Long story


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 李月と華蓮が荷物を持って一足先にリビングに入ってからしばらくして、相変わらずこの世の終わりのような表情の秋生と、苦笑いを浮かべている春人と睡蓮が戻ってきた。一体どんな話を聞いたのだろうか。

「うわ、どうしたんだよ秋生、その格好」
「もう何も聞かないでください」

 秋生は深月の言葉にそう返すと、侑が座っていたソファの隅に腰かけ再び体育座りの体勢を取った。どうやらダメージは全く軽減されていないらしい。むしろ蓄積されているようにも感じる。

「夏川先輩に住みついてる人が出かけるならって。自分じゃ解けないんです」
「あー。それであんなに落ち込んでるのか?」

 深月が言っているそれは多分違う。あの格好にされたのは家から出る前だし、その時点で既に腹をくくっていたから、今さらあれほどショックを受けることはないだろう。

「違うよ。…いやまぁ、それが原因って言えばそうだけど」
「秋兄、華蓮が洗濯機の会計してる間にナンパされたんだって」
「それも3回も」

 春人と睡蓮は顔を合わせてから、再び苦笑いを浮かべた。
 会計の間に3回もナンパされるって、一体どれだけ長い会計だったのか。もしくは秋生がよほど目を引いたのか。あるいはそのどちらもという可能性もあるが、何にしても普通はないだろう。

「まぁ、これはナンパしたくもなっちゃうよねー」

 そう言いながら、侑は体育座りをしている秋生の頬をつつく。

「やめてください」
「可愛いからやめない」

 秋生が思いきり顔を顰めてもお構いなしだ。その図太い神経はある種尊敬すべきかもしれない。

「回数はあれにしても、この前にメイド服着た時も似たようなことあったろ?そんなに落ち込むことか?」

 李月としては、そもそもどういう経緯でメイド服を着ることになったのかが気になる。華蓮がよく許可したものだ。

「この前のは学校だったでしょ。男が好きな人の集まりで、秋生が男だってことも分かってる。でも今日はそうじゃなくて、一般人に女性と間違われてナンパされた挙句に」
「男だって言っても引いてくれなかったらしいよ。まぁ、信じられない気持ちも分からなくないけど」

 春人と睡蓮が秋生から聞いた話を順番に話していく。
 つまり、秋生は自分が完全に世間から女に見られて挙句に、正体をばらして尚信じてもらえなかったことに落ち込んでいるということか。

「あー…なるほど」

 深月も納得したようで、苦笑いを浮かべた。
 侑だけは楽しそうに秋生にちょっかいをかけている。少しは可哀想だとか思わないのだろうか。

「僕はいいと思うけどなぁ…可愛いし」
「俺もそう思うんだけど、秋はメイド服の時も嫌がってたからね」
「それって、僕のこの格好をゲテモノ扱いしてるようなものだよね」

 そう言いながら、桜生が秋生の近くに近寄って行った。
 今の格好の秋生は、より桜生とそっくりに見える。

「そういう訳じゃないけど。そもそも桜生はなんだってセーラー服なんだ」
「僕は昔から自分の顔に対して服装がアンバランスだなって思ってたから。自分に似合うものを選ぼうと思うと、どうしてもこういう服になっちゃうの。女の子になりたいわけじゃないよ」
「それ、つまり俺にも女服しか似合わないってことじゃん!」
「おい、桜生。傷を深くしてどうする」
「だって、現実を受け止めないと……。多分、自分でも自覚してるんだよ。私服がこの家にないのも、きっと持ってきてないんじゃなくてそもそもあまり持ってないんだよ。似合う服がないから……」
「それ以上言うなぁあっ」

 秋生は今にも泣きそうな声でそう言うと、膝を抱えてうずくまってしまった。

「可哀想に、色々ずたずただな」
「可哀想って言いながら顔が笑ってるよ、みつ兄」
「これが笑わずにいられるか」
「性格悪いなぁ、もう」

 春人が嫌そうな顔をしながら、深月からコーヒーを奪い取った。多分、ここにいる連中の中に性格のいい者を見つける方が至難の業だ。類は友を呼ぶとはこういうことだろう。

「落ち込んでるとこ悪いんだけど。秋兄、この食材どうるすの?冷蔵庫入らないよ」
「冷蔵庫ならもう少しで新しいのが来る」
「えっ!?洗濯機買いに行ったんじゃないの?」
「秋生の衝動買いだ」

 やはり、洗濯機だけでは収まらなかったらしい。

「衝動買いで冷蔵庫買うってどうなの!?」
「あと冷凍庫が2台と、食洗機も洗濯機と一緒に明後日には届く」
「ええ!?」

 衝動買いにしては、すこし度が過ぎているような気がしないでもないが。
 冷蔵庫だけは即日配達にしてもらったとか、そんなことはどうでもいいくらいのインパクトだ。

「冷蔵庫と食洗機はともかく、冷凍庫はどこに置くんだ?2つも入らないだろ」

 冷蔵庫も今より大きくなるなら、いま冷凍庫が置かれているスペースも占領されるはずだ。そうなると、ただでさえ置くところがないのに、それを2つも一体どうする気なのだろうか。

「納屋に置く」
「あの汚いところのどこにそんなスペースがある?」

 李月がいた時のあの納屋は、華蓮と喧嘩したときに琉生に押し込められる拷問部屋だった。今思い出しても吐き気がしそうなくらい、狭くてかび臭い場所だった。もしその当時のままならどう考えても冷凍庫なんか置けないが、もしかしてこの数年の間に片付けでもしたのだろうか。

「そのスペースを明後日までに深月と侑が作る」
「ああ、なるほど」

 片付けたのではなくて今から片付けるのか。それなら納得だ。
 2日あれば冷凍庫を置くくらいのスペースは作れるかもしれない。

「いやいやいやちょっと待って。何で俺ら?」
「いっきーも何普通に納得してるの!?」
「お前ら、ここ最近1日中寝てばっかりだろ。洗濯もしなければ風呂掃除もしてない」
「双月は!双月だってほぼ何もしてないだろ!」

 深月が立ち上がって双月を指さした。
 自分に矛先が向いて来た双月は、思いきり顔を顰める。

「いや、俺もほぼ寝てるけど、そういう当番はちゃんとこなしてるから。巻き込まないで」
「春君に起こしてもらってるんだよね」

 睡蓮がそう言うと、双月は睡蓮に笑顔を向けた。
 笑った顔は本当に世月にそっくりだと思う。

「いえーす。超優秀な目覚まし時計だから」
「人を物扱いしないでください」

 春人は不満げな声を出すが、顔はそこまで不満そうではない。

「分かっただろ。明後日までに掃除しないと、お前らの部屋が納屋になるからな」
「まじかよ」
「さいあく」

 深月と侑はほぼ同時に顔を真っ青にして項垂れた。

「言っとくが、納屋の掃除をしたからと言ってサボった分がなくなるわけじゃないからな」

 華蓮の容赦のない追い打ちに、深月と侑はさらなる絶望の表情を滲ませるのであった。
 自業自得でいい気味だ。せいぜい当番をサボったことを後悔しながら、あの汚い納屋を掃除すればいいと思う李月であった。


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