Long story


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「何で俺を呼んだんだ?」

 まさか、悪霊を倒した後でこんなことを聞かれるとは思っていなかった秋生は、驚いて李月を見上げる。すると今にも射抜かれそうな視線が、秋生を真っ直ぐ見ていた。

「…だって……先輩、機嫌悪かったし…」
「いつも華蓮の機嫌を気にして悪霊退治をしているのか?」

 華蓮のような口調で問い詰められると、秋生は逆らえない。
 睨むように見てくる李月は、怒っているというよりは呆れているようだった。

「俺、馬鹿だから。歩いてるだけでこけるし…そうしたら、先輩は絶対に助けてくれるんです……」

 あの様子からして、華蓮は本当に秋生に触れたくないようだ口ぶりだった。しかし、いざ一緒に行動して、いつものように秋生がひっくり返りそうになったら、華蓮はきっと助けてくれる。それが申し訳なくて、一緒に行動できない。
 それに…。頭の中でもう一つの理由を浮かべそうになって、秋生はそれを掻き消すように頭を振った。

「理由は他にもあるみたいだな?」
「えっ…」

 流石に李月。するどい。

「別に言いたくないならいいが」

 李月は素っ気なくそう言って、歩き出す。
 そういうところも華蓮とそっくりで、まるで華蓮と一緒に歩いているような錯覚に陥ってしまいそうだ。

「先輩は……俺に触れなくても、平気そうだったから…」

 先ほど頭の中で掻き消した思いを、知らず知らずのうちに口にしてしまっていた。
 秋生がそう言うと、少し先まで歩いていた李月が足を止めて振り返った。そんなに離れていないはずなのに、なぜかその李月の姿がぼやけて見えた。

「おい…泣くなよ」

 李月は迷惑そうな声だが、その容姿は見えない。

「泣いてないです…」

 まだ。涙は目に溜まっているだけで、流れてはいない。
 それは泣いているとは言わない。

「とりあえず、部室に行くぞ」
「え…?」
「教室に戻りたいのか?」
「……行きます」

 そう言うと、李月はそれ以上何も言わずに歩き出した。
 秋生は気が付いていなかったが、悪霊を退治した場所と部室とは意外と近かったようで、案外すぐに部室にたどり着いた。部室に着いてから、華蓮がいたらどうしようと思った秋生だったが、幸いなことに華蓮は真面目に授業を受けているようで、そこにはいなかった。
 華蓮御用達のソファに李月がふんぞり返り、秋生は自分の定位置の席に腰かける。その頃にはもう、泣いていないとは到底言えない表情になっていた。

「お前ら双子はつくづく泣き虫だな。俺と華蓮はもうすでに3回くらい琉生に殺されることが確定している」

 李月は心底呆れたようにため息を吐いた。
 そんなことを言われても、溢れ出てくるものはしようがない。止められるものなら止めている。

「…すいません……」
「お前が泣いて殺されるのは華蓮だから関係ない。…が、一体どうしたんだ?」

 そう問う李月の視線は、先ほどのように睨み付けるようなものではなかった。
 どこか怪訝そうな、そして心配そうな目をしていた。

「桜生はあんなこと言ったけど…先輩は、それなりに俺に触れてくれてると思います」

 こけそうになったら助けてくれるというのは置いておくとして。それ以外でも、家で2人きりの時は抱きしめてくれるし、ひざまくらもしてくれるし、することもあるし、キスもしてくれる。…2人きりではなくて、李月と桜生はまるで背景のようになっているから、この2人がいるときも上記にあげたことはしてくれる。

「俺は…そういうこと、全然できなくなるなんて…耐えられないです」
「…一生出来なくなるわけじゃないだろ」

 それは確かにその通りだ。
 明日には治っているかもしれない。だが…そうでなければ、一か月は治らないかもしれない。

「でも一か月ですよ?李月さんだったら耐えられますか?」
「お前…それを何年も桜生に触れられなかった俺に言うのか」
「あっ…。……すいません」

 そう言えばそうだった。
 もうすっかり忘れてしまっていたが、桜生はつい最近まで何年も霊体だったのだ。李月はずっと桜生に触れることなく何年も行動を共にした。そんな李月を前にこの質問はNGだ。

