Long story


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 心霊部から出てきたのはいいが、授業中なので行くところもない。そもそも英語だからといってサボったりしなければ桜生の悩み相談に巻き込まれることもなかったが、それを今後悔してもしょうがない。それに、後悔するほど悪い時間の過ごし方ではなかった。

「あれ…?先輩…?」

 どこに向かうでもなく歩いていると、横から声がした。
 振り返ると、階段の陰から秋生が顔を覗かせた。

「何してるんだ?お前」

 今は授業中だということは華蓮の言えたことではないが、少なくとも秋生は華蓮が呼び出したり、春人と与太話をしたりしない限り授業をサボるタイプではない。加えて、こんなところにいるのも変だ。

「桜生が勝手にどっか行っちゃって…危ないからって探しに出て来たんですけど…授業始まっちゃうし、部室に行こうにも教師がうろうろしてるし…で、隠れてたんです」
「特別待遇なんだから、教師に見つかっても咎められないだろ」

 それとも、他に何か見つかりたくない理由でもあったのか。
 一瞬そう考えたが、秋生が驚愕した表情を浮かべたのを見てその可能性は即座に却下された。

「そうだった……!!」

 そろそろ馬鹿で表すのも限界になってきた。それ以上の表現方法を考える必要がある。
 呆れを通り越して哀れみの視線を向けると、その心情を察したのか秋生は苦笑いを浮かべた。

「そもそも、桜が危ないからといって一人で探しに出たらお前だって危ないだろ。二次災害もいいところだ」
「いや…でも、俺はほら、桜生みたいに可愛いわけじゃないし」
「お前は生まれて一度も鏡を見たことがないのか?同じ顔して何言ってる」
「それとこれとは話が別で。格好とか、全体の雰囲気とか全部ひっくるめての総合的なものがですね…」

 本当に呆れかえる。
 確かに、全体の印象としては桜生の方が危なっかしい。しかし、秋生には前のメイド服の件があるのだ。あの時の一件で秋生の印象は一気に変わっており、そして一度変わった印象はなくならない。今、秋生がどんな格好をしていようと、他の連中はみんなメイド服を着ていた時の秋生としか認識しないものだ。
 亞希に秋生を元に戻させたのは失敗だったかもしれない。あのままにしておけば、周りの目もあからさまに変わるだろうから、嫌でも自覚したはずだ。もしもまた一人でうろつくようなことがあったら、亞希に言って長髪にさせよう。きっと喜んでするに違いない。

「そんなことより…桜生知りませんか?」

 そんなことと言ってしまっている時点で、まったく反省の色がないことが伺える。これは亞希が喜ぶ日はそう遠くはなさそうだ。


「部室にいる。…李月を呼んだのはお前か?」
「はい…何かあったら大変だと思って連絡しました」

 秋生にしては珍しく機転がきいている。
 そのおかげで、今頃はハッピーエンドを迎えていることだろう。

「そこだけはよくやった」
「え…何ですか。こんなことで先輩に褒められるなんて怖い」

 人が珍しく褒めてやるとこれだ。
 叱ってばかりいるとそれはそれで不貞腐れるくせに、なんと失礼な発言だろうか。

「全く…お前より桜の方がよほど可愛げがあるな」
「…何でよりによって桜生……」

 怪訝そうな顔をしていた秋生が、一瞬ですごく嫌そうな顔になった。

「お前だって今さっきそう言ってただろ」
「言いましたけど…でも……それとこれとは話が別で…可愛いって言われたいわけじゃないですよ。わけじゃないですけど…でも、桜生に言うくらいなら俺に言ってくれた方が……」

 先ほど、李月が秋生に膝枕をしたらと言う話をしたときの桜生と同じ反応だ。単に双子だから思考回路が似ているだけかもしれないが、もしかしたら双子だからこそ何か譲れないものがあるのかもしれない。

「長いままの方がよかったのかな…」

 本当のところ、華蓮にとって髪を弄りながら思い悩む秋生は、その格好がどうであれ桜生よりも圧倒的に可愛い。桜生に限らず比較対象が誰であっても、それは変わらない。

「やっぱりお前が一番見ていて飽きないな」

 本音でどう思っていようと、素直に可愛いとは言わない。理解できない様子で華蓮を見上げる秋生の、その表情がまた可愛いからだ。

「それ、桜生に可愛げがあるのとどっちがいいんですか?」

 どこまで桜生に対抗心を燃やしているのか。
 華蓮は面白くて笑ってしまった。

「そんなこと俺が知るか」
「えー…ていうか、何で笑っているんですか。俺は真剣なんですからね」
「それも俺の知ったことじゃない。…もういい、行く」

 いつまでもこんなところで立っていても仕方がない。
 特別待遇だから教師から文句を言われることもないが、だからといって出くわしたいものでもない。悪霊を追っているならともかくただ授業をサボっているのなら尚更だ。

「どこに行くんです?」

 そう言われると、行き先に宛てはない。

「それは歩きながら考える」
「なるほど………あっ」

 納得したかと思うと、突然声を上げて廊下の窓に貼り付いた。
 秋生は以前よりも頑丈になった窓を重たそうに開けて、外を覗く。

「先輩あれ…!」

 秋生に言われて同じように窓から外を覗くと、裏庭の木の下に女が佇んでいた。恨めしそうにこちらを見ている目は、完全に常軌を逸している。

「丁度いい、行くぞ」
「はい!」

 先ほどまでとは打って変わって、急に声のトーンが上がった。

「何でそんなに嬉しそうなんだ」
「だって、久々でわくわくするじゃないですか!」
「馬鹿か貴様は」
「それ言われるのも久々で楽し……痛っ!」

 余計なことを言っている秋生の頭を一発叩いて、華蓮は裏庭に向かうべく歩き出した。ここは2階だから飛び降りられないことはないが、華蓮が出来ても秋生はできない。そんなことをして秋生を一人で歩いて向かわせるわけにもいかない。
 華蓮がそんな気を遣っていることに微塵も気付いていない秋生は、顔を顰めて頭をさすってから後を追ってきた。

「秋生」
「はい?」
「面白いのも飽きないのも可愛いのも、俺にはお前が一番だ」
「なっ…!」

 歩きながらそう言うと、秋生はせっかく追いついてきたのにまた足を止めてしまう。一瞬振り返って垣間見た顔は、見る見るうちに赤面していた。

「ほらな」
「っ―――…もー!性悪!」

 何度も言っているが、華蓮はそんなことは承知の上だ。悪口にも何にもならない。
 追ってきた秋生は赤面したままだったが、怒ったような表情を浮かべていた。それすらも可愛いと言ったら、一体どんな顔をするだろうか。少し気になった華蓮だったが、裏庭の女がいなくなってしまっても困るのでこれ以上からかうことはやめにした。



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