Long story


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 バーベーキュー用に用意した肉も尽きてしまい、外にいた連中もすっかりリビングに腰を落ち着けて数時間。深月と侑がようやく納屋から解放されたようだ。正に埃をかぶった状態でリビングに顔を出した2人は、今にも倒れそうな顔をしていた。

「ああもう、死ぬかと思った……」
「絶対魔物が住んでる、あそこ……」
「汚ねぇ格好で上がんな」

 窓から入ってこようとした2人に対して、華蓮が容赦なく言い放った。
 確かに汚いかもしれないが、その原因を思うとそれをすらっと言ってしまえる神経は凄いと思わざるを得ない。秋生はそんなことを思いながら華蓮の隣で苦笑いを浮かべた。

「夏川さん、それは酷くないですか…」
「一番頑張った僕たちが座敷に上がることも許されないなんて…」
「裏から回って風呂に行け。ついでに掃除して湯を張れ」

 さすがにここまでくると埃まみれの2人に同情せざるを得ない。
 確かに、時間的にはちょうど風呂のお湯を張る時間帯にだし、どうせ風呂に行くなら同じことだろうと言えなくもないのだが。それにしたって、可哀想な気がする。

「そこまでさせる?酷いってもんじゃないよ。鬼だよ、悪魔だよ、外道だよー」
「俺たちに神の助けはありませーん。世月が天使なら、神様にお願いして俺たちのこの扱いをどうにかしてくれよ」

 無茶苦茶を言っている。そもそも世月の「天使」というのも桜生が比喩で表現しただけであり、実際に世月が天使というわけではない。

「あー…世月じゃないけど、風呂の掃除とお湯はもう張ってあるぞ」
「え!?」

 双月の発言に、侑と深月の表情が一変した。

「どうせこういう展開になるだろうなと思って」
「わーっ、神様仏様双月様々!ありがとうー!愛してる!!」
「李月よりも世月よりもお前と兄弟でよかった!愛してる!!」

 よほど嬉しかったのはそのテンションの変わった様子を見ればすぐに分かった。

「大げさだしきもい」

 双月は顔を顰めていたが、侑も深月もそんなことはお構いなしのようだった。テンション高いままに、さきほどまでの気重さが嘘のように足取り軽く裏口に回って行った。

「よかったな、愛されて」

 琉生がからかうように双月に視線を向けると、双月はさらに顔を顰めた。

「いや、だからきもいって。大体深月は現金すぎだ」
「あれは本心だな」
「そんなわけないだろ」 

 確かに、あの流れであの言葉は冗談だと判断するのが妥当だ。
 でも、全部が全部本心ではないのかと言われれば、そうでもないのかもしれないと秋生は思った。

「どうしたんだ。浮かない顔して」
「いや…今までいて当たり前だった兄弟がいきなり全員いなくなって、でもその中で双月先輩だけ帰ってきてくれたわけですから、多少は本心なのかなって」

 秋生は琉生と桜生がいなくなった時に、どうしていいか分からなくなった。絶望の淵に立たされた気分というやつだろうか。深月もきっとそうだったのだと思う。そんな中で、経緯はどうであれ双月が戻ってきたことは本当に救いだったと思う。同じような経験があるからこそ、分かることだ。

「俺、別に帰りたくて帰ったんじゃないんだけど」
「経緯なんてどうでもいいんですよ。無理矢理でもなんでも、帰ってきてくれたらそれで。まぁ、俺の場合は何年も誰も帰ってきてくれなかったんですけど」

 そう言って横目で琉生と桜生を見ると、2人とも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「どさくさに紛れて鋭いナイフを突き刺してくるなよ……」
「僕には大剣が突き刺さった……」

 どちらにしても本人のせいではないのだが、秋生が一人の中で桜生と琉生が会っていたことは事実であるし、これくらいの嫌味は言ってもいいだろう。そう思って最後に付け加えた秋生の発言は予想通り、それなりに効果はあったようだ。

「お前、人に文句言うほど性格よくないだろ」
「だとしたら先輩の影響ですね」
「それは違うよ、秋生。近くにいる人に影響されるなら、僕なんて修羅みたいな性格になってるはずだもん」

 桜生があまりに自信満々に言うものだから、秋生は危うく吹きだしかけた。琉生なんて思いきり吹きだしている。

「どういう意味だ、桜生?」
「あ、ごめん。別にいつくんの悪口を言いたかったわけじゃ…」

 それはもっと悪いのではないだろうか。
 そう思うと、もう耐えられなくなって吹きだしてしまった。

「秋が超ド級おバカなら、桜ちゃんは超ド級の天然ボケだねー。さすが双子、綺麗に分け合ってるー」
「いや、全然分け合ってないって。偏りすぎ」

 双月は苦笑いを浮かべているが、春人は楽しそうだ。
 秋生としては春人の「超ド級のおバカ」発言を突っ込みたいところだが、きっと自分の馬鹿は満場一致なのだろうということで諦めることにした。

「俺がいいとこ全部もってっちゃったからな」
「それで全部持っていってるなら、僕たちの総合力相当低いよね…」

 今度こそ全員が吹きだした。
 桜生がからかっているのではなくて、本気でショックを受けているのがまたツボだ。

「ぼ、僕…何か悪いこと言ったの……?」
「いや、お前はずっとそのままでいいよ」

 そう言いながら震えているものだから、李月の言葉など全く説得力がない。案の定、桜生は納得しがたいというような表情を浮かべていた。

「…これ以上傷を増やす前に帰ろう」

 そう言って、琉生が立ち上がった。
 秋生からナイフを刺され桜生から悪意のない猛攻撃を受け、確かに傷は深そうだ。

「もう帰るの?」
「もうっていうか、予定以上に長居してるからそろそろばれる」
「ばれる…?」
「大人の世界はシビアなんだよ」
「意味が分からない…」

 それは桜生が天然だからというわけではない。秋生も意味が分からなかったし、多分他の誰も分からなかっただろう。琉生はそう言う桜生に苦笑いを向けると、秋生が作った料理を入れた紙袋を手にしてリビングの入り口に向かった。

「じゃあなー。秋生、桜生」
「うん」
「ばいばい」

 秋生と桜生が手を振ると、琉生は笑顔で手を振りかえした。
 そのしぐさに、秋生はふと違和感を覚える。
 何だろう。この嫌な感じは。

「あーそうだ、お前ら。秋生と桜生を泣かせたら殺すからな」

 秋生が違和感を口にする前に、琉生は華蓮と李月に向かってそう言ってリビングを出て行った。

「結局何しに来たんだ?」
「さぁ…?」

 一体何をしにきたのか。特に用事があるでもなく、ただ秋生から料理をもらい、そして華蓮と李月に唐突に忠告をして帰っていく。
 双月と春人が顔を見合わせて首を傾げているのを見て、秋生の嫌な感じが一層増した。


「……琉生」


 秋生は思わず立ち上がった。
 同じだ。桜生がいなくなって、琉生がいなくなったあの時と。
 あのときと同じ感覚がする。またいなくなる。



「兄さん…!」

 ふっと桜生がその場から消える。
 桜生がどこに向かったのか分からなかったが、それを合図にしたように秋生の足は玄関に向かっていた。
 しかし、つい先ほど出て行ったはずの琉生の姿もうどこにもなかった。




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