「とはいえ、今はもう無理だな」
「え…?」
「一度触れられるようになると、多分もう元に戻るのは無理だ。発狂する」
「そこまでっすか…」

 李月の口から発狂なんて言葉が出てきたことに驚いた。
 ずっと触れられなかったこそ、一度触れてしまうともう戻れない。まるでドラッグのようだと秋生は思った。

「お前はそこまでじゃないのか?」
「そこまでっす」

 だから、悩んでいるのだ。
 形は違うが、秋生ももう華蓮というドラッグの依存症に陥っている。今更再構成なんて絶対に無理だ。耐えられない。李月の言う通り、正に発狂してしまう。

「でも…先輩は、そうじゃない」

 華蓮は平気そうだった。
 秋生に触れると痛みが走るということに苛立ってはいたが、それはどこの馬の骨とも分からない霊にしてやられたことに苛立っているのだろう。実際に、華蓮は何の躊躇もなく秋生を自分に近寄らせるなと言い放った。

「華蓮は…1か月お前に触れなくても平気だと?」
「それどころか、俺が近くにいなくて…それで、俺の世話を焼く必要がなくて……その快適な生活に慣れて…愛想尽かされちゃったらどうしよう……!」

 十分に有り得る話だ。
 これからこの状態が元に戻るまで、秋生は華蓮に近寄ることができない。それはつまり、一緒に行動することが極端に減るということだ。そうなると、華蓮はいままで当たり前だと思っていた馬鹿な秋生の世話を焼くことが当たり前ではないと思うかもしれない。自分がいかに、面倒なものを抱えていたかということに気づくかもしれない。そうなってしまったら、秋生はいとも簡単に捨てられてしまうかもしれない。
 そんな未来を想像しただけで、涙はとめどなく溢れて止まらない。
 しかし、そんな秋生とは打って変わって、話を聞いた瞬間に李月はクスクスと笑い始めた。

「何を思い悩んでいるのかと思えば…そんなことで……」
「そんなことって…!俺は真剣に悩んでるのに……!」

 秋生が突っかかると、李月は「ごめん」と言いながらもまだクスクスと笑っていた。
 全く失礼極まりない。

「本当に、馬鹿か貴様は……」

 …笑いながらそれを言われたのは初めてだった。
 秋生は少しだけきょとんとした表情になって、李月を見つめる。

「そんなことで愛想を尽かすくらいなら、お前みたいな面倒な奴とは最初から付き合わない。華蓮のことを馬鹿にしすぎだ」

 それ以前に、李月は秋生のことを馬鹿にしすぎだと思う。
 お前みたいな面倒な奴って、何の躊躇もなく言い切るのは流石に酷いのではないだろうか。桜生といい李月といい、なんとも容赦のないコンビだ。

「じゃ、じゃあ…仮にそうだったとして。でも、俺は1か月も先輩に触れないなんて無理です」
「それは…もうどうしようもないだろ」
「今はまだ大丈夫ですけど…。でも、そのうち耐えられなくなって抱き付いて行ってしまうかもしれないです」

 目の前に華蓮がいるのに、全く触れることができないなんて。
 耐えられなくなるのは目に見えている。

「別にいいだろ。抱き付けば」
「そんなことしたら先輩に殺されますよ!近寄るなって言われたのに!」

 何をあっけらかんと「抱き付けば」なんて言っているのだ。
 華蓮はさきほど、秋生を自分に近寄せるなと言ったばかりなのに。

「お前が触りたいって言ったら拒まないと思うが」
「それはそれで申し訳ないです…!」

 拒まないというのもまずないと思うが。
 仮に拒まなかったとして。あれだけ痛がっているのを見ている秋生としては、そんなことをするのは申し訳なさすぎる。

「なら他にどうしろと言うんだ?華蓮と顔も合わせないようにするつもりか?」
「え…?」

 今、李月は何と言った?

「え」
「―――李月さん、天才!」
「…お、おい。秋…」
「そうだ!そうです!そうすればいいんですよ!会わなきゃ、抱き付くこともない!」

 なんて天才的な考えだろうと思った。
 顔を合わせる前提で話を進めるから悪かったのだ。そもそも、顔を合わすこともなければそもそも抱き付くことなどできない。

「ちょっと待て、俺はそういうつもりで…」
「李月さん、ありがとうございます!!」

 最高の解決策を見つけたと思っている秋生は、既に李月の言葉などまるで耳には入っていなかった。
 これで1か月どうにか頑張れそうだ。秋生はそんなことを思いながら拳を握った。隣で李月が表情を引きつらせているが、まるで目に入っていなかった。


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