Long story


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 旧校舎を出てから体育館にたどり着くまでにも、何人もの霊たちとすれ違った。幸いだったのが、体育館までの道のりが短かったおかげか、悪霊の類に出くわすことがなかったことだ。もし出くわしていたら秋生は確実に目を合わせていただろうし、また華蓮に叱られていたに違いない。桜生は霊体だった時期が長かったからかまるで霊を気にしている様子はなかった。

「また随分と派手にやったな」
「お前の壊した屋上に比べたらましだ」

 華蓮の言葉に李月が答える。李月が破壊した目の前の体育館も、華蓮の破壊した屋上もどっちもどっちだ。
 屋上は既に復旧工事が始まっているようだったが、元々使っていなかったこの場所が直されることはないだろう。扉も完全に壊れているためどこからが体育館の中なのかもはや分からないところだが、入った瞬間に尋常ではない寒気を感じた秋生はその境目を感じることができた。

「っ……!」

 旧校舎に入った時や、校長室に入った時とは比べものにならない。あの時、一度近くカレンが来た時と同じような、しかしあの時よりもはるかに凄まじい悪寒と、頭痛が襲ってきた。

「あっ、秋生……夏川先輩!」

 うずくまりかけた秋生を桜生が支え、呼び止められた華蓮が振り返った。

「大丈夫か」
「…大丈夫です」

 すぐに引き返してきた華蓮が秋生に触れると、いつものように症状が軽くなった。しかし、完全にはなくならない。若干の寒気に加えて、頭痛も吐き気もうっすらと残っていた。

「でも、桜生が……」
「僕はもう大分慣れたから、大丈夫だよ」

 桜生の言葉は本当のようで、秋生の腕を借りなくてもしっかりと立っていた。

「お前は秋みたいに共鳴しないのか?」
「…そういえば……双子なのに」

 李月の言葉に桜生は不思議そうな表情を浮かべた。気にしたことはなかったが、そう言われてみれば確かにそうだ。

「おかしいのは桜じゃなくて秋生だ。そもそも秋生が寒がっているのは、秋生の力とあいつの力との共鳴力が大きすぎるからだが、共鳴力が大きいのは秋生があいつと物理的に双子だったからだ」

 自分がどうして寒さを感じるのかまるで考えたこともなかったが、そういうことだったのか。秋生は自分のことながら初めて聞く話に驚きを隠せない。そして、話を聞いてもどうしておかしいのが桜生ではなく自分なのか理解できない。

「それなら、桜生が体に戻った時点で少なくともカレンは精神的にも物理的にも秋生と双子という条件が外れるから、共鳴が続くわけがないな」

 李月が丁寧に説明してくれたおかげで(本人は説明するつもりではなかっただろうが)、秋生はようやく自分の何がおかしいかを理解した。


「…ちょっと待って……僕の力?」


 桜生がふと、何かに疑問を盛ったように顔を顰めた。
 そして、当たりを見回す。

「どうした?」
「僕……ここまで来るのに、何も感じてない」
「…どういうことだ?」
「今ここ…瘴気もすごし、霊もたくさんいるんだよね?…ぼく、何も感じないし、何も見てないよ…!」

 李月の言葉に、桜生が焦ったように返した。
 ここにくるまでに霊を前にしても気にしてなかったのではない。そもそも見えていなかったのだ。

「あいつがお前の力を根こそぎ奪って体だけ手放したってことか……?」
「僕の力がまだカレンの中にあるままだから、物理的にも精神的にも切れても力で繋がっていて秋生は共鳴したままなんだ…。最初に奪った秋生の力もあるから本来なら僕も共鳴するはずだけど、僕はそもそも根源から力を全部奪われているから、共鳴する以前に力を感じ取ることもできない…」

 桜生が顔を青くしているのは、自分の力が根源からカレンに奪われてしまったからというよりは、それほどの力をカレンに与えてしまったからだろう。桜生の精神、そしてその双子である秋生と繋がっていたおかげで縛られていたカレンは、秋生と桜生どちらもの力を手にしたうえで自由になっているということだ。

「秋生よりも頭の回転がいい」
「そこに注目するのか」

 桜生の見解を聞いて華蓮が感心したように言うのを聞いて、李月が苦笑いを浮かべながら呟いた。
 華蓮の言葉は確かに間違っていないかもしれない。しかし、今の話は明らかにもっと他に注目すべきところがあったはずだ。本当なら秋生が突っ込みたかったが、言えなかった秋生は言ってくれた李月に内心感謝した。

「僕が秋生くらい馬鹿だったら、2人ともカレンに囚われる前に死んでたと思う……」
「ちょっと待って、それは言い過ぎじゃね?」
「そう?でも、すぐに階段の一番上から飛び降りた時も、滝に落ちるためにわざと川に流れた時も、山の中で熊に喧嘩売った時も僕が助けたし……あと、遊園地で…」
「ごめん。俺が悪かった。桜生がいなかったら死んでましたごめんなさい」

 まだまだ続きそうだった桜生の言葉を遮った秋生は、ただひらすら頭を下げた。当時は何も考えずに行動していたが、改めて言われると凄まじいことをしていると理解できる。そのため、桜生が明らかに悪意のこもった声で言っていても何も言い返すことはできない。

「だよね」

 納得したように桜生は笑みを浮かべる。体が元にも戻ったからか分からないが、これまでどこか負い目を感じていた様子が全くなくなっているような気がする。秋生は桜生と再開してからこれほどまでに黒々しい笑みを見たのは初めてだ。しかし同時に小さいころはよく見ていたことを思い出した。桜生は小さいころから天然だったが頭はよく、そして怖かった。記憶というのは美化されがちだから桜生との記憶も美化されていたのか、最後の部分はすっかり忘れていた。

「意外と主従関係がはっきりしてるな」
「それよりも秋生の馬鹿さ具合が想像を超過していることの方が問題だ」

 李月は少し意外そうな表情ながらも落ち着いた面持ちだが、華蓮の表情は若干引きつっていた。完全に秋生の過去の行動にドン引きしている。しかし、その原因である桜生にお前のせいで華蓮にドン引きされたと文句も言えない。言える立場にない。

「もう行きましょうよ。こんなところで無駄話してる場合じゃないですよね」

 本来の目的はカレンないし琉生に会ってどうして桜生の体が戻ったのか、カレンはどうなっているのか、その他もろもろ聞くべきことがあるのだ。こんなところで秋生の醜態をさらしている場合ではない。というのは建前で、これ以上ぼろが出る前に先に進みたいというのが本音だ。

「そうだな」

 秋生の言葉に同意したのかそれとも秋生に同情したのか。頷いた華蓮が苦笑いだったので明らかに後者だということはいくら秋生が馬鹿でも分かった。しかし、この無駄話に終止符を打って進んでくれるのならば、同情でもなんでもよかった。



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