希に対して、顔を顰めている。

「お前が苛々しているせいで俺まで苛々して呑みたくなるんだよ」

 全然苛々しているようには見えない。それどころか、亞希の表情は今の状況を少し楽しんでいるようにも見える。

「君が苛々しているのは他の理由でしょ?」
 八都はそう言うと、木の枝からすとんと降りて亞希の持っていた酒瓶を奪い取った。
「あっ…お前、何するんだよ」
「俺にもちょうだいよ。どうせ腐るほどあるんだろ?」
「腐るほどあってもお前にやる分はない。全部俺が飲むから――ああ!!」

 亞希の言葉を無視して、八都が酒瓶を直接口に持って行った。いっぱいに入っていた酒が、見る見るうちに減っていく。

「ぷはー!この酒うまいね!」

 ごとんと、空になった酒瓶が6本になった。
 なんて冷静に考えている場合ではない。今酒を一気飲みしたのは、亞希ではなく八都だ。

「お前…馬鹿か!」

 酒なんて滅多に呑まないくせに、一升瓶を丸まる一気飲みする奴があるか。

「大丈夫だよ。僕、お酒強いから」

 到底信用ならぬ言葉だ。

「全く信じられない奴だな」

 亞希が呆れたように言いながら、また新しい酒瓶を出してきた。
 本当に腐るほどあるらしい。

「お前もいい加減にしろ」
「嫌だね。こいつのせいで苛々が増し――あ!」
「もーらいっ」

 亞希の持っていた酒瓶を再び奪った八都は、またしてもそれを一気に飲み干した。
 7本目が転がる。金木犀の花が散って絨毯のようになっていて実に幻想的なのに、この酒瓶のせいで台無しだ。

「八都!」
「うるさいなー。せっかくいい気持で飲んでるんだから、水差さないでよ」

 八都はそう言いながら、金木犀の絨毯の上に寝転んだ。これは明らかに酔っている。
 いっそ頭から水をぶちまいてやろうか。

「俺としたことが、二度も同じ手を食うなんて…」
「相当酔ってるってことだろ。本当にいい加減にしろよ」
「断固拒否」

 またしても新しい酒瓶が、今度は2本出てきた。

「あら、俺にくれるの?」
「お互いうるさい宿主がいると苦労するからな。乾杯」
「ふふ、全くだね。乾杯」

 亞希はもう少し悔しがった方がいいと思う。八都も、少しくらい遠慮しろ。
 それと、一升瓶同士で乾杯する姿なんて見たことがない。
 これはもう、どう足掻いても二日酔いコース確定だ。

「悪いな、亞希のせいで」
「お前…、もう感化されたのか?早すぎるだろ」

 華蓮が李月に謝るなんて、亞希の酒が既に華蓮の体に回ってきたとしか考えられない。
 李月が顔を顰めると、華蓮はため息を吐いた。

「違う。…あと、文化祭のことも」

 そのこともあって謝ってきたのか。それなら納得がいく。
 李月は苦笑いを浮かべて、さきほどの華蓮と同じように溜息を吐いた。

「あれは、桜生が自分で言い出したことだ」

 背後に視線を送る。畳の敷かれた部屋で、秋生と桜生が寝息を立てている。
 そんなにくっついて寝るなら布団は1枚でいいのでは、というくらいに近距離で寝ていた。

「だが、上位に入ったらどうするつもりだ」
「それはお前も同じだろ」
「あれは見た目ですべてが決まる。秋生と桜生、どっちが受けるか考えてみろ」

 若干であるが、桜生よりも秋生の方が顔は幼い。しかし、桜生はセーラー服で、秋生は普通の制服だ。
 改めて、華蓮に謝られた理由を実感した。

「戯言を」

 背後から声がして振り返る。華蓮も同じように振り返った。
 秋生のすぐそばに、亞希が立っていた。

「亞希、秋生から離れろ」

 華蓮が声低く睨み付けるが、亞希は動こうとはしない。それどころか、寝ている秋生に顔を近づけている。酔っているのか。

「お前はずっと変わらず、この世の何よりも美しい……」
「亞希…!」

 華蓮が少し声を荒げて立ちあがった瞬間、亞希は秋生の耳元に息を吹きかけた。
 と思ったら、次の瞬間には消えていた。背後でごとん、と酒瓶が落ちる音がした気がした。

「ん……」

 秋生が身じろぎをする。
 まるで不規則には寝ていた短い髪が、するすると伸びていく。腰のあたりまで伸びたところで、それは止まった。
 李月はそれをただ茫然と見ていたが、それは華蓮も同じようだった。

「ああ、やっぱりこの世の何よりも美しい…」

 また背後から声がした。
 振り返ると先ほどまでいた場所に亞希が戻って、また新しい酒瓶を空けていた。
 先ほど聞いた酒瓶の落ちる音は、聞き間違いではなかったらしい。

「亞希、いい加減にしろ」
「あっ」

 縁側を下りた華蓮が秋から酒瓶を奪う。すると、亞希は睨み付けるように華蓮を見上げた。

「秋生を元に戻せ」
「断る。美しいものは美しいままでいるべきだ」

 亞希はそう言って微笑した。
 それは秋生のことを言っているのだろうか。どうしてか、李月にはそうは思えなかった。

「お前の目に写っているものを、勝手に秋生と重ねるな」
「言っている意味が分からないな。返さないなら、新しいのを出すまでのことだ」

 再び出てきた酒瓶を、亞希は華蓮が奪い取る前に飲み干した。一瞬だった。

「チッ」

 言っても無駄だと判断したのだろう。舌打ちをした華蓮は奪った酒瓶を亞希に押し付け、元々座っていた場所に座り直した。


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