Long story


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「そう言われて即刻泣かせるとは…お前も中々のM気質だな」
「うるせぇ。叩き潰されたいのか」
「やれるものならやってみろ。返り討ちにしてくれる」

 やるのは勝手だが、その場合華蓮の腕の中にいる自分はどうなるのだろう。
 秋生はそんなことを考えながら、いつものように口喧嘩をしている華蓮と李月を交互に見た。

「おい、お前も人のこと言えねぇだろ」

 本当に始まってしまうのかとひやひやしていたら、華蓮が李月とは違うとことに視線を向けながら呆れたような表情になった。
 視線の先は李月の隣、ぼろぼろと涙をこぼしている桜生がいた。

「さっ…桜生……。何でお前まで泣いているんだ…」
「だっで……だっでぇ……」

 驚く李月を前に、桜生はあふれ出す涙をそのままにしゃくりあげる。
 直接琉生に会っている自分よりもかなり酷い。秋生は思わず苦笑いを零した。

「ぼく…あわなくてよかった…ぜったい、ないてた……」

 桜生は歯切れ悪くそう言いながら、止めどなく涙を流している。
 本当に、あの場にいなくてよかったと思う。もしもあの場で桜生が泣いていたら、確実に秋生も耐えられなかった。

「わかったから落ち着け」

 李月はそう言って桜生を抱きしめる。桜生は抵抗することなく李月に抱きすくめられ。引き続きしゃくりあげた。
 あれは確実に李月の服がびしょ濡れになるに違いない。気の毒に。

「殺されるときのための対策を練っておくか」
「そうだな。出来る限りの応戦を考えておこう」

 つい先ほどまで一触即発だったのに、もう意気投合して冗談を言っている。
 本当に、仲が良いのか悪いのかよく分からない2人だ。

「だが…それよりも先に琉生の言っていた僕とやらをどうにかしないといけないか」
「そうだな。悪霊ならば潰せば終わりだが…人間が混ざっているとなると厄介だ」
「僕の人間って、見分けがつくのか?」
「俺の母親が乗っ取られたときは…分かった。だが、それは元々の性格と豹変して…気付いたからに過ぎない。何かの力を感じて気が付いたわけじゃない。父親は…乗っ取られる前にどこかに行ってしまったから、分からない」
「つまり…少なくとも力の弱い人間を僕にされると分からないということか」
「多分」

 冗談を言っていると思えば、次の瞬間には真面目な話に変わる。よく言えば切り替えが早く、悪く言えば話に統一性がない。
 秋生がそんなことを思いながら、李月の腕の中にいる桜生に視線を向けると―――寝ている。さっきの今でもうご就寝。泣き疲れて寝るにしても早すぎやしないか。赤ん坊か。驚きを隠せない。

「右から左から全員警戒しないといけないのか」
「ああ、頭が痛いな」

 李月と華蓮は苦笑いを浮かべていた。
 右から左から…道行く人を片端から警戒していたら、頭も痛くなるだろう。人間不信になってしまいそうだ。秋生は自分もそうしないといけないことを理解しておらず、どこか他人事のように「大変だな」と思った。

「それほど警戒することもあるまい。ここの邪気は異質じゃ。霊じゃろうが人間じゃろうが妖怪じゃろうが、異物が入り込めばこやつがすぐに感知するであろう」

 華蓮の肩に乗っていた良狐が秋生に目配せをしながら呟いた。
 蚊帳の外で話を聞いていたかったのに華蓮と李月の視線まで秋生に向いた。とくにうしろめたいことがあるわけではないが、反射的に視線を逸らした。

「だが、侑には気づいてなかっただろ」
「あのお方は妖怪であるが、母体は人間であろう。妖怪特有の気を放っておらぬから、当たり前じゃ」

 あのお方。基本上から目線の良狐が、かつて仕えていた神様以外の誰かを自分より上に表現するところは初めて見た。天狗ってそんなに凄いのだろうか。深月に聞いたら教えてくれそうなものだが、どうでもいい話が先行しそうなので聞きたくない。

「そなたの中におる阿呆鬼にも、この者の中におるオロチも母体が人間ゆえに気付かぬが…そなたたちの場合は中から出てくれば話は別じゃ。しかし、あのお方は紛うことなき妖怪であり紛うことなき人間であるという、非常に特殊な体質なのじゃ。妖力を使わぬ限りは如何なる者も気付くことはなかろう」

