Long story


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 1つの体育館に全校生徒が集まると、人口密度が物凄いことになる。大体の学校では朝礼で(大体校長の話の最中に)数人倒れるというのがデフォルトであるが、この学校で倒れる者はいない。その理由は明白で、校長の話を耐えれば生徒会長の講話(という名のライブ)が待っているし、それが始まってしまえば倒れている暇はないからだ。
 ここで改めてshoehornについて説明しておくと。shoehornは3年前に幼馴染である4人の男性により結成。その目的は学校の文化祭での披露(パフォーマンスコンテストに優勝賞金目当て)であった。作詞作曲から自分たちで手掛け、本人たちは遊び心のつもりであったが、それが思いのほか評判であった。
 それから、なんとなく小さいハウスで披露するようになるわけだが、そこでもその独特のスタイルが注目される。そのスタイルとは4人のメンバーのうちベース、ドラム、ボーカルが入れ替わり立ち代わりで歌ったり楽器を弾いたりするというものだ。その中で、ギターだけは一切歌わずにギターだけを弾き続けるというのもまた、謎で面白いと人気を集める。
 しかし、独特のスタイルだけで人気は続かない。バンドである限りはやはり楽曲が最も重要であるが、これがまた受けた。楽曲はリーダーが作詞、ギターが作曲という形が大半であったが、リーダーが書いてくる詩は大抵意味不明のものばかりであった。何かを題材にして曲を書くことが多いのだがその題材にするもののチョイスがズレていたのだ。しかし、ギターがそれに曲を乗せるのが上手かったことが幸いした。意味不明な詩もギターの手にかかればたちまち多くのファンを付ける楽曲となった。更に、4人の容姿が全員標準以上ということも背中を押し、shoehornは結成から3年という短い月日で国民的バンドグループになったのであった。
 メンバーの4人は全員高校生という噂だが、リーダーが大鳥高校の生徒会長ということ以外は誰がどの高校に通っているのかは分かっていない。それどころか、リーダー以外は本名も明かしていない。名前が分からなくても容姿で分かりそうなものだが、リーダー以外誰一人として暴かれていないのが不思議なところだ。


「って、教えてもらったんだけど。ぜんっぜん意味わかんないの」
「分からなくても支障はない」

 校長の話が終わって服装検査が終われば整列の必要はなくなり、生徒たちはこれから始まる生徒会長の講話(という名のライブ)を少しでも近くで聞こうと、ステージに詰め寄っている。秋生はそこまで近くまで寄ろうと躍起になることはなかったが、真ん中で春人と合流してshoehornの話に花を咲かせていた。先日の一件で加奈子の春人も存在を知ったため、秋生は春人がいることも気にせずshoehornについての説明をまくし立てた(途中で春人も何度か補足をしていた)。最初は真面目に聞いていた加奈子であったが、段々と話について行けなくなり、そして秋生と春人が話に夢中になったところを見計らって逃げてきたのだ。

「今日はいつにも増して不機嫌だなぁ」
「深月…」

 ほとんどの生徒が前に詰めて行っている中、逆方向――華蓮たちのいる方に歩いてきたのは深月だ。

「近くで見にいかなくていいのか。有名バンドのリーダー」

 ニヤリと笑う深月に対して、華蓮は無言で思いきり顔をしかめた。どうやら深月は華蓮がそのバンドを嫌っていることを知っているらしい。華蓮が自分の予想通りの反応をしたころに満足したのか、笑みが増した。

「お前こそ、舞台に立って一緒に歌ってきたらどうだ」
「俺は生徒会とは折り合いが悪いの。そんなことしたら即刻退学だってあり得る」

 そうでなければ一緒に歌うのだろうか。加奈子は疑問に思うが自分が質問をしても聞こえないだろうし、華蓮は加奈子に変わって質問などしてくれないだろう。それよりも、華蓮が深月の冗談に冗談(多分)を返したことの方が意外だった。絶対にあのまま無視しそうな勢いだったが。

「まぁ、仲良くなりたいとも思わんが」

 華蓮がそう言ったのとほぼ同時に、体育館の前方から歓声が上がった。加奈子はライブなど経験したことがないため、その歓声に何事かと驚きとっさに華蓮の後ろに隠れた。それが生徒たちの声だと分かって、さらに驚きはました。人間にも超音波のような声が出せるのか、と。



「はーい。ではではー、本日も朝礼お疲れ様でしたー!僕は今日も校長の長話にイライラしたから、ストレス解消がてら歌いまーす!」

 舞台の上に出てきたのは、加奈子の知っている人間とは少し違った。生徒会長である紅侑は、名前こそ日本名ながらも遺伝子的には純アメリカ人であった。そのため、長く伸ばされた髪は天然の金髪で、目も瑠璃色だ。加奈子はその容姿を見た瞬間に、目を見開いて華蓮に噛みついた。

「ねぇねぇ、あれって人なの!…髪の毛黄色いし、目は青いよ!病気ッ?」
「お前…、外国人を知らないのか」
「がいこくじん……?」
「あれは人間だし、病気でもない。生まれたときからああいう姿だ。詳しく知りたければ、秋生に聞け」
「ふうん……」

