Long story


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 桜生を助けに行くと言って、華蓮はすぐに縁側から歩き去ってしまった。まるでそれ以上質問は受け付けないというように颯爽といなくなってしまったので、秋生はその背中をただ見ていただけだった。
 寒い。この間まで感じていた寒さはこれほどだっただろうか。それとも、しばらく感じていなかったから体が感覚を忘れているだけなのだろうか。どちらにしても、今までは頭痛や吐き気がなかったことは明らかだし、今にも凍えてしまいそうな感覚のせいで全く頭が回らない。

「大丈夫?」
「…それなりに」

 秋生が答えると、亞希は苦笑いを浮かべて座っている秋生の頭に手を置いた。

「嘘を吐くのが下手だね。完全に消すことはできないけど…少しの間だけ」

 亞希がそう言った瞬間、寒さと頭痛が和らいだ。華蓮に触れているときほど体は軽くはならなかったが、それでも大分マシになった。

「ありがとうございます…」
「あいつが戻ってくるまでの気休めだよ」

 それでも十分だ。これである程度は何かを考えられる。
 そうすると、おのずと華蓮の行動に思考が向かった。

「先輩、桜生の居場所が分かったんでしょうか…」
「みたいだね。もったいぶらずに教えてくれればいいのに」

 亞希はそう言ってから、八都がさきほどまで座っていた金木犀の枝に座った。もったいぶっているのか、単に説明するのが面倒臭いのかとなると、華蓮は確実に後者だと秋生は思った。

「いーつーきー、おーきーてー」

 縁側の襖から顔を覗かせて小声で呟いてる八都は、とても起こそうとしているようには思えない。距離も遠い上に先ほどまで喋っていたトーンよりも低くなっているのに、起きる訳がない。

「それじゃあいつまで経っても起きませんよ」

 そもそも、まるで死んだように眠っている状態で普通に起こして起きるのかも疑問だ。これを寝ていると解釈してよいのかどうかも分からない。

「ていうか、これ普通に起こしても起きないでしょ。精神が凍りついているからね」
「えっ!?」
「ええっ!?」

 亞希の口からまるで当たり前のように出てきた言葉に、秋生と八都が同時に目を見開いた。何をそんなにあっけらかんと大事を口にしているのだろうか。

「え、気付いてなかった?秋生君はともかく、君まで」

 八都が警戒して近づこうとしないのに対して、亞希は全く気にすることなく李月の周りをぐるぐる回る。今さっき金木犀に座ったばかりなのに、あちこち移動して忙しい。

「それで勝手に出て来られたのか…てっきりここの力のおかげだと……」

 今着目すべきところはそこではない。

「そんなことより李月さんは大丈夫なんですか……?」
「死にはしないよ。繋がりを切られた時の衝撃とあの子を失ったショックで結構ガチガチになっているから…普通に起こしたくらいじゃ起きないってだけ」

 とても大丈夫という風には聞こえないし、実際に亞希は死なないとは言ったが大丈夫だとは言っていない。それが意図的なのかたまたま会話の流れがそうなったのかは分からないが、秋生の不安を増大させた。

「李月はいつだって普通に起こしても起きないけど…でも、ならどうすれば起きるの?」
「自力で起きる可能性もあるけど、相当な精神力が必要だから難しいかもね。…他人の手で起こすなら、凍った精神にも届くくらいの衝撃を与えればいい。てっとり早く済ますなら、心臓突き刺せば一発だ」
「いや死にますって」

 何をこれが一番と言うように笑顔で人差し指を立てているのだ。
 起こす前に殺してしまっては元も子もないどころではない。

「それくらいの衝撃を与えられれば、別に痛みじゃなくてもいいよ。痛覚を感じるように視覚や聴覚、味覚も感じるわけだからね。例えば、めちゃくちゃ不味いもの食べさせるとか、褒めまくって喜ばせるとか…悲しみは逆効果だからやめておいた方がいいかもね」
「罵倒しまくって怒らせるとか?」
「そうそう。でもやっぱり、精神に影響するくらいの大きい衝撃を与えようと思ったら痛みが一番早いけどね」
「じゃあ一発ガツンと……」
「待って待って待って!死んだらどうするんですか!」