 オロチとは、八都たちのことを言っているのだろうか。
 普段は八都ばかり目にするが、一度だけ何匹か(匹と表現していいのか分からないが)出てきているのを見たことがある。顔は全部同じだった。

「お前も気付いていなかったのか」
「そなたがあのお方の羽根を使うまでな」

 良狐が気付かないなんて、よほど凄いことなのだろう。多分。
 もう10年一緒にいるが、秋生は良狐の凄さをあまり分かっていない。

「…その狐、秋の中にいた狐だろう?どうして出てきているんだ」

 秋生は李月が良狐の存在を知っていたことに驚いた。
 自分の周りの連中は端から端まで超人しかいないのか。普通の人間がいないことは承知だったが、今さらながらちょっとぶっ飛びすぎている気がしてきた。

「随分と今更だな」
「ずっと気になっていたが聞くタイミングがなかったんだ」
「気が向いたから出てきたまでのことよ」
「死にかけていたからだろう?」

 そんなことまで見抜いていたのか。空いた口がふさがらない。

「なぜそう言い切れるのじゃ。わらわの気配に感づけても、そこまでは見抜けまい」
「お前は俺や華蓮みたいに契約で秋の中にいるわけじゃないだろ。どういう理由で付いて行くことにしたのか知らないが、好んで憑代にしているとするなら秋が危険な目にあったら助けに動くはずだ。だが以前、秋が旧校舎にいた化け物に襲われそうになったときにお前は動かなかった。まさか会って間もない俺が必ず秋を助けると信じていたわけでもないだろうから、動かなかったのではなく動けなかったと考えるのが妥当だ。お前ほどの妖怪が秋の力に押されて動けないということもないだろう。とするなら、死にかけていて秋の力に守られてかろうじて生きながらえていて、だから秋の中から出ることができないとしか考えられない。ましてや、こんな邪気の巣屈のような場所に出てくれば一溜りもないだろう」

 何この人。超人を超過している。超人を超えたら何になるのだろう。超超人?

「頭の回転が速い男よ。そなたの言う通りじゃ」

 良狐はそう言ってくつくつ笑った。
 これは、華蓮と同様に李月もロックオンされたに違いない。桜生には悪いが、いっそそのまま李月にくっついてくれればいいと秋生は思った。

「色々あって亞希が力を与えたから、死にかけから準死にかけに昇進したらしい」
「なるほど…あいつの力なら納得できる」

 準死にかけって。準レギュラーみたいな言い方しなくても。
 そしてその点に一切疑問を抱かない李月も李月だ。

「そなたにも後から話して聞かせよう。…よかろう?」
「ああ、桜も危険は同じだからな」

 何だろう、この感じは。春人的に言うなら、通じ合っちゃってる感じ。
 秋生は無性に腹が立った。

「秋、凄い顔してるぞ」

 苛立ちながら良狐を睨んでいると、いつの間にか秋生に視線を移していた李月が苦笑いを浮かべていた。
 まさか気付かれていたとは。

「呪っている最中なので」
「そなた如きに呪われるほど落ちぶれてはおらぬわ」

 良狐は馬鹿にしたように言うと、かっかっかっとどこの悪代官だと言いたくなるような笑い声を漏らした。狐の容姿がそんな声を出しているため、気色悪いことこの上ない。

「むかつく…!いつか呪ってやる…!」
「やれるものならやってみよ。跳ね返してくれる」

 華蓮の肩で尻尾をふらふらと揺らす良狐は、憎たらしくて仕方がない。
 自分が誰のおかげで生きながらえているのか、さっき李月が説明したばかりなのにもう忘れてしまったのだろうか。

「お前ら好きで一緒にいるんだろ。もう少し仲良くできないのか」
「何を言うておる。仲は良いぞ。のう?」
「え?うん…まぁ、そうだな。…くすぐったい」

 華蓮の肩から秋生の肩に移動した良狐が頬を摺り寄せてきた。
 秋生は今初めて狐の姿の良狐に触れたが、毛並みは綺麗だしふわふわしていて気持ちがいいと思った。抱き枕にしたらよさそうだ。

「お前…、大変だな」
「同情するな。余計に疲れる」

 李月が華蓮に同情の目を向けていて、その視線を受けている華蓮は頭を抱えるようにため息を吐いている。秋生にはどうして華蓮が李月に同情されて、なおかつ溜息をついているのかが理解できなかった。
 そんなことはまるでどうでもいいように、良狐の笑い声がくつくつと聞こえていた。


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