 幽霊でもなく、生きた人間にしてはどこか違う世界の生き物みたいだ。加奈子は初めて見る外国人にまじまじと見入っていた。

「今日もいるのか?えーと、花子ちゃん…だっけ?」
「加奈子!そんな古い名前で呼ばないで!…って言って!」

 深月の言葉に加奈子は激怒し、華蓮の服をゆする。するととても迷惑そうな顔をされたが、名前を間違えられることだけは許さない。加奈子は華蓮の態度などお構いなしに服をゆする。

「…加奈子だ」
「ああ、そう。ごめんな、加奈子ちゃん」
「分かればいいのよ」

 加奈子は満足げに頷く。深月は群前にも加奈子の方を向いているが、見えているわけはないだろう。加奈子は自分が納得したことを伝えてほしかったが、華蓮は伝えてくれなかった。

「今日は何の歌にしようかな〜。きーめた、『clean song』!」
 曲が始まる。同時に目が眩みそうなほどの証明が光り、スピーカーから激しい音楽が流れ始めた。加奈子は思わず手で耳を塞ぐ。幽霊にそれが意味ある行為なのかは、加奈子自身もよく分かっていない。

「くりーんそんぐってなに?」

 加奈子は問うが、華蓮は答えない。どうやら先ほど揺さぶったことを思いの他怒っているらしい。

「掃除の歌って…。もっとまともなチョイスできねーのかな」
「掃除の歌って……なにそれ」

 華蓮の代わりに、深月が答えてくれた。別に加奈子の問いに答えたわけではないが、偶然にもそうなったことは加奈子にとって幸いだった。

「そもそもまともな歌など聞いた試しがない」
「確かに」

 始まった歌はタイトルの通り、掃除について――というより、どこの学校でも大概あるであろう掃除の時間について語った歌だった。雑巾がけ用の棒がある学校が勝ち組だとか、トイレ掃除は近代的な拷問として使えばいいとか、どうして自分たちが普段利用しない校長室まで掃除しなくてはいけないのかとか、竹箒で野球をしたら怒られるのは大概バッターだがピッチャーの方が責任は重いはずだとか。加奈子には言っていることのほとんどは理解できなかったが、少なくとも加奈子の知っている「歌」とは似ても似つかないものだった。しかし、ひとつだけ評価できることがあるとすれば、外国人の歌は上手かった。
 歌は全部で3曲。掃除の歌と、『逆上がりがモテた時代』、『もう公園のトイレを汚いとは言わせない』。何度も言うが、加奈子にはどれも全く理解はできなかった。そして、その曲で盛り上がっている生徒たちの心情も理解できなかった。ただ、どの曲でも外国人の歌は上手かった。

「ああいうのが、かっこういいって、言うのかなぁ」

 加奈子が侑を見ながらそう言うと、華蓮は露骨に嫌そうな顔をした。

「秋が言ってた。この人たちは凄く格好いいんだって。でも、秋が好きなのはこの人じゃなくて、ぎたーって人なんだって」

 華蓮の顔から険しさはなくならない。それどころか、心なしか険しさに拍車がかかっている気がする。加奈子は自分の発言のどこに地雷があったのかさっぱり分からなかった。

「そろそろ終わるな。教師もいなくなっているし、出口が混む前に退散するか。夏たちはどうする?」
「出る。…お前はどうする。秋生の所に行くか」
「行かない。だって秋、今日はずっとわけわかんない話しかしないもん」

 それならば、相手にしてもらえなくてもたまには華蓮に付いて行く方がマシな気がした。それに、加奈子はこれまで華蓮に付いて1日を過ごしたことはない。付いて行くと言っても断られると思っていたが、聞いてくるということは付いてきてもいいということだろうし、そうすることにした。

「秋生に言っておけ」
「あの中に行くの?嫌だよー」
「世話が焼ける奴だな」

 華蓮はそう言うと、ポケットから携帯電話を取りだし、同時に向きを変えて出口に向かって歩き出した。深月も隣に並び、加奈子も後に続いた。

「歩きスマフォはいけませんよー」
「もう終わった」

 華蓮は携帯電話をポケットにしまう。加奈子なその機能について詳しくないが、どんなに離れたところにいる人とも連絡が取れる機械と聞いて驚いた。もし加奈子がそれを持っていたら、三郎を見つけられたかもしれない。そう思って、少しだけ悲しくなった。



「では最後に、お知らせがありまーす」

 華蓮たち以外にもちらほら出口に向かって歩き出していたが、その言葉を聞いて皆立ち止まった。加奈子も振り返る。さきほどよりも侑の金髪や目ががよどんで見えたのは、ライブが終わって証明が消えたからだろう。

「再来月に、新曲を発売することになりましたー!」

 その瞬間が、今までの歓声の中で一番五月蠅かった。侑が喋るたびにいちいち悲鳴を上げていたらすぐに声が枯れてしまいそうだ。加奈子なら2曲目の時点だっただろう、多分。

「おいおい」
「勘弁してくれ」

 まるで準備していたかのように息が合っている。深月と華蓮は同時に頭を抱えて、うなだれた。この2人は基本的に性格は似ていないが、時々無性に似ている。今が正にその時だ。

「何か悪いの?」
「悪いに決まっている。秋生の朝のテンションがしばらく続くということだ」
「春人も右に同じ」
「…それ、さいあくね」

 加奈子の言葉に、華蓮と深月は同時に「全くだ」と返事をした。今日はよく似る日だと、加奈子は思った。


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