Long story


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 秋生は華蓮の上から降りると、元々体育座りをしていた場所に座り直した。華蓮も起き上がり、座り直す。

「よくやるなお前も」
「あんなところでいちゃついてる方が悪いんでしょ」
「毎日いちゃついてる奴が何言ってんだ」

 李月が呆れたように言った言葉に対して、侑はまるで悪びれる様子なく返していた。どうやら今日はあまり機嫌よくないらしいことが声色から分かる。しかし、だからといって盗撮していいわけじゃない。侑に向かって発せられた双月の発言に、華蓮は全面的に賛成だ。それに、華蓮と秋生は決していちゃついていたわけではない。

「侑先輩、みつ兄はどうしたんですか?」
「日が昇る前に出て行った。家に帰るってさ」

 侑は自分の定位置の席に座ってから机に頬杖をついた。それで機嫌が悪いのか。

「何、深月仕事手伝わされてんの?」
「みたいだな。俺も時々身代わりとして派遣される」
「まじ?どういう風の吹き回しだ?」
「…家のことに関して俺はあんまりでかい態度とれねぇからな」

 李月はそう言ってバツの悪そうな顔を浮かべた。
 勝手に家からいなくなったことをそれなりに悪いと思っていたのだろう。

「でも、名字まで変えて逃げてたんですよね?それがどうしていきなり?」
「それは僕も疑問なんだよねー。でも、今日いきなりってわけじゃないんだよ。ひと月前くらいから時々呼び出されて行ってるんだ」


 春人の質問に、侑は首を傾げて返した。
 侑は深月がどうして呼ばれるだとか、何をしに行っているだとか言うことは聞かないらしい。本人が聞かれなくないだろうと配慮しているとのことだが、それに配慮できるなら他人のプライバシーにも配慮しろと言いたい。

「あー、もしかしてそろそろ本格的に跡取りに据える気なのかも」
「…どういうこと?」
「李月みたいに突然失踪されても困るからな。自分たちの目の届くところにいるなら、時期が来るまで自由にさせるって父さんが言ってたんだよ。でも、最近は新しく始めた事業の関係で父さんはほとんど海外出張だから、こっちの手が足りなくて手伝わせてんじゃないかな。その流れで顔が知れたころに正式な跡取り待ったなし」

 双月はそう言って侑と同じように頬杖を付いた。新しく何の事業を始めたのか知らないが、大鳥グループはあれだけ大きくなっているのにまだ大きくなる気らしい。

「すごーい、全部ひっくるめてもほとんどいつくんのせいだね!」

 実に爽やかな笑顔で毒を吐いたのは、紛れもなく桜生だ。
 そこまで爽やかに言い放たれるといっそ清々しいくも思えてくるというものだ。

「それを言うなら、そもそも桜生が李月さんに呼びかけたせいなんじゃ……」

 秋生が隣で呟いた。どうせ言うならば華蓮にしか聞こえないような小声ではなく、もう少し大きい声で言えばいいのに。しかし、桜生が意図的に李月に呼びかけたわけではなかったにしろ、秋生の言うことはもっともだ。

「まぁ、みっきーもただで戻るくらいなら最初から逃げないだろうし、なんかいい条件でも出されたんだろうからいいけどさ」
「意外とあっさりしてるな」
「だってよく考えて見なよ。たとえ失踪してなくても強烈自己中な李月が継ぐわけなんてないし、双月はどうしようもない意気地なしだし、世月は女の子だし。どう転んでも結局はみっきーが継ぐことになってたんだろうなって思うと、あっさりもしちゃうよね」

 侑はそう言って、李月が飲んでいたコーヒーが入っているカップをひったくって口に運んだ。李月はカップを取られても文句を言うことなく、表情を引きつらせている。

「李月の強烈自己中はともかく、意気地なしって酷くない?」
「よく喧嘩に負けて泣いて帰ってきてたじゃん」
「いつの話をしてるんだよ」

 そういえば、そんなこともあった。小学生の時の双月は、どうしてそんなに頻繁に喧嘩を吹っかけられるのかというくらいよく因縁をつけられていた。双月は決してその因縁に臆することはなかったが、いつも殴り合いの喧嘩になった末に負けて泣きながら世月のところに行っていた。

