Long story


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 目を覚ますと、すぐ傍らに華蓮の姿があった。しかしそれよりも目についたのは、華蓮の肩にいるものだった。華蓮の肩に、我が物顔の狐が座っている。その狐が秋生のよく知っている狐であることは、その尻尾の数を見れば一目瞭然だった。

「どうして…良狐が先輩の肩にいるんすか」

 秋生は起き上がりながら質問を飛ばす。一体自分が気を失っていた間に何があったというのだろう。

「わらわがこやつを気に入ったからじゃ」

 動物の姿なので表情は読み取れないが、きっと笑っているに違いない。
 そう思うと、ただでさえ華蓮を取られたようで腹が立っているのに、余計に腹が立った。

「先輩はいいんですか?」
「まぁ…害があるわけじゃないからな」

 害ならある。大いにある。秋生が気に食わない。
 とはいえ、それは華蓮にとってなんらどうでもいいことであろうから、結局害はないということになる。

「先輩がそう言うなら…別にいいですけど」
「案ずるな。わらわがこやつの肩におるのはここにおるときだけじゃ。家にはあの阿呆鬼がおるであろう?それゆえ、わらわはそなたの中に戻る」
「なんだそれ、自分勝手だな」

 秋生は苛立ちをそのまま言葉にした。
 もし亞希のことが無ければずっと華蓮の肩に乗っているつもりだったのか。そんなことになったら、秋生はいつか李月が八都を投げつけていたみたいに良狐を投げつけてしまいそうだ。良狐は大事な友人だから、そんなことはしたくないが…華蓮が深月を殴っているようなものだと割り切って、してしまうだろう。

「秋生」

 良狐の方を見て悪態を吐いていると、ふと華蓮に呼ばれた。

「何―――…!!」

 何ですか。と聞こうと視線を向けると、華蓮の顔がすぐそこに迫っていた。
 唇が触れて、離れた。
 久々の感覚だからだろうか。いつもよりも鼓動が早くなった。

「そう苛々するな」

 見つめる先の華蓮はそう言うと、秋生の頭を撫でた。
 ああ、だめだ。もうだめだ。これはだめだ。

「し…心臓が爆発します…」
「久々だな」

 そう言って笑いながら抱きしめてくるもんだから、心臓の爆発までのカウントダウンが更に早まってしまう。
 また触れられるようになって、せっかく副作用がなくなったと思ったのに。別の副作用が全力で邪魔しに来た。恐ろしい麻薬だ。

「久々だからです…」
「そうか」

 秋生が抱きしめ返すと、華蓮が抱きしめてくる力が更に強くなった。
 多分、今なら死んでも後悔しない。本気でそう思った。
 しかし、そんな幸せもつかの間。

「秋―――!やばいやつ見つけたよ―――!!」

 雰囲気なんて知ったことではないというように、部室の扉がガラリと開いた。
 やはり後悔する。こんな、雰囲気をぶち壊された状態で死んでたまるか。

「秋!…って、あれ。夏もいたんだ」

 声を聞いた時点で分かっていたが、戸を開いたのは加奈子だった。ついに戸を開くポルターガイストまで覚えたらしい。普段なら「凄いな」と声をかけてやるところだが、今は「余計なことを…」と言いたくて仕方がない。

「加奈ちゃんだめよ…って、もう手遅れだったわ……」

 加奈子の後ろから世月が顔を出した。こちらは気を遣う気があったようで、頭を抱えていた。
 先ほど見えたのは、偶然ではなかったらしい。


「世月……」


 華蓮が呟く。
 どうしてか、秋生を抱きしめる手に力が込められた。

「あら…あなたにも見えるの?かーくん」

 世月が驚いた表情で華蓮を見た。

「いや、見えない」

 華蓮らしくない返しだと思った。
 それは、見えると公言しているようなものだ。

「ちょっと、ぶっ飛ばすわよ」
「断る」

 また腕に力が込められる。
 もしかして…。ある可能性が思い浮かんだ秋生は、華蓮を見上げた。

「先輩…世月さんが怖いんですか?」
「言うな。何も言うな」

 どうやら図星らしい。

「こんなに美しい天使を前にして失礼しちゃうわ」
「そうだ、その通りだ。お前は美しい天使だ。だからさっさと俺の前から消えてくれ」

 世月とは仲がよかったと聞いていたような気がしたが。
 それなのに会って一瞬で消えてくれとは、なんということだ。

「久々に会ってその態度はなぁに?会いたかったです世月様、でしょう?」
「アイタカッタデスヨヅキサマ」
「本当にぶっ飛ばすわよ」
「意味が分からん!」

 まるで漫才を見ているようだ。
 何にも動じない華蓮をここまで動揺させるなんて。一体何者なのだ、大鳥世月。

「まぁいいわ。あっちの校舎の屋上に変なものがいたから、教えにきてあげたのよ」
「え?――あ、本当だ。何かいる」

 世月に言われて集中してみると、確かに屋上の方に変な気配を感じた。
 気づいてみると、今までどうして気付かなかったのかというくらい危なっかしい気配だ。

「お前…そういうことはもっと早く気付け」
「起きたばっかりで頭が覚醒してなかったみたいです。すいません…」
「少し気を失のうた程度で、脆弱よのう」

 すっかり忘れていた。華蓮の肩には良狐がいた。
 全部見られていたのかと思うと、途端に恥ずかしくなった。

「うるせぇな、お前は黙ってろ」

 恥ずかしい思いを払いのけるように睨むと、良狐はくつくつと笑った。

「逐一苛々するな。さっさと行くぞ」
「あ…、はい」

 秋生から体を離した華蓮が立ちあがる。感じていた体温が突然なくなったからだろうか。手を伸ばせばすぐ届く距離に華蓮はいるのに、まるでどこかに行ってしまったようで少し寂しかった。

「立てないのか?」
「えっ…いやっ。大丈夫です」

 寂しさに打ちひしがれていると、いつまでも動かない秋生を不思議に思った華蓮が見下ろしてきた。加奈子も世月もいるこの場所で「華蓮がいなくなりそうで寂しい」なんて言えるわけもない秋生は、慌てて立ち上がった。

「秋生」

 華蓮が呼ぶ。秋生はその声に応えるために顔を向けた。
 その視線の先には、十数分前と全く同じ、すぐそこまで迫った華蓮の顔があった。

「!!」

 本日2度目のキス。
 それも、今度は良狐だけではなく、加奈子も世月もいるのに。

「俺はいなくならない」
「えっ…」

 華蓮はずるい。何でもお見通しで、秋生の心を鷲掴みにしていく。
 しかしそんなことを思いながらも、華蓮がそう言ってくれるだけで不安は吹き飛んでしまうのだ。

「あら、まぁ…」
「ちゅーした…」

 華蓮の言葉に胸を打たれていた秋生だったが。
背後からの声を聞いて、恥ずかしさから体の体温が一気に急上昇するのを感じた。
 頭が沸騰する。

「行くぞ」

 そんなことはまるで気にもしてない様子の華蓮は、さっさと部室の出口に向かって歩き出した。しかし秋生は華蓮のように周りの視線をまるで気にしないことなんて不可能だ。
 治まっていた心臓が、再び爆破までのカウントダウンを始めた。



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