Long story


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 頭の中に響いてくる音は、同じ言葉をいつまでもいつまでも繰り返している。言葉を発しているが、それは声というよりは音と言った方が正しいだろう。人間の声とは程遠く、加奈子の喋りの方がよほど人間らしく聞こえる。旧校舎に足を踏み入れたころはうっすらと聞こえる程度だったが、図書室に近づくにつれてその音は段々と大きくなっていき、図書室の同じ階まで来るとすぐ耳元で爆音を鳴らされているかのように頭に衝撃を与えていた。

「すごい音。頭が割れそう」
「忌々しいことこの上ない」

 加奈子は耳を塞いでいるが、そんなことは気休めにもならない。しかし、耳を塞ぎたくなる気持ちも分かる。あまり長いことこの爆音を聞いていたら、気が狂ってしまいそうだ。

「よっぽど恨みが強かったんだね……」
「…確かに、元からある程度の恨みがあったのだろうが。ここまで強い力を持ったのはこの旧校舎のせいもあるだろう。俺や秋生のそばにいれば大丈夫だろうが、1人でこの場所にいれば3日でお前もたちまち怨霊になれる」
「やだ。ここすごく気持ち悪い。3日もいられないよ」
「…そうか」

 幽霊でさえ嫌がるような旧校舎。一体どんなものが奥に潜んでいるか分かったものではない。それに触れたくもない華蓮は、さっさと仕事を済ませて帰ろうと、心なしか早足になっていた。


「……ここだね」

 もし仮に図書室以外の場所に獲物がいた場合のために加奈子に案内をさせようと連れてきたが、その必要はまったくなかった。獲物は狙い通り図書室にいたし、それ以前に、これだけ頭に音が響いていたらその音が強くなる方へ歩けばいいだけだ。
 図書室の前まで来た時点で、音は頭をかち割りそうなほど響き渡っていた。加奈子は両耳を塞ぎ、苦痛に顔を歪めていた。華蓮も耳は塞いでいないものの、苦痛に表情を歪めていた。

「これでは中の声を聞こうにもどうにもならん」
「私が行ってみてこようか?普通の人間に私は見えないし」
「やめておけ。人間に気付かれなくても、中にいる本体に気付かれたら一瞬で呑まれる可能性もある」

 そう言うと、華蓮は図書室の引き戸に手を掛けた。

「私がどうなろうと、どうでもいいんじゃないの?」
「勝手に遊び回ってなる分には構わんが、自分が連れてきて悪霊化されては後味が悪いだろう。まぁ、どちらにしても始末はするが」
「…あっそ」

 加奈子がそう返すと同時に、華蓮は手を掛けていた戸を引いた。ガラッと音を立てて入口が開くと同時に、得体の知れない何かに圧迫されたような感覚に華蓮と加奈子は思わず顔の前に手をかざすが、実際に何かが迫ってきているわけではない。息の詰まりそうな空気が辺りを覆っていた。
 加奈子はすっかり華蓮の後ろに隠れてしまった。これでは連れてきた意味が全くないが、しかしそれも仕方がないと思えるほど酷い空気だった。華蓮は重い足を上げて図書室の中に足を踏み入れた。

「く、るし…!やめてくださ…!」

 教室に入ると、頭に響く音とは別に声がした。生きた人間の声だ。
 図書室のカウンターの上に押し倒されている者と、押し倒している者。その光景はいかがわしい様子ではなく、むしろ切羽詰まっている様子だ。押し倒されているのは白鳥高校の制服を着ており、生徒だということがわかる。生きた人間の声を発していたのはこの生徒だろう。
 それに対して押し倒している方はスーツ姿。学校内でスーツということは、つまり教師ということだ。

「カエセ…ワタシノ…ユルサナイ……」

 生気を宿した生徒の声とは対象に、肉声であるにも関わらず生気がともっていない。華蓮や加奈子の頭の中に衝撃を与える音と同じタイプの音で、頭に響く。
 生気をともさない音を発している教師は押し倒している生徒の首に手を掛けていて、力いっぱい締めていた。生徒が苦痛の声を上げているのはそのためだ。本来ならまず一番にその手を払い、生徒をピンチから救ってやるというのが一般的な得策であるのだろうが。 華蓮にとってそんなことは後回しだ。生徒がまだ声を発しているうちは放っておいても死ぬことはない。首を絞めている教師も、締められている生徒にも目もくれずその後ろに視線を向けた。

「それほどの執念を持っているくせに、自分の憎い相手の顔も判別できないのか」

 華蓮がそう言葉を発した先には。
 黒髪ストレート。どの時代も共通のセーラー服。
 しかし、華蓮の問いに対して振り向かれたその顔は新聞や写真のような美しさの面影を残してはいなかった。実際に死んでいるのだから当たり前であるが、生気をともしていない眼。しかし、その眼は狂気と、そして憎しみを溢れんばかりに宿していた。体中から瘴気のようなものが出ているように見える。きっと、この空間を圧迫している空気の正体はあれに違いないと確信する。

「加奈子、そこの人間に変化があるか、何か他の気配を感じたら教えろ。それ以外は何もしなくていい。アイツの目を見るなよ」
「うん」

 加奈子は華蓮の背中にぴったりとくっついている。いつもなら寄るなと悪態を吐くところだが、今はそんなことは言っていられない。むしろ絶対に離れるなと念を押してもいいほどだ。

「…無駄だろうが、一度だけ聞いてやろう。成仏したいか、それとも消されたいか」

「コロシテヤル…コロシテヤル…カエセ…カエセ…」

 華蓮の問いには答えない。しかし、これは予想の範疇――むしろ予定通りだった。もうこれは田中明子ではない。この怨霊には加奈子のような意志もないだろう。この旧校舎の不の力によって増幅した怨念が田中明子を喰い尽くしてしまっている。話は通じない。
 華蓮は相手にすることを諦め、所持しているバッドを振り上げた。バッドが風を切って、その周りだけすっきりした空気が流れる。


「消え失せろ」

 華蓮は振り上げたバッドを勢いよく振り下ろした。


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