Long story
「もが!!」
秋生が止めようと足を踏み出そうとしたその瞬間、李月に飛びついた八都の頭が鷲掴みにされた。さきほど亞希が腕まくりをしていた、焼けただれたような傷をおった腕が目に入る。
「ひふひ!?」
八都がバタバタと足をばたつかせながら声を出す。顔を掴まれているので上手くしゃべれないのか、滑舌が悪い。
「調子に乗るなよ」
李月はいつにも増して低い声でそう言うと、八都の顔を掴んだまま起き上がり、容赦なく庭に向かって投げ飛ばした。しゅんっと音を立てて八都の体が秋生の隣を吹っ飛んでいく。
「ぎゃあ!!」
見事に金木犀の木に叩きつけられた八都は、そのまま地面に転がった。木が突風に吹かれたように揺れ、花がいくつか散る。しかし、散った先から新しい蕾が出来ると、そしてあっっという間に元に戻っていった。
「うわぁあ、俺の金木犀になんてことしてくれる!?」
着眼すべきはそこではない。
秋生はあたふたする亞希を横目に、視線を部屋の中に移動させた。
「李月さん…いつから起きてたんですか……?」
あの素早さをみたところ、今起きたばかりだということはないだろう。
「心臓を突き刺せば一発」
「ほぼ最初から起きてるし!自力で起きれないって言ってたよね!?」
八都が起き上がりながら、怒ったように戻ってきた。あの衝撃から一瞬で復活してくるとは、普段からあんな扱いを受けているに違いない。つまり、普段から余計なことばかりしているのだろう。
秋生は未だに戻らない自分の長い髪を見つめ、やはり華蓮と李月が似ているように、八都と亞希もそっくりだと思った。
「出来ないとは言っていないけど…よく自力で戻って来られたね」
「……桜生に呼ばれた」
李月の言葉に、亞希は顔を顰める。
「あの子とは…もう切れてしまっているはずだよ」
「繋がっていなくても聞こえる。最初もそうだった」
「ふうん」
亞希は不思議そうに首を傾げると、金木犀の木の上に移動した。どうせまたすぐに降りてくるだろうに、どうしてそうまでしてそこに登りたがるのか秋生には全く分からない。明らかに座りにくそうな枝だが、座ってみると居心地がいいのだろうか。
「てか、起きてるならそう言えばいいのに……」
「思いのほか体がいうことをきかなかった」
李月はそう言うと、立ち上がって背伸びをした。秋生のいるところからでも、李月の体がバキバキと音を立てるのが聞こえる。
「まぁあれだけの衝撃を受けて、精神まで飛ばされたわけだから当然だろうね」
「だからって声くらい出せたでしょ」
「出すタイミングがどこかにあったか?」
「いつでも出せたでしょ」
それは喋っている当人だから言えることだ。
外野からしたら、アイドルの撮影会と女子高生の休み時間の中に入り込む隙間など微塵もなかったと言える。
「不貞腐れられる立場か、お前」
「間違ったことは言っていな―――ぎゃあ!!」
再び金木犀に激突する八都を目にして、秋生は少しだけ同情した。
確かに言いたい放題言っていた八都が悪いかもしれない。しかし、さすがに酷い気がしないでもない。しかもその辺に放り投げるのではなく、わざわざ金木犀に激突させているところに言い知れない悪意を感じる。
「だから俺の金木犀!!」
亞希が地団太を踏んでいる隣で秋生は苦笑いを浮かべた。
つい十数分前までは随分静かに話していたのに、その様子などもう見る影もない。
「まぁ…李月さんが起きたからいいか」
経緯はどうあれ、華蓮からの命令は無事遂行したわけだ。
それが達成できているのであれば、少々騒いでいでも問題はないだろう。
「何を騒いでいる」
背後から呆れたような声が聞こえてきて、秋生は振り返った。
声がそのまま表情に現れている。華蓮はどこか面倒臭そうな表情を浮かべながら歩いてきた。
「先輩……おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
華蓮は短く答えてから隣で立ち止まり、秋生の腕を掴み引き寄せた。
亞希のおかげで多少マシになっていた症状が完全になくなる。秋生は少し考えた結果、華蓮に凭れかかるように身を寄せた。
「リア充!!滅べ!!」
金木犀に向かって悲痛の叫びをあげていた亞希が、今度は秋生と華蓮に向かって怒声を浴びせてきた。どうやら相当殺気立っているようだ。
「何を苛々している?大人気ない」
「うるさいリア充!どこかに行くならさっさと行け!!」
「うるさいのはお前だ。言われなくても出て行くから少し黙っていろ」
亞希が怒鳴るのに対して、華蓮は相変わらず呆れたように言ってからため息を吐いた。
「李月」
華蓮が名前を呼ぶと、襖に凭れて掴みかかってきている八都を片手であしらっていた李月が視線を寄越した。華蓮は李月が自分の方を向いたのを確認してから、まるでさきほど李月が八都を投げたように、李月に向かって何かを投げつけた。
「!?」
李月は八都から手を離すと、瞬時に自分に向かって投げられたものを手に取った。さすがに瞬発力がいい。もし投げられたのが秋生だったら、顔面直撃待ったなしだ。
「……それ、李月の刀!」
李月から手を離された八都が、李月が手にしたものを見て目を見開いた。確かに、ついこの間秋生のせいで折れてしまった李月の刀にそっくりだ。
「違う。前に睡蓮と加奈子を閉じ込めた時に、落ちてきた刀だ」
どうして李月の刀とそっくりな刀が華蓮の家の納屋にあるのだろう。偶然形が似ていたにしては、すこし似すぎているような気がする。それとも、刀というのはみんなこんなものなのだろうか。
「貸してやるから、今度はちゃんと返せよ」
「……ああ」
李月がそう言うと、刀はまるで李月の手の中に吸い込まれるようにすっと消えた。
秋生はその光景を目にしながら刀が消えたことよりも「今度は」という言葉の方に思考がいった。そして納得した。きっと、元々李月が持っていた刀もこの家にあったものなのうだろう。どういう経緯で華蓮が李月にそれを渡したかは知らないが、李月はずっとそれを大事にしていた。だから華蓮は、また刀を李月に手渡すことにしたのだろう。
「やっぱり、何だかんだで仲良しじゃないですか」
「やめろ」
秋生が笑いながら言うと、華蓮と李月が同時に顔を顰めた。
表情も発する言葉も、双月や深月たちよりもよほど双子みたいだと秋生は思った。
「用事が終わったなら、さっさと行ってきなよ」
不貞腐れた表情の亞希が、金木犀の上から追い払うようなしぐさをする。どうやらまだ怒りは収まっていないようだ。
「いちいち突っかかってくるな。…行くぞ」
「どこに」
「学校だ。…何しに行くかなんて聞いたら殺すからな」
何も知らない李月に対して、その言い方はどうなのだろうか。
華蓮はそう言うと向きを変えて歩き出した。秋生は腕を引かれ、華蓮の後に続く。
李月が目的を理解したのかどうかは分からない。しかし、秋生の背後から足音が聞こえてきたことから、とりあえず一緒に行くことにしたらしいということだけは分かった。李月は察しが良いから、きっと分かっているのだろう。
桜生が消えてしまってから数時間。どうしてか、琉生が帰って行ったときのような嫌な感じはしない。それが良い兆候であると思い込むことにし、そして桜生もそしてどこにいるか分からない琉生も無事であることを祈りながら、秋生は旧校舎に向かうのであった。
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mokuji
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