「大体、俺1人で5人とか6人相手に勝てるわけがないだろ」
「負けて帰ってくることじゃなくて、泣いて帰ってくることに対して意気地なしって言ってるの」

 そう言われると、双月はぐうの音も出ないらしい。ぐっと唇を噛んで悔しそうに顔を顰めた。

「そういえば、前にみつ兄が言ってたなぁ…」

 春人がふと、何かを思い出したように遠い目をしながら呟いた。

「深月が?何を?」
「双月先輩が泣かされて戻って来たら、世月さんが筆頭になってかたき討ちに行ってたって」

 春人の言葉に、双月はまた思いきり顔を顰めた。今度は悔しいというより、深月が余計なことを言ったことに不満を感じているようだ。

「そうだったそうだった。なっちゃんなんて首根っこ引っ掴まれて連れて行かれてたよねー」
「李月がいるのからわざわざ俺が行かなくてもいいって言って喚いても、聞きゃしなかったよな」
「何が見た目の問題だか」

 世月は人の話など聞く耳持たず、嫌がる華蓮を無理矢理引っ張って連れて行っていた。おまけに、ただでさえ女を力で封じ込めることは気が引けるのに相手が世月なら余計に気が引けた。そんなことをしたら後でどんな仕打ちが返ってくるか、今でもそんなことは考えたくもない。

「迫力増すからね。ただでさえ小学生で金髪なんてそうそういないから。僕みたいな外国人は別にしてね。…まぁ、外国人も相当珍しいか」
「だからそれも李月がいただろうが」
「2人もいたら迫力も倍増でしょ。おまけに片やバッド片や木刀所持だなんて、流石に大人数でもひるむよ」

 侑は面白おかしそうに笑うが、華蓮にしてみればそんなこと知ったことではない。それに、別に迫力を倍増なんてしなくても、李月一人で相手をひるませるのには十分だったはずだ。そんなことを今さら言ってもしょうがないのだが、思わずにはいられない。

「小学生で金髪って……絶対近寄んない」

 春人が表情を引きつらせた。華蓮の隣にいる秋生も苦笑いを浮かべている。

「でもあれも確か、世月の考えた罰ゲームだったよね」
「罰ゲームって言うか、罰?2人が喧嘩して世月の育ててた花の鉢ぶっ壊したから」

 あの時は本当に殺されると思った。
 李月と真剣にどう逃げ延びるか考えたのを、華蓮はよく覚えている。

「あー、そうだ。どっから入手してきたのか、給食の牛乳の中に体が動かなくなる薬仕込んでやったよね」
「そう。あれ鉢割ってから結構日が経ってて、すっかり忘れた頃に仕込むもんだからまんまと引っかかっちゃって」
「おまけに本当なら放課後にクスリの効果が出るはずだったのに、5時間目に出てきたもんだから、授業中に強行したよね。先生が止めるのも聞かずに2人の頭にブリーチぶちまけてたよね」
「そうそう。2人揃ってすげぇ発狂してたよな」
「やじうまも沢山集まってたしね。あれは今思い出しても笑える」

 双月と侑が面白そうに笑い声を上げた。昔話に花を咲かせるとは正にこのことだろうが、同じ思い出のはずなのに華蓮はちっとも面白くない。

「笑いごとじゃないだろ」

 華蓮と李月の声が揃った。
 自分たちは傍観者だからいいかもしれないが、やられた本人としては決して笑って話せる内容ではない。今思い出しただけでも寒気がする。

「でも、ずっとそのままってことは結構気に入ってたんでしょ?」
「違う。世月に脅されて戻したくても戻せなかっただけだ」
「根元が黒くなるたびに笑顔でブリーチ持って来られるこっちの身にもなってみろ」

 そして、それが1年以上続くともうそれに慣れてしまう。そうなると、今度は髪の黒い自分がまるで別人みたいに思えてくるのだ。世月が死んでから一度黒くしたことがあるが、華蓮は一瞬で金髪に戻した。ヘッドの時は別人に見えることが目的なのでいいのだが、しかし鏡を見るとやはり気持ち悪いと思う。
 李月がどんな理由でそのままにしているのかは知らないが、多分似たような理由だろう。

「さすが…生きてたら絶対女番長って言われてただろうね」

 侑の言葉は実にすんなり入ってきた。
 どんな学校に行っていたかは分からないが、共学でも女子高でも何人も舎弟を連れて歩いてる様が容易に想像できてしまう。

「か弱い学園のアイドルよって言ってますよ」
「どこがだ」

 すかさず双月が突っ込んだ言葉は、きっと誰もが思ったことに違いない。
それどころか、双月の方がよほどアイドルらしい――とは、さすがに言えなかった。



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