Long story


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 何度か深呼吸をして、桜生は無理矢理気持ちを落ち着かせたようだ。李月から若干距離を取っているのが気になるが、相変わらず指摘できる雰囲気ではないし、大体心情は察することができるので指摘はしない。ただ、何もせずに見ているのにも限界があるので、出来ることなら早めに李月か桜生が話を切り出してくれるとありがたいと秋生は思っていた。

「…でも、僕どうして……?」

 秋生の思いを感じてくれたのか、桜生が自分の手を見ながら顔をしかめた。先ほどの驚き具合から、本人が理解していないことは大体予想できていたが、やはり桜生自身もどうして体が戻っているのか分からないらしい。

「あの時、どうなったんだ?」

 李月が聞くと、桜生は困った顔で首を振った。

「分からない。闇の中に吸い込まれて、何かの呑みこまれるのかと思ったら、そうじゃなくて……まるで違う世界に放り込まれたような感覚になった。それで、段々と意識が薄れて……このままじゃだめだと思って、意識がある間はずっといつくんを探してた」

 李月は桜生の声を聞いたと言っていた。つまり、その時の桜生のお声は確かに李月に届いていたということだ。

「でも、結局意識がなくなって……起きたら…こうなってた」

 桜生は自分の両手を李月に見せる。つまり、何も分からないままに闇に呑みこまれ、意識を失い、起きたら体が戻っていたということだ。

「あいつに…何か変化があったんでしょうか?」

 桜生の体が元に戻ったと言うことは、単純に考えてその中にいたものが出て行ったということだ。しかし、桜生に強く根付いていたカレンが今更何の気なしに出て行くとは考えられない。つまり、強制的に出されたか、もしくはもっといい器を発見したか、あるいは消えてしまったか。

「消えたということはまずない。それなら、ここの瘴気もお前の寒気もなくなっているはずだ」
「あ、そうか…」

 秋生の問いに華蓮が答える。確かに、秋生の寒気はまだ残っている。それに、秋生の寒気を誘っている元凶である残留物も未だに消えることなく漂っている。
これで可能性の一つがなくなった。残るは、強制的に追い出されたか、もしくはもっといい器を発見したかだ。

「あの子どもはあいつが琉生と一緒にいたと言っていたから、琉生が何かしたのは間違いない。だが、あいつを桜の体から追い出せるなら…もっと前からやっていたはずだ。わざわざここに入って力を強めた時を狙わなくても、数年追いかけていれば機会はいくらでもあったはずだ。だから、琉生の体に乗り換えたと考えるのが妥当だが……」

 その言葉に桜生が顔を顰め、そして泣きそうな顔になった。桜生は誰かが犠牲になって自分の体が戻ることを望んでいなかったため、それは当然の反応と言えるだろう。見ている秋生も辛くなる。
しかし、華蓮はどこか歯切れが悪い。

「だが、あの子どもは“一緒にいた”と言っていた。乗り換えたのならば、出て行ったのは琉生の体を乗っ取ったカレンだけのはずだろう。一緒にいたなんて言い方はしない」

 華蓮の歯切れの悪い理由はそれだったようで、付け加えるように口を開いた李月の言葉に頷いた。

「そうだ。だから琉生の体に乗り換えたというのも違う。多分、その他の人間の体に乗り移らせたわけでもないはずだ。いくら桜生を助けたくても、あいつは他人を巻き込んだりはしない」

 それを聞いた桜生が、少しだけ安堵した表情になった。
 体を乗っ取られていた桜生はその辛さを誰よりも知っている。だから、他の誰かが、それも自分の兄がそうなったのではないと知って安心したのだろう。

「そもそも、何をとったとしても出来るなら既にやっていただろう。つまり、琉生は今まで出来なかったが、今は出来るようになった何かを使って桜生の体を戻したということになるが、皆目見当もつかない」

 華蓮はそう言葉を締めくくった。李月もその言葉に異論はないらしく、何も言い返さなかった。結論、分からない。

「その真相を突き止めるには、本人に会って聞くしかない」
「ああ、そうだな」

 その本人と言うのが、カレンなのかはたまた琉生なのか。あるいはどちらもか。
 どれにしても、一緒にいるのだから行き先は変わらない。

「桜生…立てるか?」
「う、うん…だいじょ…ぶ!?」

 全然大丈夫ではない。桜生は立とうとした瞬間、バランスを崩して李月に頭突きを食らわせた。それほど勢いがあったわけではないので李月にダメージはなかったようだが、苦笑いを浮かべて受け止めていた。

