Long story


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 侑と深月の叫び声も去ることながら肉をやけ食いしていたところ、喉が渇いたのでお茶を飲もうとリビングに入ると、キッチンがまた随分と様変わりしていて琉生は顔を顰めた。

「何か目出度いことでもあったのか」
「え?」

 キッチンで何かを作っているらしい秋生が顔を上げた。独特の匂いがキッチンに漂っている。まな板の上にはゆで卵や豚バラのブロック、ウインナーなどが並んでいるが、一体何を作っているのだろうか。

「食洗機なんて前はなかったし、冷蔵庫も半分以下だったろ」
「あー。洗濯機買いに行ったときについ衝動買いを……」

 そう言って秋生が苦笑いを浮かべた。テヘペロと言いながら舌を出す姿は実に可愛いが、可愛いからいいという問題ではない。高校生が衝動買いするレベルの品物ではないだろう。この調子だと、外にあった冷凍庫も多分そうに違いない。

「お前、そのうち見境なくなるぞ」
「そうならないようにテレビは我慢ましたー」

 テレビまで買おうとしていたのか。我慢したことは偉いかもしれないが、それができるなら冷凍庫も1台にとどめておけばよかったものを。
 琉生はそう言いながら冷蔵庫に手を掛けた。遠くから見たら黒っぽかったのでてっきり黒なのかと思っていたが、よく見ると赤色だ。何だろう、このいけ好かない赤色は。そもそも白を基調としているこの部屋にどうしてこんなミスマッチな色を選んだのだろうか。前の黒も大概ミスマッチだったが、これはさらに場違い感が半端でない。

「他の色なかったのか」
「え?違うよ。その赤が気に入ったからそれにした」
「何でこんな、ワインレッドともいえないような赤黒いのを…。まるで華蓮だな」
「先輩……?」
「そう。あいつの血の色とかまさにこんなだろう」

 亞希を飼っている(亞希は自分が華蓮を飼っていると思っているが)華蓮の体は普通とは少し違う。亞希の力を使うときに体から立ち上る瘴気のようなものもこの冷蔵庫のような色だし、血も似たような色をしている。

「だから気に入ったのか」

 当たり前のように頷く秋生にはノーコメントだ。
 ナチュラルにそういうことを言われると見せつけられるよりも腹が立つ。全く、これ以上苛立たせないで欲しいものだ。

「はぁ、気疲れする」
「…何だよ急に」
「いいや、何でもない。何か持って行くもんあるか」
「あ、じゃあ5分待って。燻製が出来るから」

 この独特の臭いは燻製だったのか。数年顔を見ない間に料理を極めすぎだと感心というか、ちょっとあっけにとられるというか。

「酒のつまみになりそうだな」
「ここに酒はないけど……持って帰る?」
「くれんの?」
「いいよ。大量に作ってるし」
「じゃあもらってく」

 今日は呑まずにはいられなさそうだ。
 琉生はそんなことを思いながら、燻製が出来るのを待つためにダイニングに移動して腰かけた。

「兄貴さ、ちゃんと自炊すんの?」
「しないって言ったら夕飯も持たせてくれるのか」
「…別にいいけど」
「まじかよ。遠慮しないぞ」
「ああ。食材買いまくって持て余してるから」

 そう言って秋生は苦笑いを浮かべた。
 どうやら冷蔵庫が新しくなったことで調子に乗ったらしい。気持ちは分からなくはないが。

「じゃあ今から挙げるもので作れるもの全部な。コロッケだろ、エビフライだろ。肉じゃがに麻婆茄子に豚キムチとハンバーグ!どうだ、参ったか」

 多分自分で作ろうと思えば作れなくもないが、作るのが面倒臭いものばかりをリクエストした。それも、ジャンルも様々で、さぞ道具も時間もかさばるだろうものを敢えて選んだのだ。

「エビはないからエビフライは無理だけど、他は全部できる。冷凍庫もあるし、全部作っても持て余すこともない!最高だな!」
「お、おう…」

 多すぎだとか多ジャンルすぎだとか文句を言われることを想定していたのに、どうしてか喜ばれてしまった。琉生は半ば冗談で言ったのだが、どうやら秋生は本当に全部作る気らしい。琉生にはそれの何が楽しいことなのかまるで分からないが、鼻歌まで歌い出して今さら冗談だとは言えない雰囲気だ。

「でも、本当に自炊しないのか?」
「半々くらいかな。まぁ、8割オムライスで残り2割焼き鮭に出汁巻き卵と味噌汁」
「コレステロール取りすぎ」
「ああもう、その台詞は聞き飽きた」

 コレステロールなんて目に見えないものをどれだけ取ったかといって何だというのだ。いや、体にあまりよくないということは分かっている。分かっているが、食べたいのだからしょうがない。近くのスーパーがこれ見よがしに卵のセールばかりしているのが悪いのだ。

「兄貴の健康を気にしてくれる人なんているんだ」
「失礼な奴だな。俺にだって友達くらいいる」
「ふうん」

 秋生はそう言って、燻製から顔を上げるとにやりと笑った。
 なんだか性格が若干ここに住んでいる他の奴らに似てきているような気がして、琉生はすこぶる嫌な気分になった。
 やはり華蓮なんかにたぶらかされたのが悪かったのだ。琉生は心の底からそう思ったが、今さらどうすることもできない。

「お前、ここに居て苦労してないのか」

 毎日自分の食事を3食作るのだって、琉生からしたら重労働だ。それを大家族分作っているのだから、いくら料理が好きとはいえど嫌にもなりそうなものだ。おまけに、ここに住んでいる連中のほとんどは人に気なんか使わない連中ばっかりだ。
 とはいえ、答えは大体分かっていたがそれでも琉生は聞いてみた。

「全然、すげぇ楽しいよ」

 そう言って、秋生は本当に楽しそうに笑った。
 自分が勝手にいなくなった間に、秋生は自分で大切なものを見つけた。桜生も同じだ。自分の体がなくなっても、自分で手を伸ばして見つけている。とはいえ、桜生の場合まだそれに気が付いていないが――きっと、今の環境にいれば物事が進むのも時間の問題だろう。
 本当は、華蓮に秋生をくれてやるのなんて嫌だし、李月に桜生をくれてやるのも嫌だ。でも、ずっと放っていた琉生が口出しできる話ではないし――心の底では、秋生にしても桜生にしても、支えてくれる誰かがいて、本人たちが幸せなら相手は誰でもいいとも思っている。
 だから秋生の答えを聞いて、琉生はどこか安心した。


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