Long story
「いいなぁ、学校って楽しそう…僕もちゃんと行きたいな」
世月の武勇伝の話に区切りがついたころ、桜生がぽつんと呟いた。
まるで夢の世界の話を聞いているような表情だ。いや、桜生にとってはずっと夢と同じだったのだろう。
「桜ちゃんが一緒のクラスだときっと楽しいね」
「うん。秋生とー、春君とー、授業中にお喋りするの」
「そこは真面目に受けるんじゃないのかよ」
ソファに座っていた秋生が、会話に口を挟みながらダイニングに移動して自分の定位置に座った。
「それじゃあつまんない」
「何言ってんだよ。つまんないのが学校の醍醐味だろ」
学校の授業がつまらなくないのはせいぜい小学校低学年までだ。秋生の記憶では小学校4年生くらいで既に勉強は敵だった。理科の実験や体育は楽しかったが、あれは秋生の中では息抜きのようなもので授業とは言わない。
「でもま、そのつまんない授業に隠れて喋ったり、消しゴム飛ばしたり、どうでもいいこと書いたメモ回したりするのが醍醐味でもあるよね」
「そう、そういうのがしたい!」
春人の言葉に、桜生は正にそれだと言わんばかりに声を上げた。
確かに、春人の言うことはその通りだと秋生も思った。
「あとー、部活もしたいな」
「心霊部?」
「霊感なくなっちゃったらから、それは無理だよ」
そう言えばそうだった。
見ることもできないのに心霊部にいても仕方がない。
「運動部は柄じゃなさそうだから…じゃあ春人と一緒に新聞部?」
「新聞部って何するの?」
「人が知られたくないことを探って、公に晒すんだよ」
「楽しそう!それがいい!」
「じゃあ決まりだね」
春人の説明の仕方ではまるでゴシップ紙だ。いや、大差ないか。
桜生も桜生で、あの説明の仕方に喜んで食いつくとはどういうことだ。
「こんな話ししてたら余計に行きたくなっちゃった」
桜生はそう言うと、苦笑いを浮かべた。
想像しているときは楽しい。しかし、いくら想像してもそれは想像の域を出ない。だから、それが現実でないこと思い出すと、想像していた分余計に虚しくなる。それでも、想像してしまうものだ。
「行けるんじゃないの?いっきーの時みたいに」
「俺に聞くなよ。言っとくけど、あれは琉生がしたことで俺は一切関与してないからな」
侑に聞かれた双月が顔を顰めた。
琉生がしたことだとしても大鳥グループが関わっていそうなものだが、そうではないのだろうか。
「そうなの?…でも、いっきーの時はどうやって?」
「母さんが言うには、県議がどうとかって言ってたけど…」
詳しくは分からないと双月は言った。
「まじで。そんなの動かせるなんて、何者なの?」
「さぁ…知り合いでもいるんじゃないのか」
「あれが?県議に?」
「あれがって…酷い言い草だな」
秋生が思わず口を挟むと、双月が苦笑いを浮かべた。
確かに言われると酷い気がしないでもない。だが、咄嗟に口から出てしまったのだから、しょうがない。
「まぁ、いっきーの時がどうだったかは置いといて。どうにかならないの?」
「だから俺に言うなって。いくら世月が女王様っていっても、所詮お嬢様のわがまま。さすがに小学校も通ってない子を高校に入れろってのは無理だろ。李月の時は元々うちの人間だったから簡単にいったってのもあるんだよ」
「役に立たないなぁ。だから意気地なしって言われるんだよ」
「それは関係ないだろ」
侑は思いきり顔を顰めて双月につっかかるが、さすがに双月の言い分の方が正しい。桜生は李月よりも学歴がなく、おまけにどこの誰かも分からない赤の他人だ。そんな人間を、突然高校に入れろというのは無理な話に決まっている。
「やっぱり無理ですよね…」
桜生は少し悲しそうな表情を見せた。分かっていたのだろうが、少しだけ期待していたのかもしれない。あれだけ想像をしていたのだ、期待してしまうのも無理はない。
「ほら、桜生ちゃんにこんな顔させて申し訳ないと思わないの?」
「…あーもうっ」
桜生の言葉に乗っかって侑が更に畳み掛けると、双月は頭を抱えたからガタリと立ち上がった。そしてそのまま、足音荒く玄関に向かう廊下に繋がっている扉の方に歩いて行く。
「絶対に通えるなんて保障はないからな!期待するなよ!」
双月はそう捨て台詞を吐いてリビングから出て行った。バタンと大きな音を立てて扉が閉まり、それからしばらくして玄関の扉が同じようにバタンと音を立ててしまったのが微かに聞こえた。
「あいつを追い詰めるなよ」
「いっきーだって桜生ちゃんと学校通いたいでしょ。それに、あれくらいで追い詰められる子じゃないよ」
先ほどまで意気地なしとか、役立たずとか言っていたのはどの口だったか。一体どれが侑の本音なのか、さっぱりわからない。
「双月先輩…大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。双月は出来る子だから。まぁでも、帰ってきたら機嫌はよろしくないだろうから、春人君はとばっちりかもね」
侑がそう言ってにこりと笑うと、春人は一瞬嫌そうな表情を浮かべた。
「返り討ちにしちゃいますよ、そんなの」
嫌そうな表情はすぐに侑と同じような笑みに変わった。
どんなとばっちりが飛んできて、どんな仕返しをする気なのか秋生には想像もつかなかったが、何にしても双月は気の毒だと思った。
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mokuji
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