Long story


Top  newinfomainclap*res





 怨霊たちを退治するにあたって、華蓮が最も嫌いなのは無理矢理消し去った全身に流れ込んでくる“記憶”を感じることであった。消し去った後であるため、それを感じたところで何かを躊躇したりすることはないし、消したことを後悔することもない。しかし、悪霊になった者の記憶だけあってその内容はけっしていいものではなく、後味の悪いものがほとんどだ。もちろんそれは分かっているのだが、とはいえ毎回後味の悪い記憶をだらだらと全身に流し込まれていい気はしない。
 そして何より、記憶と一緒にその人物の感情まで流れ込んでくるのが厄介だ。どうしようも絶望と、止められない恨みと、あふれ出す悲しみと。まるで自分が経験したかのように、感情が暴走する。抑え込むためには、干渉しないように自分の感情をシャットアウトしなければならない。少しでも相手に情を持ったら、その感情に飲み込まれてしまう。
 本当はなるべく消し去るのではなく成仏させたい。華蓮は常にそう思っているが、しかしこの学園で出くわすものはそのほとんどが既に成仏云々の状態ではないことが多い。それは今回も例外ではなく、結果的にいつものように後味の悪い記憶が一気に華蓮の全身に送り込まれた。
 全くもって、胸糞悪いことこの上ない。


「――ひっぅ、うう、ぐすっ……」

 華蓮が後味の悪い記憶に気分を害していると、突如付近から泣き声が聞こえた。消してしまった田中明子であるわけがないし、とり憑かれていたカップルはどちらも気を失っている。となると、泣き声の主は1人しかない。

「何を泣いている」
「わかんな…でも、わかいそ……かなし…ぐすっ」
「お前、田中明子の記憶が見えるのか」

 消し去った者の記憶が流れ込んでくるのは自分だけだと思っていたが、幽霊は元々見えるものなのだろうか。そんなことを思いながら問うと、加奈子は首を振った。

「こんなのはじめて。…夏の背中から流れてくるみたいに……ぶわって、うぅ〜」

 どうやら、幽霊は誰でも見えるというわけではないらしい。恐怖から華蓮の背中にくっついていたため、加奈子も華蓮を伝って感じてしまったようだ。触れていたら他の相手にも見えてしまうというのは、新しい発見だった。

「…なんで…ぐすっ、うらめしい、かなしい、…いやだよう、うぁあ」

 どうやら加奈子は記憶と共に流れてきた感情を抑え込むことができなかったらしい。暴走する感情に対応できず、泣きじゃくっている。もちろん、幽霊なので涙がこぼれたりはしないが。

「それはお前の感情ではない。田中明子の感情が流れ込んできているだけだ」
「でも…でもぉ……悪くないのに、可哀想……かなしい、うらめしい……」

 加奈子は泣きじゃくりながら華蓮にしがみついた。自分の感情と、田中加奈子の感情が完全に混同してしまっているようだ。


「…全く、世話が焼ける」

 華蓮は加奈子を抱きあげると、図書室を後にした。気絶している2人は放っておいても大丈夫だろう。もし仮に他の何かにとり憑かれたとしても、それがこの旧校舎から出てこない限りは知ったことではなかった。それよりも今は加奈子をどうにかすることが先決だった。

「悲しくも恨めしくもない、大丈夫だ」
「…うっ…ひっく…うぅ…本当?」
「ああ、心配するな」

 図書室から出て歩きつつなだめていると加奈子も段々と落ち着いてきた。旧校舎を出るころには、多少しゃくりあげつつも感情の混同からは解放されたらしい。しかしまだ何か不安なのか、華蓮にしがみついたまま離れようとはしない。

「夏は、いっつもこんなの見てるの?」
「ああ。だが、今回みたいに一方的に消すことは早々ない」
「秋も…見てるの?」
「秋生が耐えられると思うのか」
「思わない。てか……、夏がおかしいと思う」
「慣れだ」

 加奈子は直球に失礼なことを言うが、華蓮はその言葉に気分を害しはしなかったようだ。おまけに、問われたわけでもないのに珍しくきちんと言葉を返している。

「辛くないの?」
「誰かが真実を知ってやらないといけないだろう」

 例え生まれ変わることなく消え去る存在だとしても、誰にも事実を知ってもらえずに消えてしまうのは、後味が悪い以上に胸糞が悪い。だから、存在そのものを消してしまう自分にはその相手の真実を知る義務があるのだろうと、華蓮はそう解釈していた。

「案外、優しんだ」

 加奈子は少し意外そうに呟いた。
 優しいわけではない。そうでも思わないととてもじゃないがやっていられないだけだ――と、華蓮は言葉には出さずに内心で返した。

「秋生には言うなよ」
「どうして…?」
「面倒だからだ」
「分かった…」

 華蓮の答えに全く納得できなかったが、加奈子は頷いた。華蓮の返答はともかく、秋生がこれを知れば体験したがるに違いない。しかし、こんな辛いことをわざわざ教えて体験させなくてもいい。華蓮1人に背負わせることに引き目がないわけではないが、本人も言うなと言っているのだから。加奈子は加奈子なりに考えた結果、秋生には黙っておくことにしたのだ。
 それから華蓮と加奈子は全く会話をしなかったが、結局加奈子は華蓮に抱えられたまま新聞部まで行くことになる。もちろん、どちらもそのことについて深く考えておらずなりゆきであったわけだが、それを見た秋生が驚いた挙句に「加奈子>自分」の思考を加速させて勝手に落ち込むのは、ほんの数分後の話だ。



[ 5/5 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -