Long story


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 田中明子は教師と恋に落ちた。図書委員だった明子と、その担当であった教師。明子に一目ぼれした教師の猛烈なアプローチの成果から、2人の交際が始まった。現代に限らず教師と生徒の恋は認められてはいなかったため、2人の関係は誰にも秘密であった。秘密の共有というのは妙な仲間意識を覚えさせるものだ。2人の恋は燃えに燃え上がり、下校時刻を過ぎた後、図書室が2人の密会場所であった。明子はごく少数の友人にだけそのことを話だが、友人たちは明子の言葉を本気になしなかった。仮に明子の言葉が真実だとしても「遊ばれているだけ」だと相手にはしなかった。友人たちになんと言われようと、明子は本気だった。教師もその時は周りが見えなくなっていたのだろう。「卒業したら一緒になろう、妻とは別れる」などと口にし、明子をその気にさせた。
 最初は図書室で楽しく談話するだけだったが、段々と中は親密になっていき、いつしか身体の関係も持つようになった。明子は更に燃え上がった。そして、教師が避妊を怠ったことにより明子は妊娠した。明子は更に燃え上がったが、教師は段々と現実が見えるようになってきていた教師は、明子の妊娠を聞いて完全に目を覚ますことになる。
 教師に中絶を勧められた明子は驚愕し、その勧めを拒否する。しかし、教師に何度も説得され、結果的に子供を諦めることにした。教師は明子をこう言いくるめた。「今子供ができたら、困る。妻と離婚するのも大変になる。そうしたら、君と一緒になる未来が遠くなる。だから、子供は諦めてくれ」と。何とも自分勝手な台詞だが、明子はこの言葉を信じて泣く泣く子供を諦めた。
 そんな折、教師の妻が妊娠する。そして、教師は明子に別れを告げた。明子がどんなにすがっても、教師は相手にしなかった。それどころか、「これ以上つきまとうと写真をばらまく」と脅した。それは、明子が教師と情事に及んでいるときに教師が撮影したいかがわしい写真であった。教師は最初から本気ではなかった。そのために写真も用意していたのだ。明子はまたしても泣く泣く教師を諦めた。子供も教師も失った何も残るものはなかった。
 絶望に打ちひしがれながらも生活していたある日、明子は授業で『舞姫』を習った。その日から狂ったように『舞姫』を借り始めた。しかし、それは教師へのあて付けなどではなく、明子はただ、エリスと自分が重なったその小説に惹かれただけだった。自分では購入することができないその本を、いつも手にしていたくて、何度も何度も借りていただけであった。
 しかし、教師は納得しなかった。担当教師は図書カードをチェックするのも仕事だ。教師は明子の図書カードを見て、嫌悪感を抱いた。当てつけかと、明子に言い寄った。明子は違うと反論したが、教師は聞く耳を持たなかった。時を同じくして、明子と教師の恋路がどこからか洩れ、学校新聞に載ってしまう。既に2人の関係は終わりをつげていたが、学校新聞はそんなことはお構いなしであった。新聞には匿名で紹介されていたが、「図書委員とその教師」という記載での匿名は何の意味もなかった。幸いだったのは、匿名である以上、他の教師たちは明子たちを怪しいと思っても追及できなかったということだ。しかし、その新聞が出回ったことに教師は怒り狂った。明子が新聞部に漏らしたと思い込み、明子に罵詈雑言を浴びせて非難した。明子は無実だったが、教師は『舞姫』の時同様に耳を傾けなかった。そしてあろうことか、怒りの末に明子のいかがわしい写真を学校中にばら撒いた。
 友達は誰もいなくなり、明子は娼婦などと根も葉もないうわさが立ち、男子生徒に襲われ、親からは見放された。そして、明子は退学せざるを得なくなった。絶望だった。そして絶望に落ちた時、消えかけていた恨みの感情が再び芽を出した。
 明子の恨みは相手の教師ではなくその妻と子供に向いた。教師の妻が妊娠したことで、自分の幸せ、生まれてくるはずの子ども幸せは奪われた。そう思い込んでしまうと、自分の子どもと愛する人を奪った妻と子供が許せなかった。自分は愛する人を奪われ、子どもを奪われ、友達を奪われ、学校を奪われ、親を奪われ、何もかも失ったのに。どうして自分から教師を奪った妻と子どもはのうのうと生きているのだろう。どうして、自分はこんなに苦しいのに、幸せに生きているのだろう。
 許せない。自分から子供を奪ったあの女。自分から子供を奪ったあの女の子ども。明子は恨みに囚われるが、だからといってどうすることもできなかった。明子は教師の妻の顔を知らないし、子どもも見たことがなかったからだ。顔も名前も分からない相手にいくら恨みを抱いても、復讐もできない状況ではただ虚しいだけであった。
 明子は再び絶望の淵に立つことになった。どうしようもない絶望感と、止められない憎しみと、あふれ出す悲しみと。どの感情もコントロールできなくなった明子は、何もかもが嫌になった。憎い相手を探すことも、復讐をすることも、教師にすがることも、両親に許しを請うことも、退学することも、借りたばかりの舞姫を返すことも、この足で歩いて学校を出て行くことも、息をすることさえ嫌になってしまった。そして明子は首を吊った。
 しかし、どうしようもない絶望と、止められない憎しみと、あふれ出す悲しみは、死して尚明子を解放してくれはしなかった。明子の思いは怨念となり、あの世にいくことなくこの世にとどまった。明子の怨念は明子の図書カードに基因していた。そのため、明子の怨念が図書室から動くことなかった。明子はただ、絶望と恨みと悲しみだけを残した亡霊となった。
 明子が死んでからしばらくして、新しい校舎が立てられたために図書室は使われなくなった。図書カードはそのままその場に残された。誰も来なくなった図書室で、明子は亡霊としてその場に居続けた。絶望も恨みも悲しみも薄れることはなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
 そうして長い年月を経たある日、図書室に生きた人間がやってきた。その人間たちは、人間たちは教師と生徒という関係で恋愛感情を抱き、そしてその教師の方には別に恋人がいた。明子はただ絶望と恨みと悲しみを抱えた亡霊であったが、その人間たちの姿に刺激され、そして爆発した。明子はただその場に居続ける亡霊から、怨霊へと変化した。
 先生を返して。赤ちゃんを返して。私から先生と赤ちゃんと奪ったのはお前か。許さない、殺してやる。許さない、ゆるさない、ユルサナイ……。恨みだけが増幅していき、明子は自分の意志も見失ってしまうほどの化け物になってしまった。


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