Long story


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 華蓮と李月が学校を破壊したとき、李月を学校に行くように差し向けたことに心底溜息を吐いた。李月が加わることで多少なりと学校に損壊が出ることはそれなりに予定していたが、まさか閉校して建て直しをしなければならいほど壊すなんて一体誰が予想しただろう。否、予想はできたはずだ。そして、琉生の予想は何一つ間違っていない。
 琉生は華蓮の性格も李月の性格も知っている。本気になったら止められないこともよく知っている。学校なんて簡単に塵に出来ることも知っている。しかし同時に、2人とも限度を弁えていることも知っている。今回のことでも、琉生が多少力添えをしたとはいえあれほどの破壊で済みかつ怪我人が出なかったことは奇跡に近い。
 あれくらいのことをしなければいけない状況だったのだ。琉生はグラウンドに現れたあの生物を見た時に、学校がなくなることを覚悟した。だから、本来ならば半壊程度で、しかも全く怪我人を出さずに収めたことを褒め称えるべきなのだ。そんなことをしたらつけあがるだけなので決して口にはしないが、それが事実なのである。
 しかし、そんなことをいくら上に説明しても分かってもらえるわけがない。どうして琉生が監督不行き届きとして罰を受けなければならないのだ。そもそも赴任してからそれほど日も経っていないのに、荷が重いなんて話じゃない。秋生や華蓮は自分たちがブラック企業の社畜だとのたまっていたらしいが、琉生の方がよっぽど社畜だと思う。おまけに、学校の修理が進まないからどうにかしろと言う。サービス残業も甚だしい。
 いずれ来る予定だったのだ。それが少しだけ早まっただけと思えばいいだけのことなのだが。しかし、やろうと思っていたことを頭ごなしに「さぁやれ、今すぐやれ」と言われるとやりたくなくなるものだ。「今やろうと思っていたのに。あー、もうやる気なくした」と、宿題を強制された小学生みたいに言い返せればいいのだが。小学生はそれで宿題をやらなくても次の日先生から怒られるだけで済むだろうが、琉生の場合はそうはいかない。

「予定が狂ったことが吉と出るか、凶と出るか……」

 誰もいない廊下を歩きながら、琉生は深い溜息を吐いた。
 本当ならもう少し時間が欲しかったのだが、これ以上学校の修復を伸ばすわけにもいかない。工事現場では既にもう何人も怪我人が出ていて、その程度も日に日に悪化している。死人が出るのも時間の問題だ。そうなる前に、この状態を収集しなければならない。
 旧校舎の廊下は歩くたびにみしみしと音を立て、その音に反応するかのようにいかにも悪に染まりましたと主張しているような霊たちが飛び出してくる。それを払いのけながら、琉生はどんどん薄暗くなっていく廊下を進んだ。
 この先に、霊たちを騒がせ無理矢理引っ張り込んで悪霊にしている元凶がいる。進むたびにその元凶から放たれている瘴気が強くなっていくのを感じる。まだそれほど近づいてないのに、気を抜くとすぐにでも呑みこまれてしまいそうだ。この異常なまでに恨み辛みに染まった旧校舎の影響もあるのだろう。ここはもう、場所そのものが強力な悪霊のようになっている。多分、一生取り壊すことも新しく何かを建てることもできない。

「お兄さん、何しに来たの?」

 ふと声がして、琉生なるべく瘴気を吸わないように舌に向けていた顔を上げた。

「なんだ、お前?」

 琉生の目の前に、古い着物を見にまとった子供が立っていた。様子からして性別は男だ。ここにいる霊たちはどれも瘴気に当てられて悪霊と化しているのに、この子どもはそうではないように見える。
 そして明らかに初対面のはずなのに、なぜかどこかで会ったことがあるような気がする。
それが何よりも不気味だった。

「僕はここに住んでる」
「住んでる?…こんなところに住んでて、瘴気に当てられないのか」
「まぁね」

 こんな場所にいれ瘴気に当てられないというのは些か不気味だ。
 しかし、今目の前にいる霊からは悪い感じは受け取れない。そのため、中にはそういう霊もいるのだろうということで自己完結することにした。

「どうしてこんなところにいるんだ?」
「それが使命だから。この地の行く末を見守るために、ここにいる」
「使命―――ああ、そうか。そういうことか」

 ふわりと笑った子どもの顔を見た瞬間に、琉生は全てを悟った。
 この子どもがこの場所で瘴気に当てられないわけも、自分がどこかで会ったような気がしたわけも。

「それで……俺に何の用だ?」
「特に用事があるわけではないけれど…これ以上先に行くと危ないよ」

 そう言って、子どもはまだ終わりの見えない廊下の先を見据えた。

「この先にいるのか」
「たくさんいるよ。見るだけで生気を吸われるようなものが、沢山いる。それも、ついこの間とても危ないものが入ってきた。他のどれよりも危ない。近寄ると、飲み込まれてしまう」

 子どもはそう言って顔を顰めた。ずっとこの地に腰を据えている霊でも脅威だと言うほどのもの。見るだけで生気を吸われるようなものが沢山いる中で、それ以上に危ないもの。琉生は自分が今まさに「他のどれよりも危ないもの」に会おうとしていることに、思わずため息を吐いた。

「俺はそれに会いに来た」

 そう言うと、子どもは酷く悲しそうな表情を浮かべた。

「やめた方がいい。危ないよ」
「それでも会わなきゃいけない。放っておくと、暴走を始めてしまう」

 既に暴走していると言ってもいい。学校を半壊させなければいけないほどの怪物を送り込むなど、とても正気の沙汰ではない。元々正気ではなかったが、今まではあくまで誰かの目に触れないところで目立たないように悪事を働いていた。それなのに、少し余裕がなくなっただけでこの豹変ぶりだ。このまま放っておいたら、そのうちあの怪物を何体も町に放ち兼ねないし、学校なんか簡単に吹き飛ばしてしまいそうだ。


「…どうしても行くの?」
「ああ」

「もう少し進んだところの、校長室にいるよ」

 琉生が力強く頷くと子どもはその思いを汲んだのか、廊下の奥を指さした。
 校長室とは、随分なご身分だ。

「気を付けてね。僕は、お兄さんがどうなっても助けを呼ぶこともできない」
「ああ、俺は大丈夫だ。…分かってるとは思うけど、次に俺が出てきても絶対に話しかけるなよ」

 そう言うと、子どもは一瞬表情を歪ませた。しかし、それからすぐにどこか悲しげな表情を見せてから頷いた。


「うん」
「居場所、教えてくれてありがとな」

 琉生は子どもが頷くことを確認してから、再び歩き出した。目的地はこの奥にあるらしい校長室だ。ただでさえ校長室なんて呼び出されたら緊張するようなところに構えるなんて、まるで嫌がらせのようだ。
 琉生はさらに薄暗くなっていく廊下を歩きながら、再び溜息を吐いた。


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