Long story
少年と別れて奥に進むと、割とすぐに校長室と書かれた札が落ちている場所にたどり着いた。とはいえ、廊下に転がっていた札はぎりぎり読める程度に朽ち果てていた。扉も今にも倒れそうなほど朽ち果てている。この旧校舎の中でも、ここだけ年季の入りようが違いすぎると言っても過言ではない。中に入らなくても分かる。この中に漂う瘴気が尋常ではないだろう。
「寒い……」
華蓮の腕を掴んでいても寒さを感じる。しかし、中からカレンの気配はしない。どう表せばいいだろうか。まるでカレンの残留物が秋生の寒気を誘っているような、そんな感じであった。
「開けるぞ」
華蓮と秋生が頷くと、李月は勢いよく扉に向かって一蹴りした。木の割れる音が響き渡る。もともと腐敗の進んでいた扉はほぼ粉々に砕け、その場に散った。これは開けるとは言わない。蹴破るというのだ。
秋生が呆然としている隣で、華蓮はまるで驚いてもいない。常識なのか。この人たちにとってこれは常識なのだろうか。そんなことを考えている間にも、李月は足を踏み入れていた。
李月の後に続いて入ると、部屋中が瘴気に満ち溢れていて中が良く見えなかった。この瘴気がもともとこの旧校舎をまとっていたものではなく、カレンのものだということは入った途端にすぐわかった。秋生の寒気が一気に増したからだ。
「何かいる…」
寒さに身を震わせながら李月の言葉に耳を傾けると、ソファの上に何かが横たわっていた。暗い上にどす黒い瘴気で何かは分からないが、どうしてか悪いものは感じない。
「……う…………」
秋生たちが入ってきたことで反応したのか、ソファに横たわっていた何かが少しだけ動いた。声を出したようだが、小さすぎてよく聞こえない。
3人は動きを止めて、その何かに視線を集中させた。目が慣れてくると、徐々に景色が明るみになってくる。
「んん………」
今度はさきほどよりも少しだけ声が大きくなり、今度は身じろぎをした。
そしてその顔が目に入った瞬間、華蓮と李月が一歩前に出た。
「かれん……」
目に飛び込んできたのは、秋生とそっくりな顔と、そして紺色のセーラー服。実体をもったそれは、桜生の体を奪った人物に他ならない。しかし、相手を見て呼んだその名前に、どうしてか違和感を覚えた。
「琉生と一緒に出て行ったのが桜生だったということか?」
李月が刀を握る。
そう考えるのが妥当だ。それ以外に結論はない。
それなのに、どうしてだろう。頭の中で何かを知らせる警告音が鳴っている。目の前に広がる光景の、この違和感は一体何なのだ。
「うう……」
ぱちりを開かれた目が秋生の視線を重なった。
「――――――桜生!!」
目があった瞬間、秋生は無意識にそう叫んでいた。
カレンではない。重なった視線の奥に感じたのは、間違いなく桜生の意識だった。
李月と華蓮の視線が秋生向く。そして、目の前にいる人物――桜生の視線も。
「桜生………?」
李月が驚愕の表情を浮かべて、桜生の方を向く。
「…………いつくん…?」
初めてまともに喋った言葉は、カレンの発していた機械のような肉声ではない。頭に響き渡るマイクを通したような桜生の声が、肉声になったものだ。
「桜生…!!」
「いつくん……っ」
今の一言で確信を持ったのか、李月が桜生に駆け寄った。それを目にして、桜生がゆっくりと起き上がる。その眼はしっかりと李月を捕えながら、今にも泣きそうな顔をしていた。
「桜生、よかった…無事で」
李月がその場に屈み桜生を抱きしめると、桜生は一瞬驚いた表情を見せてから李月の背中に手を回した。ずっと平静を装っていたが、気が気でなかったのだろう。李月の背中は震えているように見えた。
「ごめんね、心配かけて……」
「だからそのすぐ謝る癖をなんとかしろ」
「…来てくれてありがとう」
李月が桜生から体を離して怒ったように言うと、桜生は一瞬困ったような表情を浮かべた。しかし、その表情はすぐに笑顔に変わった。
「…どうなってる?」
「わかんないです。…でも、聞ける雰囲気じゃないです」
「ああ」
一体何がどうなっているのか、華蓮が分からないのだから秋生に分かるわけがない。
しかし、それを桜生に聞こうにも到底聞ける雰囲気じゃない。秋生は馬鹿だが、空気は読める。
「ところでお前…どうして体が戻ってるんだ?」
「え?体……えっ!?」
李月が問いかけると、桜生は途端にぎょっとした表情を浮かべた。
「い、いいいつくん!僕体が…!どうりでいつくんの体があったかいと…ええええ!?」
「気づいてなかったのか…」
李月が呆れたように言うが、桜生はどうやらそれどころではないようだ。
自分に実体が戻ったと分かって動転しているのか、まるで李月の言葉が耳に入っていない様子であたふたしている。
「いっ…いいいいつくん近い!!…しっ…心臓が爆発する!」
「はあ?」
いつも至近距離にいたくせに、一体何を言っているのかといったように李月は顔を顰めた。しかし、秋生には桜生の気持ちがよく分かった。触れられない距離での近さと、触れられる距離での近さでは感じ方が全く違うのだろう。
「さすがに双子だな」
華蓮が呆れたような、感心したような言葉を漏らす。
その言葉にぐうの音も出ない秋生は、聞かなかったことすることにした。
「落ち着いていつくん…!」
「お前が落ち着け」
「そ、そうだね!落ち着く!!」
実に間抜けなやりとりに見えるが、デジャヴを感じた秋生はそれを糾弾することはできなかった。隣で呆れている華蓮と同じように、苦笑いを浮かべて見ているしかなかった。
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mokuji
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