Long story


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 椅子に縛られて身動きが取れないというのは思いのほか窮屈だった。普段なら椅子に1時間や2時間座っていることなどたやすいことであるし、実際問題、学校で授業を受けている生徒たちは休憩を挟むにしても毎日数時間椅子に座り続けている。その間、突然立ち上がったり必要以上に手足を動かしたりしなくてもそれほど苦にはならない。しかし、強制的に手足を動かせない状況に置かれると、必要上に手足を動かしたくなる。動かしたいのに動かせない。動かしたい、動かせない。その無限ループが、ストレスを加速させていた。

「どうせ俺なんて屑っすから。いてもいなくても一緒なんすよ。だって加奈より下ですよ。どうしよもない屑っすよ」

 秋生が拘束されてから10分。ストレスが加速した結果、秋生は本来の目的である「詳しく説明を受ける」ことを忘れて愚痴を口にしていた。

「加奈子って子は、一緒にいても大丈夫なの〜?」
「加奈は害のない霊だから、成仏するまで面倒みることになったんだ。加奈子はあまりにも子どもだし、自分が死んでることすら気づいてなかったから消し去るにも抵抗があったみたいで、俺か先輩と一緒にいれば悪霊になることはないだろうってことで」
「夏川先輩、優しいところあるんだね〜」
「そんなところで優しさ見せるなら、俺にも少しくらい優しくしてくれればいいのに。力が使えなくなったら屑認定だからな。いやまぁ、確かに俺は力があるから特例扱いしてもらってるんであって、それが使えないと何の意味もないわけだけど。だからって、今日の新聞部放置といい、ちょっと扱い酷くないか?」

 秋生はマシンガントークの如く捲し立て、口が閉じたかと思うと拘束された手足をバタバタさせ、その動きが止まるとはなく忙しい。

「夏にも優しいところはあるんだけど、目に見えづらいだけで」
「いや、確かに時々優しいこともあるっすよ。でも、それ以上に酷いことの方が多いから優しさなんて帳消しっすよ。ていうか、むしろマイナス。いくら時々優しくても、加奈より下ですよ、こんなちっちゃい幽霊よりも下って!加奈も加奈で、いつも遊んでやってるのに、なんだあの態度。あいつ、先輩のことキライなんじゃなかったのかよ。楽しそうに付いて行きやがって」

 春人か深月が1何か喋ると10、20と返ってくる。よくもまぁ、ここまで愚痴が出てくるものだと自分でも感心するくらいに、次から次へと不満が漏れてきた。止めたくても止まらない。

「…秋、それってさ……」
「まぁ、夏にも色々思うところがあるんだって」

 春人が何か言おうとしたところ、深月が口を挟んだ。春人の言いたいことを悟っている深月は秋生には見えないように、机の下で春人に向けてバツマークを作って見せた。春人は深月がどうして自分の言葉を止めるのかは分からなかったが、とりあえず言おうとしたことを飲み込んだ。

「あの人が考えているのはどう効率よく悪霊退治をするかだけですって」
「そんなことないって。今だってほら、力が使えないお前を危険に晒すまいとここに置いていってるわけだし」
「まさか。邪魔だからっすよ」
「そうだとしても、俺の解釈したように思った方がいいじゃねぇか」

 深月の言葉は確かにその通りである。華蓮の心の内は言葉にしてもらえない限り華蓮にしか分からないのだから、それを想像するならばいい方に想像してしまった方が楽だ。しかし、秋生はどうしてもいい方に想像することができなかった。

「無理ですって。先輩の俺への普段の態度からしていいように想像するのは不可能っす。普段から応接室で話しかけても8割無視だし、何か見つけても場所が遠かったら文句言うし、ちょっとしたことですぐに邪魔だとか目障りだとかいうし、どうしようもない馬鹿とか、屑とか言われるし。大体、名前呼ばれるよりも貴様呼ばわりされる方が多い相手に対して何をプラスに考えろと?」
「いや……、うん。俺が悪かった」
「でしょうとも」

 深月が苦笑い気味に納得し、秋生は満足そうな表情を浮かべた。

「てかさ、そんな扱い受けてるのによくやってられるねー。俺ならソッコーやめちゃう」
「そりゃあ、別に暴力振るわれるわけじゃねぇし。遅刻免除のためならそれくらいなんてことねぇよ」
「……それだけ?」
「他にも色々あるけど。茶髪でもいいし、授業も出なくていいし…」
「いや、そういのじゃなくて……ううん、やっぱり何でもない」

 春人は先ほどは違い今度は深月に止められる前に自主的に言葉を繋ぐことをやめた。というより、多分聞いても無駄だから諦めたと言った方が正しいかもしれない。秋生は春人の反応を不思議に思い首を傾げたが、もういいというのでそれ以上答えるのはやめにした。

「てか、逃げませんからそろそろこれ解いてくれないっすか。イライラして話が頭に入ってこないっす」
「お前が一方的に喋ってただけで、俺ら何も話してないから」
「いや、そこはどうでっちでもいいんで。もうマジで限界です。絶対に脱走しませんから、お願いします」

 拘束されてからどれだけの時間が経ったのかは分からない。喋っている間は気がまぎれるが、ふと会話が途切れると拘束されていることを思い出してしまう。思い出してしまうと動きたくても動けない無限ループが再開され、いら立ちが増す。

「解放してあげたら〜?鍵はかけたし、俺が鍵の前にいるからさ」
「しょうがねぇな。これ以上手荒なことしたくないから、逃げるなよ」
「ありがとうございます」

 そんなわけで、秋生は縄から解放された。解放されると、自由に動けるというのはなんと素晴らしいことかと痛感した。これまた必要以上に手足を振り回すものだから、深月と春人は苦笑いを浮かべた。


