Long story


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 この連中の順応性には時々驚きを通り越して呆れそうになってしまうことがある。華蓮はリビングに広がっているいつもとそれほど代わり映えのない光景意を見ながら、今まさにその呆れてしまっている状態になっていた。
 華蓮が起きてくると、珍しく李月以外の全員が既に起きていて朝食も済ませていた。それだけなら珍しいこともあるものということで済むのだが、その中には今まで霊体として存在していた桜生が実体を持って存在していた。霊体と実体の差だと言われたらそれまでだが、しかしそれは簡単に言うことができないほど大きな変化だと華蓮は思っていた。しかし、そんな華蓮の思いなどつゆほども知らない連中は、まるで今までもそうであったかのように、実体のある桜生と当たり前のように接している。
 桜生はリビングの隅で秋生と春人と何かをしていた。ソファにはそれを不思議とも思わずに侑と深月、それから双月がテレビを見ながら、時折隅で何かをしている桜生たちに話しかけている。睡蓮は朝食の食器の後片付けをしながら、同じように桜生たちに時々話しかけていた。全員、まるで今までもそうだったかのように、当たり前に過ごしているのだ。
 驚くとか、戸惑うとか、そういった様子が一切ない光景に華蓮は出す言葉もなかった。もしかしたら起きてくるまでにその辺のことは一通り済んだのかもしれない。それにしても、この違和感のなさに逆に違和感を覚えずにはいられなかった。
 とはいえ、順応が早いのはいいことだ。いちいち戸惑っていて桜生が居にくくなるよりもよほどいい。華蓮はそう考えを改め、順応が早すぎることへの指摘はしないことにしていつものようにダイニングの椅子に腰かけた。
 それとほぼ同時に李月がリビングに入ってきた。入口を開けて一瞬動きを止めたが、少してから御馴染みのコーヒー製造マシン(道具それぞれに名前があるらしいが、いちいち覚えていられない)とコーヒー豆を手にいつもの位置に腰かけた。その表情は寝起きだから機嫌が悪いと言う者とは少し違うようだが、とても機嫌がいいとも言えない表情だった。

「戸惑いとか、混乱とかそういうのはないのか……」

 半分独り言で、半分どこかの誰かに問うたのだと思う。
 全く同じ思いだった華蓮は、李月の言葉に苦笑いを浮かべた。

「戸惑いまくって桜が気を遣うよりマシだろ」
「……そうだな。そうだが……まぁ、そうだよな」

 李月は華蓮の言葉に返しつつ、同時に自分に言い聞かせるように呟いた。きっと、今の李月の気持ちが分かるのは、ここにいる連中の中で華蓮だけだろう。

「いつくん、いつくん、見て!秋生の服借りたの!」
「あ、ああ…」

 項垂れている李月の所に、リビングの隅にいた桜生がやってきた。今までずっとセーラー服だった桜生だが、現在は黒地のワンピースにボーダーのニーハイソックスという出で立ちだった。実体を持って自由に服を着れるのが嬉しいのか、はしゃいでいる。

「俺のじゃないから!勝手に箪笥に増えてただけだから!」

 秋生が奥から声を出している。秋生が自分で用意したものではないのならば、亞希の仕業だろう。未だに髪の毛を元に戻してもらえない秋生は、既に見慣れたほどに女物の服を着こなしているが、どうやら本人は未だにあまり乗り気ではないらしい。

「変?」
「いや…可愛いよ」
「ふふ、ありがとう」

 当たり前のように「可愛い」と口にする李月も、それを驚きもせず受け止める桜生も、華蓮からすれば感心の対象だった。華蓮はそんなことを言う性格ではないし、もし言えば秋生は慌てふためくに違いない。本当に、これで付き合っていないというのだからどうかしている。

「でも、別にそんな喜ばなくても、服ならイメージで変えられただろ」
「わかってないなぁ、いつくんは。自分で着替えられるのが楽しいんだよ」
「そうか…」
「桜ちゃん、次これ!これ着てみて!」
「はーい」

