Long story


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 本当なら言いたくはなかったし、できれば空気のような存在でいたかったのだが。
 今を逃すともう機はないと、李月はそう思い口を開いた。

「どういうことだ?」

 華蓮が睨み付けてくる。
 いつもならば何とも思わないその視線も、うしろめたいことがあると痛く感じた。

「一週間前、秋と悪霊退治に行ったとき……秋が泣き出したから、話をした」
「泣かせた…?」
「俺が泣かせたんじゃない。むしろお前のせいだ」

 “秋生が泣きだした”というワードをなぜか“泣かせた”に変換して聞き取った華蓮。すかさずバットを引っ張り出してきたが、李月が続けて説明すると怪訝そうな表情を浮かべてバットをしまった。
 勇者李月。第一関門突破。

「秋は、自分がお前に近寄れなくなると…お前が秋のいない、自分の世話を焼かなくていい快適な生活に慣れて、自分を捨てるんじゃないかって泣いていた」

 正確には、泣きだしたと言った方がいいかもしれないが、この際その辺はどうでもいい。
 秋生が泣いた原因が華蓮にあるということが伝わればそれでいい。

「馬鹿かあいつは…」

 華蓮が呆れたような声を出す。
 どうやら伝わったようだが、華蓮は愛想を尽かしかねない勢いで呆れていた。とはいえ、実際に愛想を尽かすことなど有り得ないだろうが。

「だから、俺もそう言ったんだよ。そうしたら不満気ながらもそれには納得したんだが……」

 ここで李月は言葉を切った。
 さて、ここから先をどう説明したらいいものか。華蓮と2人ならばありのままを説明すればいいのだが。しかし、ここには2人が付き合っていることを知らないやつがいる。というか、ほとんどがそうだ。李月と、当人である華蓮以外は誰も知らない。

「だが、なんだよ」
「今度は…、1か月も華蓮に触れられないのは無理だと言い出した」

 悩んだ挙句、面倒臭くなった李月はそのまま説明した。
 これだけでは2人が付き合っているというのは何とも言えないだろうし、もう知ったことではない。それ以前に、どうして自分がこのカップルにここまで気を遣わないといけないのだ。

「それで?」

 華蓮は李月の表現の仕方について、特に何も指摘はしてこなかった。それどころか、秋生がそんなことを言ったことを知って少し機嫌がよくなっているような気がしないでもない。
 少し苛立ったが第二関門突破。

「それで俺は、お前が触りたいって言ったら華蓮は拒まないと思うと言ったんだ。でも、あいつはそんなこと申し訳ないから出来ない、らしい」

 その前に抱き付いてしまうとか言っていたが、この部分はカットだ。
 李月はなんだかんだ、2人が付き合っていることをなるべくばらさないように頭をフル回転させている。

「だから…俺は秋に言った。それでどうするんだ、このまま顔も合わさずに過ごすつもりか?……と」

 そこまで言ったところで華蓮は事の端末を察したらしい、再び呆れたような表情になった。しかしおかげで華蓮から発せられていた瘴気はすっかりなくなっていた。
 ここまできたら、もう最後まで続ける必要はないだろう。勇者李月。無事帰還。

「秋生、超可愛いじゃん」

 華蓮と同じように事の端末を察した深月がクスクスと笑った。
 他人事だから可愛いで済まされるかもしれないが、当事者は呆れても物も言えないといった様子だ。

「でも、いっきーはどうして今までその話黙ってたの?」
「秋からすれば言わない方がいいことだろ。だから言う気はなかったが…さすがに、露骨すぎというか、徹底的すぎというか…」

 秋生のことだからどうせすぐにボロを出すだろうと思っていたが、こういう時に限って完璧にこなすものだから李月も頭を悩ませていたのだ。不可抗力であるとはいえ、自分のせいで状況が悪化していくのを見続けるのは流石に限界を感じた。

