Long story
夜は嫌いだ。
夜は人間から奪うのが好きだ。光を奪い、にぎやかな音を奪い、活動を奪う。それは世界中の全員が奪われているものだから、誰も奪われているなんて感じない。しかし、夜は時に特定の人物から特定のものまで奪っていく。
目を覚ました時、自分の命と引き換えに世月が死んでいた。真っ暗闇の中でそう聞かされた時のことは、今でも鮮明に覚えている。今でこそ、生きていてよかったと言うことが出来たが、それでもあの時感じた恐怖は一生消えることはないだろう。
あの日以来、夜に目を覚ますのが怖い。もし目を覚ましてしまったときに、また夜が何かを奪っていってしまうのではないかと思わずにはいられない。光や、音や、活動とは別に、自分だけから大切なものを奪って行ってしまいそうで、それが怖くてたまらないのだ。
だから李月は夜が大嫌いで、夜がいなくなる寸前まで起きている。
「…いつくん?」
ぼうっとテレビ画面を見ながらコントローラーを動かしていた李月は、後ろから聞こえた声に一時停止ボタンを押して振り返る。少しだけ開かれた扉から、桜生が顔を覗かせていた。
「どうした?」
「……一緒にいてもいい?」
「ああ」
李月が答えると、桜生は安心したようにため息を吐いてからリビングに入ってきた。秋生と一緒に寝たはずだが、目でも覚めてしまったのだろうか。桜生は李月の隣に体育座りをすると、小さく欠伸を零した。
「これ、夏川先輩がよくやってるやつだよね」
「ああ。下手だから進めてやってる」
「そんなこと言ったら怒るよ」
「言わない」
深月と2人で進めているらしいが、数十もストーリーがある中のいくつかは途中で止まっている。時間内に特定のアイテムを探しつつ一定数の敵を倒して、かつ残りの体力でボスを倒さなければならないタイプが苦手なようで、詰まっているのは大体そのパターンのステージだ。李月は時折夜中にゲームを起動して、その詰まっているステージをクリアする。2人で出来ないステージを1人でクリアするのは難しかったが、何度もやっていれば対処法も分かる。おまけに同じパターンのステージばかりなので対処法も同じだ。1度クリアできると、後はとんとん拍子に進めることができた。
多分、深月と華蓮は色々なステージを行き来しているから、このパターンのステージが苦手だということにも気が付いていないのだろう。そして数回負けるとすぐに次にいってしまうから、対処法も見つけられずそのまま放置になってしまうのだ。きっと言えばすぐに改善され、たちまちクリアできるようになるだろうが、そうなってしまうと暇なときに李月がクリアするステージがなくなるのでわざわざ教えてやることはない。
「ねぇ、それ僕にもできる?」
「やりたいのか?」
「うん」
「じゃあテレビの下からコントローラー出して来い」
そう言われてテレビの下からコントローラーを出してきた桜生は、李月の隣に座り直しながら眠そうに目をこすっていた。入ってきたときも欠伸をしていたし、どうやら相当眠いようだ。
「眠いなら寝ればいいだろ」
「眠くないよ」
欠伸をしながらそんなこと言われても、全く説得力がない。しかし、本人がそう主張するなら無理矢理寝かせることもないだろう。
「これ、対戦するの?」
「共闘してストーリークリアするのと、対戦とどっちもある」
今李月がやっているのは前者で、華蓮と深月がよくやっているのも前者。華蓮と秋生がやっているときは大体後者だ。
「じゃあ対戦の方教えて」
「ああ。これが終わるまでもう少しかかるから、ちょっと待ってろ」
「うん、わかった。…せっかくだから、秋生を蹴散らせるくらいにはなりたいな」
桜生はそう言いながら、説明書を開いて操作方法を確認し始めた。どうやら眠そうな割にやる気は満々らしい。
「秋を倒すのは結構骨が折れるぞ」
「そうなの?でも、いつも夏川先輩にこてんぱんにされてるよ」
「あいつにサシで挑んで勝てる訳がない」
このゲームだけじゃない。どんなゲームでも、華蓮は対戦系になると無敵だ。操作方法はストーリーの方と変わらないのに、どうしてそこまで差が出るのかと言うほど強さが変わる。どこぞの種でも発動したんじゃないのかと言いたくなるほどに。多分、李月と深月と秋生が束になってかかっても適わないだろう。
「夏川先輩、やばい…」
桜生の表情が引きつる。
やばいどころの話ではない。あれは異常だ。格闘ゲームの大会に出たら絶対に片端から優勝をかっさらっていくだろう。もちろん、華蓮がそんなものに出場するわけはないのだが。
「その華蓮をいつも相手にしているんだから、秋も一筋縄じゃいかない」
「でもやるなら絶対に秋生には勝つ」
どうやらどうしても秋生に負けるのは嫌らしい。気持ちは分からなくはない。李月だって、華蓮に負けることはしょうがなくとも、深月には負けたくない。
「よし、やるぞ」
「よろしくお願いします」
桜生は画面を見つめながら表情硬く、コントローラーを握りしめた。
いくら初めてだからといっても、緊張しすぎだ。
こんなことでは秋生に勝つ日は遠くなるだろうと思ったが、言うと落ち込みそうなので言葉にはしないことした。
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mokuji
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