Long story


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 心霊部の定位置であるソファに腰かけた華蓮はまるでラスボスのような風貌だ。その顔は誰が見ても怒りに満ちていると一瞬で分かるような面持ちで、触れるだけで焼け焦げてしまいそうな勢いだ。

「触れないって…何それ、どっかのラブファンタジーじゃあるまいし」

 華蓮の今にも射殺しそうな視線が双月を睨み付けた。双月は一瞬で李月の後ろに身を隠す。その光景を見て侑と深月は苦笑いを浮かべた。さしずめ、ラスボスに使える部下の幹部といったところか。
 心霊部に部員以外の面々がいるのは実に珍しい。本来なら新聞部に集まるところ、心霊部に集まっているのは、もちろんただの気まぐれというわけではない。新聞部の部室は狭すぎて、何の拍子に華蓮と秋生が接触するか分からないという大問題があるのからであった。

「それが本当だから困ってるんじゃないですか〜。ねぇ」
「…ねぇ」

 春人に短く返す秋生の表情は暗い。
 なにせ、華蓮の機嫌が悪い原因は自分にあるのだから。

「でも、実際に見て見ないことには何とも言えないよね。秋生君、試しになっちゃんに触ってみてよ」
「えっ」
「断る」

 秋生が困った顔をしたのとほぼ同時に、華蓮が顔を顰めて返した。
当たり前だろう。秋生の感じることのないその痛みは、あの華蓮が苦痛を声に出すほどのものなのだ。きっと秋生なら痛みで失神しているに違いない。

「それじゃあ俄かに信じられないなぁ」
「お前に信じてもらう必要はない」
「あー、そんなこと言って。なっちゃんってばひどーい」
「うわ!?」

 侑は棒読みで華蓮の言葉に返しながら、秋生の背中を勢いよく押した。突然の衝撃にバランスを崩した秋生は、勢いよく華蓮に向かって倒れ込んだ。

「あっ!」

 バチバチ!!

「――――ッ!!」

 華蓮はとっさに秋生を避けたが、それでも避けきれずに肩が触れた。これまでの中で一番触れる面積が広かったせいか、弾けたような音も光も今までで一番大きかった。とするなら、華蓮の体に走った痛みも一番酷かったに違いない。

「うわあああ!ごっごめんなさい!」

 秋生は急いで華蓮から離れ距離を取った。
 自分が触れたせいで華蓮が苦しむ姿なんて見たくはない。

「わぁお、想像以上にやばいね」

 侑は驚きの表情を浮かべていたが、しかし悪びれる様子は全くない。

「一発ぶん殴ってやる!」
「いや何で俺…!?」

 痛みに耐えた華蓮は立ち上がって深月の胸倉を掴んだ。深月は言葉ではそう言いつつ予想はできていたようで、華蓮が立ち上がった時点でしっかり頭をガードしていた。この理不尽さに慣れてしまっては終わりではなかろうか。

「深月を殴ったからといってこの状況が改善されるわけじゃないだろ」
「じゃあ深月を殴らなかったら状況が改善されるとでも言うのか」

 ああ言えばこう言うとは正にこのことだ。

「…よし、殴れ」

 それでいいのか。
 それならば最初から止めなければいいのにと秋生は思った。

「早い!李月お兄ちゃん諦めるの早いっ―――ぐはっ!!」

 一番同情されるべきは深月だ。何も悪くないのに他の誰かの発言の責任を押し付けられて殴られる役回りなんてあってはならない。普通ならいじめとして認定されていてもおかしくない――というか、確実にいじめだ。

「触れられないのは秋生だけなのか?…桜生は?」

 双月が首を傾げて言うのを聞いてはっとした。確かに、それは検証していなかった。
 今しがた深月の胸倉を掴んでいたから深月は大丈夫だと言うことは分かったが。顔も性格も力も(桜生は今力を完全に失っているが)そっくりな桜生だとまた違うのだろうか。

「試してもいいですか…?」
「ああ」

 桜生が恐る恐る華蓮の肩に触れたが、特に何も起こらなかった。

 やはり、触れて異常が起こるのは秋生だけらしい。

「すごいな、本当にラブファンタジーだねぇ」
「このまま2人は永遠に引き裂かれてしまうのか!!」
「うわ、いいね桜ちゃん!こんどの新聞のタイトルにしようか〜?」
「心霊部解散の危機…!決別を止める手立てはあるのか?2人の完成はこのまま終わってしまうのか!!」
「いい、それいい!超楽しい〜!」
「楽しむな!!」

 人が真剣に悩んでいるのにこの2人ときたら言葉通り楽しそうな顔して。何が心霊部解散の危機だ。そんなことがあってたまるものか。

「まぁ、低級霊の仕業なら放っておいてもそのうち治るだろ。…長くて一か月といったところか」

 一か月って、そんなの長すぎる。
 李月が何を根拠にそんなことを言っているのか分からないが、本当にそんなことになってしまったら秋生は耐えられる自信がない。

「一か月ってそのうち治るっていう程度じゃねぇだろ」

 深月の指摘は正論だ。
 そのうちっていうのは数時間か、長くても日を跨いだら治って状態を――少なくとも、秋生はそれくらいの認識だ。

「八都がそう言っている」

 李月の傍に八都の姿は見当たらないが、きっと体の中から話しかけているのだろう。八都の言っていることならば、多分その通りなのだろう。
 一か月も華蓮に触れることができないなんて、想像しただけで発狂してしまいそうだ。こんなことなら、もっとわざと転んでおけばよかった。何度も転んでいれば、数回に一回くらいは助けてくれたに違いない。

「秋生があからさまに暗くなってます。みなさんもう少し心ある会話をお願いしまーす」

 春人が挙手する。
 そんなにあからさまに暗くなっているつもりはないのだが、目に見えて変わっているのだろうか。とはいえ、それを言われても明るく振る舞う気力もないことは確かだが。

「ああ悪い秋生…大丈夫だって、きっとすぐ治るって」
「李月さんは一か月って言いましたけど」

 慰めにもならない言葉に恨めしそうに返すと、深月の表情が引きつった。

「勘違いするな。最長で一か月だ」

 李月にまで気を遣わせているということは多分相当酷い顔をしているのだろう。

「じゃあ最短は?」
「……それは測りかねる」
「うわぁああ…」

 やはり一か月なのだ。これから一か月もの間華蓮に触れることもできず近寄ることもできずまるで手の届かない芸能人を追いかけているような気分で過ごさなければいけないのだ。華蓮は本当に芸能人であるからあながち間違いではないが。

「秋生をいじめないでよ、いつくん」
「俺が悪いのか…」
「大丈夫だよ、秋生。元々あんまり夏川先輩に触れる機会なんてないだから、それほど生活に支障はないよ!いつも通りだよ、きっと!」

 慰めてくれるのかと思いきや、聞きたくなかった正論を当たり前のように言い放ってきた。嫌味以外の何物でもない。

「お前が一番酷い」
「えっ」

 李月の言葉に桜生が驚きの表情を浮かべた。
 桜生のことだから秋生のことを気遣っての発言だっただろうが、持て余している天然が全力で悪いように作用してしまったようだ。いっそ嫌味で言われた方がありがたいというものだ。

「とにかく、元に戻るまで秋生を俺に近寄らせたら問答無用で吹っ飛ばすからな」
「お前はもう少し気にしろよな」

 深月が呆れたように呟いた言葉に、華蓮は無視を決め込んだ。
 華蓮は見るからに機嫌はよくない。しかしそれは秋生に触れることができないからというよりは、低級霊にしてやられたことに苛立っているような感じだった。



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