「で、どうする。田中明子の話、聞くか?それとも、もうどうでもいいか?」
「聞きます」

 今の秋生としては、田中明子への興味よりも自分を置いて行った華蓮への不満の方が先にきているのだが。だからといって、興味がなくなったわけではない。

「そうか。…どこまで話したっけ」
「田中明子さんの首つり自殺が9月14日に新聞になってるとこまででーす」

春人の助け舟に深月は「ああ、そうか」とつぶやいて、9月14日の新聞のコピーを手に取った。

「簡単に言うと、夏が今倒しに行った幽霊は多分この田中明子。狙われてるのは、俺たちがスクープを取ろうとしていた、カップルのどっちかだ」

 深月は新聞に載っている田中明子の写真を指さしながら、そう言い、更に続ける。

「春人が説明したけど、田中明子は教師と恋愛関係にあった。自殺の理由は、その教師に振られたから――だと、推測されてる。当時の田中明子の同級生に連絡取れる限り連絡取ったら、色々とネタが上がった。田中明子は付き合っていた教師の子どもを妊娠して、そして中絶してる」
「まじすか」
「何人かから証言が得られたから、事実だろうな。で、中絶したのは1年の終わり頃で、田中明子が狂ったように舞姫を借りだしたのもその頃かららしい。図書カードは2年のものしか残っていなったが、1年の終わりから舞姫信者は始まっていたわけだ」
「先輩が言ってた、エリスって人と自分を重ねて、自分を捨てた教師への当てつけっすか」
「そう考えるのが妥当だろうな」

 その時点から、田中明子は憎しみに支配されていたということか。そう考えると、凄い執念のように思える。

「そんな中、さっき春人が見せた新聞が出回った。…同級生に聞いた話では、田中明子が自分で情報を漏らしたらしい」
「図書カードの当てつけだけじゃあ、気持ちに整理がつかなかったのかなぁ」

 春人はどこか切なそうな表情で田中明子を見つめた。復讐に心を奪われてしまった田中明子も、この写真のように美しい顔をしていたのだろうか。

「かもしれないな。…で、その結果田中明子は退学を言い渡され、そして自殺した」

 そして、教師への恨みから怨霊となって図書カードに基因し、この世に留まった。

「そして、自分と同じような境遇にあるカップルに憑いたってことか……」

 秋生はそこまで説明を聞いてやっと状況を飲み込むことができた。華蓮は田中明子の自殺の話を聞いただけでここまでの展開を全て予測したのだろうか。それとももっと簡単に、田中明子が死んでいた=怨霊は田中明子。田中明子が怨霊であるとして、彼女は教師と付き合っていた過去がありかつ『舞姫』を借りまくっていることからその過去に未練を持っている。だから、狙われているのは同じような境遇である図書室密会カップル。と考えたのだろうか。…この考え方も全然簡単ではない気がするが、華蓮ならこれくらいの予測はできそうだ。

「この感じだと相当ヤバそうだけど、夏川先輩大丈夫なの〜?」
「大丈夫。先輩は女云々関係ないし。加奈みたいに害のない奴なら別だけど、今回みたいにあからさまに害のある奴は一瞬だから。スリッパでゴキブリ叩くみたいに、スパーンと」

 秋生は華蓮がバッドを振りかざす様子を思い浮かべながら、真似して手を振って見せた。

「うわー、容赦ないなぁ」
「容赦なんてしてたら、こんなことやってらんねぇって。可哀想だから倒せませんなんて言ってらんねーし、あいつもそういうこと考えないようにしてるんじゃないのか」

 確かに深月の言う通りだ。悪霊がどうして悪霊になったかとか、その経緯を想像して可哀想だなんてことを考えていたら、きりがない。しかし、華蓮はその悪霊がどんなに可哀想であるかを知っても、何とも思わずにスパッといってしまいそうだ。

「でも、夏川先輩はそれを知っても何とも思わず倒しちゃいそう」
「俺も今そう思ったところ」
「お前ら、結構酷いな。…まぁ、そう思われても仕方がないような態度をとってるあいつが悪いだろうが…お前らが思ってるほど、冷血じゃないぞ」

 と言った後で「多分」なんて付け加えるもんだから、その言葉の信憑性が一段と薄くなってしまう。深月が華蓮をフォローしたいのかしたくないのかさっぱりわからないが、少なくとも秋生や春人よりも華蓮のことをよく知っているということはよく分かった。

「俺もそんな風に先輩のこと分かるようになりますかね」
「お前次第だな」
「俺の問題ですか?むしろ先輩の問題じゃないすか。深月先輩にはそれなりに心開いてる感じしますけど、俺なんて屑認定ですよ」
「あいつは結構お前には心開いてるぞ」
「え!どこがっすか!俺、先輩とメールのやりとりなんてしたことないっすよ」
「別にメールのやりとり関係ないだろ。…まぁ、それが分からないようじゃあ、まだまだだな」

 深月はそう言った後に「ちなみにメールじゃなくてLINEだ」と付け加えたが、秋生の耳には入っていなかった。そんなことよりも、一体深月が何をもってして華蓮が自分の心を開いていると思ったのかということの方が重要だった。しかし、秋生がいくら考えたところで華蓮が自分に心を開いていると思い当たる節は全くなくむしろ逆なんじゃないかと感じるだけで、無駄に虚しくなって終わった。しかし、それ以上いくら深月に問いかけても、深月はそれ以上何も教えてくれはしなかった。


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