「なるほどね…。かーくんがもっと秋生君を甘やかさないから、そういうことになるのよ」
「あいつの馬鹿を俺のせいにするな…」

 双月の言葉に華蓮はため息を吐く。

「まぁ…甘やかすかどうかは置いておくとして、近寄らせるなと宣言したのがあまりよくなったな」
「それは秋生に言ったことじゃない。このろくでなし共に言ったことだ」

 このろくでなし共とは、侑に深月にかろうじて双月が入っているかいないかのところだろう。侑なんて釘を刺さなければまず間違いなく遊んでいたいに違いない。

「俺たちにはそう理解できても、秋に出来ると思うか?」
「………出来るわけないな」

 李月の言葉に、華蓮は少し考えてから頭を抱える。
 こうもきっぱりと宣言される秋生も秋生だが、まぁ秋生だからしょうがない。

「それが分かってて言わなかったお前の落ち度だな」
「はぁ…」

 その指摘に華蓮はぐうの音も出ないのか、深い溜息を吐いただけだった。
 李月は今まで秋生よりも桜生を相手にする方が至難の業だと思っていたが、今回のことで180度考えが変わった。秋生の方が絶対に骨が折れる。桜生でよかった。

「そもそも、触れなきゃ治ってるかどうかも分からないのに」

 言われてみれば、双月の言うことはもっともだ。
 あれから1週間。もしかしたら、既に元に戻っている可能性だってある。

「最長で1か月って言ってたから、それまで粘る気なんじゃね?」
「それ、戻ってたとしたらかなり無駄だよね」
「そういうところ抜けてるだろ、あいつ」

 逃げるのは完璧に逃げるくせに、どうしてそういうところは抜けきっているのだろう。分かっていたことだが、残念としか言いようがない。
 深月と侑の会話を聞きながら、李月は何度目とも言えない苦笑いを浮かべた。

「でもそうだったとして、秋生君はそれで平気なのかな…?」

 ふと侑が首を傾げる。
 そういえば、その点はあまり考えてはいなかった。負い目のある華蓮のことばかりに目が言っていて、逃げ回っている秋生がどんな気持ちでいるかは蚊帳の外だった。

「全然平気じゃないですよ!」

 ふと、ここに居るはずのない声が耳に聞こえて視線をずらす。
 先ほど秋生が勢いよく閉めた扉が開かれており、その先に桜生と春人が立っていた。今声を出したのは、桜生だ。

「侑先輩、さっきの資料に漏れがあったみたいです〜。秋生がもうここには持って来れないって言うから、代わりに持ってきました〜」

 なるほどそういうことか。
 華蓮の存在を確認した秋生は、もうここに来ることはできないと判断したらしい。いつもならばそんなことは3秒で忘れてまた来るだろうに、全くもって今回は抜けがない。

「ありがとう。で、桜ちゃん…平気じゃないって、どうして?」

 春人が差し出した資料を受け取りながら、侑は桜生に視線を向けた。
 そうだ。桜生と春人がここにいる理由よりも、桜生のあの発言の方が重要だ。

「僕、ずっと秋生と一緒にいるからすっごい迷惑こうむってるんです。朝ご飯なんて、夏川先輩に触れなくなって2日目くらいから砂糖と塩間違えるし。魚は焦がしてダメにするし。夜寝ようと思ったら部屋にいた亞希さん見て泣きそうになるし。先輩が先輩を先輩に先輩のって、もうしつこくってやんなっちゃう…」

 どうやら、李月たちの知らないところではかなりの修羅場が巻き起こっていたらしい。
 桜生はずっと我慢していたのだろう。うっぷんが爆発したように捲し立て、そして頬を膨らませた。その隣で、春人が苦笑いを浮かべている。

「先輩たちの前で普通にしてるんですけど、教室では廃人みたいになってるんですよ〜」
「あと家でも」
「基本ずっとだねー」
「あの子、本当に馬鹿。いい迷惑だよ」

 桜生は基本的に秋生には厳しい。
 普段は大概天然の桜生も、秋生のこととなると途端にしっかり者になる。昔から秋生は困った子であったらしいから、その影響だろう。

「だってよ、夏」

 深月から視線を向けられた華蓮はまた呆れ尽くしたような溜息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がった。溜息を吐いてはいるが、その表情は冷静で落ち着いていた。いつもの華蓮に戻っていると言った方がいいかもしれない。

「秋生はどこにいる?」

 ラスボス、ついにその力を見せる時が来たらしい。

「部室だと思います」
「そうか」

 桜生の返答を聞いた華蓮は、一度桜生の頭に手を置いてから扉の向こうに足を進めた。
 今の必要だったか。絶対に必要なかっただろ。ただでさえ腹が立つのに、桜生がまんざらでもない顔をしていることに、李月は更に腹を立てた。



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