Long story


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 ゲームをしたおかげで頭が冴えたと思ったが、横なると途端に眠気が襲ってくる。桜生は目をこすりながら、小さく欠伸を零した。

「寝るなら部屋に戻れよ」
「寝ないよ」

 桜生の返答を聞きながら、李月はゲームを片付け始めた。先ほど条件を出してからまだ一回もやっていないのに、やめてしまう気らしい。全く歯が立たないままに終わってしまうことが癪に障るが、しかし体を起こすのもおっくうになってしまった。何の気なしにソファに倒れ込んだが、これは失敗だったと後悔する。しかし、もう遅い。

「桜生」
「寝ない…」
「いつもならやたら寝たがるくせに、どうしたんだ」

 ゲームを片付けた李月が顔を覗かせる。
 飛び跳ねる心臓も、眠気の前には勝てないようだ。鼓動が早くなるのを感じるが、さきほどのように破裂しそうなほどではない。

「……寝たくないの」
「寝たくない?」
「うん」

 怪訝そうな李月の言葉に頷いて、桜生は微かに笑みを浮かべた。

「僕は兄さんが大丈夫って言うなら、心配しない。いつくんが言ってくれたように、僕がそう信じなきゃいけないから。僕は兄さんと引き換えにこの体が戻ったとは思わない。兄さんは僕の体の犠牲になったんじゃない。だから、僕は体が戻ったことを素直に喜ぶって決めたんだ」

 今、琉生の犠牲の上にこの体が戻ったと言うと、琉生はきっとすごく怒るだろう。本人はきっとそれを犠牲とは思っていないに違いないし、桜生にもそう思ってほしくないに違いない。
 誰かの犠牲の上に成り立つものなどない。桜生を犠牲にすることを誰もが拒んだように、琉生を犠牲にすることだって誰も望まなかったはずだ。だから、これは犠牲じゃない。琉生が桜生にくれたプレゼントだ。だから、喜んでも何も悪いことはない。素直に喜んでいいのだ。

「喜んでるのは本当だよ。でも……次に目を覚ましたら、また誰かがいなくなってるんじゃないかって、怖いんだ」

 琉生は桜生の犠牲になっていなくなったのではない。そう思っているのに、体が戻ったことを喜んでいるのに。また誰かがいなくなると感じるということは、琉生がいなくなったのも自分のせいだと思っているのだと言われているようで。まるで本当の意味で喜べていないのだと言われているようで、桜生を追い詰める。

「夜は何でも奪って行くからな」
「え…?」

 その言葉の意味が分からずに、桜生は顔を上げた。
 李月は苦笑いを浮かべて、ソファに座る。

「俺は世月が死んだことを聞いたときの恐怖を、今でも忘れられない。だから夜は嫌いだ。誰もいなくならないって分かってても、夜中に目を覚ますと誰かがいなくなるんじゃないかって思わずにいられない。桜生と一緒だよ」
「僕と…同じ?」
「そう、同じ。俺は桜生に出会って、生きててよかったと心から思えるようになった。でも、今でも夜は大嫌いだ」

 李月はそう言って、窓の外に視線を移した。
 外は月明かりすらなく、吸い込まれそうなほどの暗闇が広がっていた。

「自分が生きてることを悔やんだりしないって決めて、本当にそう思えるようになったとしても、消えない恐怖だってある。…そんなもんだろ」

 きっと李月は、その消えない恐怖と向き合うことにしたに違いない。李月にとって向き合うということは、その恐怖を受け入れて共存するということなのだ。だから、怖いといいながらもその表情は穏やかなのだろう。

「……僕は、自分の体が戻ったことを本当に喜べてるかな?」

 そう問うと、李月は桜生に笑顔を向けた。

「喜べてなきゃ、笑えない」
「…そっか……」

 それが桜生を安心させる詭弁だとしても、李月にそう言われると素直に喜べていると感じることが出来た。
 今でも眠るのは怖い。しかし、もう寝ることを拒んだりはしない。そう思うと、すっと眠れそうな気がした。

「おい、寝るなら部屋に戻れよ」
「…うん……」

 眠気に身を任せて目を閉じると、李月が体を揺らしてきた。しかし、今の桜生にはその揺れすらも眠気を誘うものでしかない。桜生は李月の言葉に短く返しながら、徐々に夢の中へと落ちて行く。

「……おやすみ」

 李月が呆れたように呟くのを耳にしながら、桜生は心の中で「おやすみ」と返事を返して完全に意識を手放した。




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