 春人に呼ばれた桜生は李月の傍から離れていく。その桜生を目で追うと、リビングの隅で秋生が春人にワンピースを押し付けられていた。

「秋生はこれね」
「え、俺はいい。嫌だ」
「却下。そうやってショーパンとニーハイで乗り切ろうったってそうはいかないよ」
「乗り切るって何が?…俺これでも結構我慢してんだけど……」

 やはり、着たくてきているのではないらしい。
 それならば普通にいつも通りの服を着ればいいとも思うのだが、もしかしたら亞希が勝手に処分でもしたのだろうか。それとも、亞希の用意した服しか着られないようになっているとか。亞希ならやりそうなことだ。

「どうしてそんなに嫌がるの?その顔で男物の服着てもどうせ似合わないんだし、素直に似合う服着ればいいのに」

 少し呆れたような表情を浮かべながら、桜生が容赦なく言い放った。今の一言は確実に秋生の胸に突き刺さったに違いない。それを示すように、秋生は無言で床に膝をついていた。

「また余計なことを…」

 少し呆れたように呟く李月の方から、コーヒーの香りが漂ってきた。華蓮と同じように桜生たちを目で追ってはいたらしいが、その中でも手は動いていたらしい。李月にとっては、桜生のあの程度の発言は日常茶飯事なのだろう。
 しかし秋生はすっかり落ち込んで、リビングの隅で体育座りを決め込んでいる。あれは当分立ち直りそうにない。そして秋生をそこまで追い込んだ本人は、まるで分かっていないように首を傾げている。何ともやっかいな天然パワーだ。

「あれから桜と進展したのか?」

 ふと疑問に思った華蓮が桜生たちに向けた視線をそのままに聞くと、李月は思いきりむせ返った。答えはまだ帰ってきてないが、その反応を見れば答えはほぼ分かったも同然だった。

「あれからって…かなり時間が経ってるみたいな言い方してるが、昨日の今日だぞ」
「ああ…そうか」

 目の前に実体を持った桜生がいるから昨日のことが現実として認識できるものの、どこか夢のように思えてしまう。だからだろうか、それとも他の連中があまりに順応しているからだろうか。昨日のことからまだ十数時間しか経っていないのに、まるで随分前のことのように思えてしまう。

「…現実味がない」

 華蓮がそう呟くと、李月が思いきり顔を顰めた。

「らしくないな。あいつらですら、既に状況を受け入れてるのに」

 李月の言うあいつら――秋生と桜生は、リビングの隅でまるで普通に過ごしている。
 李月の言葉を聞いてからそれを目にした華蓮は、自分がどうしてこんなにも現実味を感じないのかを理解した。

「だからか…」
「は?」
「いつもの秋生なら、もっとうじうじ悩んで落ち込んでる」

 桜生の時も琉生の時も、立ち直るのに時間がかかった。
 少なくとも、寝て起きたら受け入れられていたなんてことはなかった。それなのに、今回は受け入れるのが早すぎる。

「……あいつらが受け入れるのが早すぎて、逆に夢みたいだって言うのか?」
「ああ」

 だからまるで随分前のことのように思えるのだ。そして、それが昨日のことだと認識すると、それ自体が夢だったのではないかと思えてくるのだ。
 秋生がどうしてこんなにも早く琉生のことを受け入れられたのかは分からない。もしかしたら、同じ思いを抱える桜生がすぐ近くにいたからかもしれない。少なくとも、早く受け入れられたことはいいことだし、そのことを引きずらずに前を向くこともいいことだ。だから、何も心配することはないはずなのだが。この違和感は一体何だろうか。

「お前が違和感を覚えるのは勝手だが…」
「分かってる。指摘したりはしない」

 秋生と桜生が何を思い、どうしてこんなに早く事を受け入れることができたのか華蓮には分からない。しかし、本当に受け入れて、前を向くことを決めたのなら、そこに釘を刺すほど華蓮は馬鹿じゃない。どういう経緯であれ、桜生の体が戻ったことは確かで、それはいい結果だ。その犠牲が何であれ、結果の末に今を楽しんでいるのならばそれでいい。だから、華蓮はそれ以上考えないことにした。



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