Long story
校舎の中に入ると、霊の人数が途端に増えた。
それはつまり、秋生がろくでもない霊と目を合わす可能性も増えるということだ。そして案の定、可能性が増えるということは李月の予想をはるかに上回るペースで秋生は霊たちに絡まれていた。これはもはや、秋生の危機管理能力のなさの問題ではない。華蓮の言う通り、秋生は反省もしていなければ(しているのかもしれないがそうは見えない)学習能力もない。だが、この絡まれようは明らかに霊たちが秋生を付け狙っているか、もしくは秋生がわざと目を合わせているかのどちからだ。しかし後者はありえないので、必然的に前者ということになる。
「霊にモテるんだな、お前」
「全然嬉しくないです…」
既に何十回目ともならない悪霊を切り裂いた李月が溜息を吐きながら秋生に視線を送ると、秋生は疲れ切った様子で同じように溜息と吐いた。
そんな中、華蓮は既に秋生が絡まれようと気にもせずに足を進めるため、止まって走っての繰り返しで無駄に体力を消耗する。秋生が疲れているのはそのせいだろう。
「今からそんなことじゃ、ここから先がもたない」
李月と秋生が追い付くと、華蓮が呆れたように立ち止まっていた。
目の前にある扉には立ち入り禁止を示す黄色のテープが貼り巡らされているが、朽ち果てておりまるで役目をはたしていない。
「この先に桜生が……?」
秋生があからさまに嫌そうな顔をした。無理もない。
旧校舎のさらに奥にあるこの旧校舎には、李月ですら入ることを憚る。
「ああ、いるはずだ。多分、あいつも」
華蓮がそういた言葉を聞いて、李月は瞬時に状況を理解した。
何を思って華蓮がこの場所に桜生とカレンがいると判断したのか。そしてどうして同じ場所にカレンがいると判断したのか。
「あの時に忍び込んだのか」
華蓮と李月が学校を破壊したあの日に倒した、人の手により怪物にされた霊。あれはカレンの仕業だったのだ。あの時の騒ぎに便乗して学校に忍び込み、この場所に身を置いた。そしてこの場所の瘴気を吸い込んで力を蓄えたということか。しかし、それでも突然桜生との繋がりが切れてしまったことには疑問を浮かべざるを得ないが、それもこの先に言えば答えが見えるのだろう。
「ここに来ただけで話の全容がわかるなんて……李月さんが凄いのか、俺の理解力がないのか……」
「完全に後者だが、お前も今回は馬鹿なりに役に立っている」
「多分褒めてもくれてるんでしょうけど、もっと喜べる言い方できません?」
「これ以上どう褒めるんだ」
華蓮の言葉に秋生が顔を顰める。
確かに、華蓮は少々言いすぎである気がしないでもない。痴話げんかと言われればそれまでだが、華蓮のいいぶりが冗談には見えないからだろうか。普段リビングでいちゃついているのを見ていなければ、絶対に付き合っているとは思わない。だから、深月たちは気が付いていないのだろう。
「桜生がここにいるなら早くしないといけないから、俺は先に行くぞ」
痴話げんかなのかどうなのか分からない会話に付き合っている暇はない。李月は華蓮と秋生の間を割って旧校舎の扉を開けた。蹴破ったわけでもなく、押しただけで普通に開いてしまうのだから、本当にテープの意味がない。
「っ!」
扉を開いた瞬間、背後で秋生が息を詰まらせた。振り返ると、腕を抱えるようにして震えている。李月がとっさに扉を閉めると、震えが止まった。
「この先はあの鬼の術がきかないのか」
「もともと、先輩が戻ってくるまでの気休めって言っていましたから…今まで大丈夫だったのがラッキーだったのかも……」
秋生が苦笑いを浮かべる。
「ここで待っているか?」
「それなら俺も行かないからな」
華蓮が秋生を置いていくことはないと予想は出来ていたが、案外あっさりとしているものだ。
以前の華蓮ならばカレンが近くにいると聞いたらなにふり構わず飛びついていっていただろうに。普通とは少し違うが、こういうところを見るとやはり恋人らしいと思う。
「桜生を取り戻すくらい、俺だけでもなんとかなる」
なんとかならなかったら、カレンごと無理矢理旧校舎から引きずり出して華蓮の手を借りればいい。そんなことは絶対にしたくはないが、桜生を助けるためなら手は惜しまない。
「俺も行きます…」
「大丈夫なのか?」
「それは先輩の力量次第ですね」
「図に乗るな」
「痛っ…でもさすが超絶適温!」