 どうして八都までその方向で進めようとするのだ。あまつさえやる気満々に鋭い牙をちらつかせるとは何事だ。少しでも躊躇するか、せめてその素振りだけでも見せて欲しいものだ。

「程度は弁えてるよ。殺さなきゃいいんでしょ?」
「殺さなきゃ何してもいいってもんじゃないですって。…それは最終手段にして、他のこと試しましょう」
「じゃあ罵倒作戦にしよう」

 他にもいくつか候補が出た中で迷うことなくそこを選択するのか。
 一体李月は普段から八都をどのように扱っているのだろう。

「李月のバーカ!いっつもいっつも奥底に閉じ込めて滅多に出してくれないくせに、呼び出したら呼び出したでこき使ってくれちゃって!あ、この前食べた変やつのせいで僕お腹壊したんだからね!」
「変なのって…この間の体育館の?」
「そうだよ!あんなの食べさせるなんてどういう神経してるんだか!」

 すごく怒っているようだが、あれは確か李月が食べるなと言ったのに八都が勝手に食べていたのではなかったか。

「それは罵倒っていうか、もはや愚痴だよ」

 全くもって亞希の言う通りだ。
 そもそも、怒らせなければいけないのにこちらが怒ってどうする。

「んー?…もっと単純に馬鹿とか阿呆とか言えばいいの?」
「それだけじゃ弱いよ。どうして馬鹿でどうして阿呆なのか理由を明確にしないと。そもそも、馬鹿や阿呆って言われてもそこまでダメージないと思うよ」
「うーん…小心者とかヘタレとか?」
「いいよいいよ、個性が出てきた。それに理由を付け加えればもっとよくなる」

 亞希は一体どんな立ち位置を目指しているのだろうか。ノリがまるでアイドルの撮影をするカメラマンのようだ。
大体、罵倒の言葉に個性っておかしい。

「桜生が自分にしか見えないのをいいことにいつまでたっても好きだって言わない。桜生だって絶対李月のこと好きなのに何を怖気づいているんだろう」
「うわ、何それ華蓮とそっくり!引くわー」
「でしょ!意味わかんないんだけど。桜生は自分の気持ちに気づいていないから、あっちから言ってくることなんてありえないのに。馬鹿だよねー」
「男ってどうして普段は態度がでかいくせに、そういうことになると小さくなるんだろうね」
「全くだよ。肝心な時に役に立たないんだから!」

 今度はこの女子高生の休み時間みたいなノリだ。
 現実の女子高生の休み時間など知らないが、ドラマなんかでは大体こんな感じだ。わざとか無意識かは知らないが、どちらにしても今の状況にはそぐわない。

「やっぱり最終手段しかないのか……」

 秋生はとてもではないが李月を罵倒することはできない。とはいえ、李月の精神に影響を与えるほど褒めちぎることも無理だ。そこまでよく李月を知らない。
 しかし、あの様子だと八都は、李月を褒めることはしないだろう。

「あ、到頭決心したの?」
「じゃあ僕がする!」

 切り替えが早い。
 今の今まで自分たちの世界に入り込んでいたと思っていたのに、秋生が小声で呟いたことをしっかり聞き取っている。そして八都はいつの間にか李月の隣まで移動して牙をむき出している。先ほどちらつかせたよりもはるかに長く、そして鋭い牙だ。李月にそっくりな顔から覗いている牙の、その不釣り合いさは実に不気味だ。

「ちょっと…やっぱりもう少し……」
「もう面倒くさいよ!いただきまーす!」
「ああああ!ちょっ!?そこ首!!」

 どこまでも人の話を聞いていない。殺しては元も子もないと話したではないか。それなのになぜよりにもよって首に向かって突っ込んで行くのだ。そんな牙に噛みつかれたら、確実に死ぬことくらい分かるだろう。極み付けは「いただきます」ときた。もう言い逃れは出来ない。



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