Long story


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 校長室という札は既に朽ち果てていて、入口の床に転がっていた。校長室を知っていれば読める程度で、何も知らずに見たらただの木の破片以外の何物でもない。確実に蹴飛ばして終わりだ。
 普段ならノックをして礼をして入る校長室に、それをせずに入るというのは中々新鮮だ。
 本当なら自分が偉くなった気分にでもなりそうなものだが、この汚さではそれもない。かび臭い室内に、誰が座るのだというような汚いソファ。壁には誰も覚えていないような歴代校長の写真や絵が埃を被っているなんて状況をはるかに超えた状態で飾られている。ほとんど顔なんて見えないが、これはインクが薄くなっているのか、埃を被り過ぎているのか。どちらにしてもこんなところに放置せずに、せめてどこかにしまっておくとかすればいいのに。
 何にしても、普通の人が好んで入るところではない。用事がなければまず来ない、用事があっても来たくないような場所。その奥に、まるでこの空間に溶け込んでいるかのように佇むセーラー服。

「随分と陰湿なところに腰を落ち着けてるようだな」

 琉生が声をかけると、セーラー服がひらりと舞った。振り向いたその顔は、ついさきほどまで目にしていた顔とそっくりであり、全然違う。

「こんなところにぃ、人間が来るなんて珍しいと思ったらぁあ…」

 振り向いたカレンは桜生の顔をして、歪んだ声で気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
 本来ならもっと、違う形で笑っているはずのその顔を、どうしてこんなにもゆがめてしまうことが出来るのか。琉生は嫌悪感を隠せない。

「この前の怪物騒ぎに便乗して紛れ込んだみたいだな。…まぁ、あの怪物自体もお前の仕業なんだろうが」

 その言葉に対してニタリと笑う顔が、琉生の嫌悪感を増大させる。

「よく気付いたねぇえ。上手く紛れ込んだと思ったのにぃ」
「なめるな。何年お前を追ってきたと思ってんだ」
「わぁあ。僕ってばぁ、愛されてるねぇえ」

 まるで絡みつくような言葉と、その周りを漂っている生き物みたいな瘴気が琉生の耳に、そして肌に終わらない嫌悪感を運んでくる。

「でぇ、僕を見つけてぇえ、まさかぁ、倒しにきたなんて言わないよねぇ?」

 床をはいずるような音と共に、カレンが一歩琉生に近付いた。
 一歩進むだけで部屋中に瘴気が溢れ、眩暈がした。

「そんなことできてたらとっくにしてる。…まぁでも、今ならできないことはないかもな」
「はぁあ?」
「お前、桜生と完全に断ち切られて困ってるんだろう?」

 そう言うと、カレンの表情がニタニタした顔から一変した。一瞬で顔がゆがめられ、一気に琉生との距離が縮まる。

「お前ぇえかああああああああ!僕のぉ邪魔をしたのはぁあああああ!」

 はいずるような音で近寄ってきたカレンは、今にも触れるか触れないかのところまで琉生に迫った。先ほどまでの余裕の表情はどこへいったのか。今にも沸騰しそうなくらい怒りに満ちた表情になっている。

「だから、そんなことできたらとっくにやってるっつの」
「それならぁ、誰の仕業だぁあ?」
「知らねぇよ。気持ち悪いから近寄るな」

 琉生が手を払うと、桜生は体を逸らせてその手を避けてから距離を離した。ずるずると気持ちの悪い音を立てながら、元々いた場所に戻っていく。

「桜生との繋がりを切られて焦って侵入したんだろうが、残念だったな。お前の瘴気に当てられた奴らが暴走してるせいで、このままじゃいつまで経っても学校は始まらないぞ。まぁ、桜生がいないとお前自身がその力をコントロールできなんだからしょうがないよな」

 薄ら笑いを浮かべてやると、カレンが唇を噛んだ。どうやら図星のようだ。

「僕を馬鹿にして殺されにきたのぉお?」

 カレンの周りに蠢いていた瘴気が一気に広がった。そして、まるで矢のように琉生に向かって伸びてくる。生き物のような琉生の首に巻き付いてきて、ピリピリと痺れるような痛みが首を伝った。

「まぁ落ち着けよ。俺はお前と等価交換をしに来ただけだ」
「…等価交換……?」

 首に巻き付いた瘴気が離れていく。カレンは訝しげな表情で琉生に視線を送っている。

「そうだよ。お前だって、いい加減桜生に繋がれて秋生に囚われるのには飽き飽きしてるだろう?」
「まさかぁ、お前が秋生を殺して桜生の精神を消し去ってくれるのかいぃいい?」
「誰がそんなこと」

 そんなことしたら、これまでの秋生や桜生、そして華蓮の苦悩が全て無駄になってしまう。
 そうでなくても、あんなに可愛い弟たちを犠牲にして、学校を守ろうなんて思わない。学校を破壊することで桜生と秋生が救われるなら、今すぐにでも全壊させてやる。

「わずらわしいぁあああああ!言いたいことがあるなら、早くいいなよぉおおお!」

 一度離れていった体がもう一度すぐ目の前まで迫って来た。口から吐き出される瘴気が目に染みる。体を覆っている瘴気が眩暈を誘う。

「だから、等価交換だって言ってるだろうが」

 琉生はずっとこの時を待っていた。
 秋生を置いて、何年も追い続け、桜生や李月が苦しんでいる姿を見ながら、ずっと待っていたのだ。


「お前を自由にしてやる」


 ただ見ていることしかできなかった。何もしてやれなかった。
 だが、そんなじれんまともお別れだ。
 役に立てる時が来た。
 たとえそれがどんな手段であれ、秋生と桜生が救えるならば。
 その機会を逃さない手はない。
 琉生が笑みを浮かべると、カレンは思いきり顔を顰めた。



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