本日3度目。華蓮が秋生の頭を叩いてから腕を引きよせると、秋生は頭をさすりながら笑顔を浮かべた。八都や亞希ではないが、ここまであからさまになるとさすがにリア充滅べと言いたくなる。自分の隣に桜生がいない今となるとなおさらだ。
「勝手にやってろ」
今度は李月が扉を開けても、秋生が臆することはなかった。
どうやら華蓮の超絶敵温は中々の力量らいい。なんて冗談を言う間もなく、李月は旧校舎に足を進めた。
旧校舎に入ると、それまでとは尋常にならないくらいの瘴気が襲ってきた。いつか、深月と春人と一緒に来た時とは比べものにならない。更に、華蓮の腕を掴んでいるのに若干の寒気を感じる。ということは、近くにカレンがいるということだ。この尋常ではない瘴気も、きっとカレンがこの中にいるせいに違いないだろう。
「気持ち悪ぃな」
「吐き気どころの話じゃない」
華蓮と李月が顔を顰めている。この2人でこれだから、秋生が華蓮の腕から手を離すと一瞬で気絶してしまうに違いないと思った。そう思うと、華蓮の腕を掴む手に力がこもる。
「どこに行くの?お兄さんたち」
早く桜生の所に行って、桜生を助けてさっさとこの地から出たい。そういう思いからか、足早になっていた3人だったが、背後から聞こえてきた声に足が止まる。
「……何だ、お前?」
振り返ってまず口を開いたのは華蓮だ。その表情はこの地の瘴気とは違う意味で顰められている。
3人の目の前に現れたのは、まだ小学生にもあがっていないように思われる少年の霊だった。着ている服装からして明らかに今の時代の霊ではないことがわかる。この瘴気の中にいれば一番に当てられて呑みこまれそうなものだが、この少年からは悪いものを感じない。それが逆に不気味だ。
「ぼくはここに住んでる。この地の行く末を見守るのがぼくの使命だから」
「使命?」
少年は秋生の疑問を解消するように説明してくれたが、そうすると新たに疑問が生まれる。
「そう、この説明をするのは2度目だ」
「2度目…?俺たちの他に誰か来たのか」
「君たちよりも大人のお兄さんが来たよ。もう出て行ったけれど」
華蓮が問うと、少年は悲しそうな顔をした。どうしてそんな顔をするのか秋生には理解できなかったが、少年の言う「大人のお兄さん」というのは想像がついた。
「琉生だ……」
「どうしてあいつがここに」
秋生が不安そうな表情で呟くと、華蓮が怪訝そうな表情を浮かべた。
桜生がいなくなったことと関係があることは明らかだが、華蓮にも分からないことはきっと秋生が考えても分からないだろう。
「そいつがどこに行ったか教えてくれ」
「それはここに来た時?出て行ったとき?」
「どちらもだ」
「来た時は、この先の校長室に行ったよ。出て行ったときは…僕は顔を出さないように言われていたから分からない。でも、多分、あっちの方」
李月問いに答えた少年は、この間の騒ぎで破壊してしまった旧校舎の体育館を指さした。秋生はそちらの方に視線を向けるが、何も見えない。
「まずは校長室からか」
「そうだな」
李月の言葉に華蓮が頷く。
「気を付けてね。…一番危ないものはもういないけれど……この先は危ない」
「一番危ないのがいない…?」
少年の言葉に、秋生が疑問を浮かべる。
この少年の言う「一番危ないもの」というのはカレンのことに違いない。しかし、それがいないというのはどういうことだろう。華蓮の予想と違う。
「あのお兄さんと一緒に出て行ったから……」
少年が再びとても悲しそうな顔をした。
「琉生と…!?」
秋生は全く状況が理解できない。一体なぜここに琉生がいて、どうしてカレンと一緒に行動しているのか。そして桜生はどうなったのか。まるで見当もつかない。
どうやら今回は華蓮も李月も想像が付いていないようで、どちらも表情が歪んでいる。
「……とりあえず校長室に行く」
「校長室は少し進んだところだよ」
「分かった」
李月は頷くと、とほとんど走るように校長室に向かった。
華蓮と秋生も後を追うように足を進める。
「本当に、気を付けてね……」
「うん。教えてくれてありがとう」
後ろから悲しそうな、心配そうな声が聞こえた。
秋生は一度振り返ってから少年に礼を言い、すぐに前に向き直って足を進めた。どこか懐かしい感じを受けたが、それを気にしている余裕はなかった。
[ 2/7 ]
prev |
next |
mokuji
[
しおりを挟む]