「お前な……」
「ごめんね…思いのほか、地に足着くのが困難だった」

 桜生はそう言うと首を傾げながら、何度か足ふみをした。
 ずっと霊体の状態で宙に浮いていたのだから、無理もない。

「歩けるのか」
「多分。…わっ、わわっ」

 まるで生まれたての小鹿だ。
 足に力が入らないのか入れ方が分からないのか、今にも倒れそうにふらついている。

「無理だな」
「無理じゃないよ!ほら―――あっ」
「危ない」
「うわ!」

 今度は後ろに向かって転びかけたところ、李月が腕を掴んで転倒を防いだ。しかし、引っ張り込まれた桜生は体全体に力を入れることが分からないようで、流れに身を任せてまたしても李月に向かって突っ込んだ。

「絶対無理だろ」
「無理じゃな――――いつくん近い!」

 顔を上げた桜生は至近距離にあった李月の顔に動転して、勢いよく体を離す。その勢いで再び転倒するかと思いきや、どうにか踏ん張って持ちこたえたようだ。しかし、踏ん張って力み過ぎたにしては、桜生の顔は赤すぎるような気がしてならない。

「はぁ。…もう俺が嫌ならそれでもいいが、秋か華蓮にでも捕まらないと歩けないだろ」
「違うよ!いつくんが嫌なわけじゃないよ!むしろいつくんに触れられて有頂天まっしぐらだよ!で、でも…兄さんのこともあるから素直に喜べなくて…でもやっぱり嬉しい!それなのに…何でか近づくだけでどきどきするし、ましてや、た、体温なんて…頭がおかしくなりそう!」

 李月の言葉にスイッチが入ったらしい桜生が一気にまくしたてた。両手で頬を押さえながら、赤面をそのままに表情は泣き出しそうだ。自分がどれだけ恥ずかしい発言をしているか本人は皆目見当もついていないようだが、聞いている方が恥ずかしい。

「分かった、分かったから…落ち着け」
「本当に…?僕のこと嫌いにならない…?」
「ああ、ならない。当たり前だろ」

 李月がそう言うと、桜生はほっと息を吐いてから「僕病気なのかな…」と不安そうに呟いた。
 何だか、自分がこれまで華蓮に対して示してきた恥ずかしい対応が随分マシに思えてくる。しかしこれを喜んでいいものかどうか、複雑な気分だ。

「秋生よりはるかにレベルが上だな」
「だから手ごわいって言っただろ…」

 全く感心するとことではないのに感心したように言う華蓮の言葉に、李月は苦笑いで返した。華蓮は秋生を相手にからかうようにして随分と遊んでいた(今も十分遊ばれている)が、李月はからかったり遊んだりするどころか、それ以前の問題のような気がする。

「まぁ、無理もない気がしないでもないが。お前が教えなきゃ、一生このままだな」

 華蓮の言葉はもっともだ。
 秋生と違って桜生は誰かを好きなるという原理を知る前からずっと世の中と縁がなかったのだ。恋人同士と言う言葉を知っていたから恋愛とか付き合うとかそういったことは知識としてはあるのだろうが、自分の感じているそれがまさに恋愛感情だということに気付かないのもしょうがない。それどころか、誰かがそれは恋だと教えてあげなければ、一生気が付かないだろう。

「だとしても、それは今じゃない」

 李月の言葉も、確かにそうだと思う。
 今ここで桜生にそれは恋だと教えてしまった暁には、このややこしい状況がさらにややこしくなるに違いない。というか、桜生が気を動転させて物理的な意味ではなくひっくり返るに違いない。

「桜生、俺に捕まれよ。旧校舎から出れば、先輩に捕まってなくても大丈夫だろうし。出るまでは我慢するし」
「う、うん…。ありがとう……」

 秋生が華蓮から離れて隣によると、桜生は秋生の腕を掴んだ。
 本当は華蓮から離れたくなどないが、ここで秋生が我儘をいう訳にはいかない。それに、秋生に捕まらないとなると華蓮に捕まることになる。そんなことになるくらいなら、自分が我慢する方が断然いい。

「さっさとしないと、あいつがいなくなったら元も子もない」

 そう言って華蓮が最初に校長室を出た。それから、秋生と桜生が後に続き、最後に李月校長室を後にした。それから来た道を通って旧校舎を出たが、来るときに出会った少年に出会うことはなかった。



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