Long story
午後6時を回った頃、夏川家のリビングにようやくいつも通りの賑わいがやってきた。もう電気を付けるような時間帯に「おはよう」といって次々に入ってくる人物たちは、生活リズムなんて微塵も考えていないだろう。朝一番に学校に向かった睡蓮が帰ってくる方が先ということに少しでも疑問なり罪悪感なりを持てばいいのに、まるで気にした様子もない。
深月と双月がダイニングの椅子に腰かけ、春人は睡蓮が洗濯物を取り込んでいる手伝い、侑はあれだけ寝たのにまだソファで寝ようとしている。その隣で昨夜から遊びに来ている座敷童がテレビを付けてチャンネルを回しているのを見ながら、李月はため息を吐いた。
「あー、よく寝た。俺もコーヒー飲みたい」
欠伸をかみ殺しながら、深月が李月の前にコーヒーカップを出してきた。よく寝たおかげで誰が当番でもないのに洗濯物を干したと思っているのだ。全く図々しことこの上ない。
「寝すぎだ」
「たまにはいいだろ。せっかく休みなんだし」
「そのうち昼夜逆転する」
「その前に学校が始まればいいな」
深月はそう言って、李月の入れたコーヒーを啜った。
絶対に学校が始まればいいなんて思っていないような口ぶりだ。
「ねぇ李月、秋兄知らない?華蓮はまだ寝てるのかな?」
庭の方から睡蓮が不思議そうに問うてくる。
李月に問うたのは、睡蓮が帰ってきたときに起きていたのが李月だけだったからだろう。寝ている人物が秋生の動向なんて知るわけない。
「家電量販店デート中」
「は?」
声を出したのは睡蓮だが、全員の視線が李月に集中した。
「いつの間にそんなに仲良くなってたの、あの2人」
ソファに寝転んでいた侑が顔を顰めながら起き上る。
どうやらここにいる連中は華蓮と秋生の関係を知らないらしい。
「仲良くっていうか…」
「桜生」
小声で呟こうとした桜生を睨み付けるように制止すると、桜生は言葉を止めた。
李月や桜生よりも前からここに入り浸っている連中が知らないということは、隠しているか、見つかるまでは喋る気がないということなのだろう。それをわざわざ率先して喋ることはない。
「てか、何で家電量販店?」
「洗濯機を買いに行くんだと」
洗濯機だけで収まったのかどうかは知らないが。秋生は衝動買いをしてやると息巻いていたから、もしかしたら他にも大きい買い物をしてくるかもしれない。
「テレビで特集してたのが、たまたま前のいつくんのうちの近くだったんです」
李月の言葉に双月はまだ首を傾げたままだったが、桜生が付け加えると納得したように双月が頷いた。
「なるほど…。それデートって言うのか?」
「さぁな。テレビがデートスポットとして紹介してたからそう言っただけだ」
「最近は家電量販店がデートスポットなのか……何が楽しいんだろ」
双月の言うことは最もだが、きっと秋生は楽しんでいるだろう。家の中であのはしゃぎようだったのだから、実物を見たら飛び跳ねんばかりに喜びそうだ。
「でも、もう出て行ってから結構経ってるよね」
「そうだな。…そろそろ帰ってくるんじゃないのか」
そう言った途端、李月の頬をふわっと何かが撫でた。例えるなら何かの毛のようなものだ。
『主人が帰ってきた。荷物を取りに来いって言ってる』
玄関にいる狸の声が頭の中に響き渡る。この家の呼び鈴は実に優秀だ。
「ほら、帰ってきたから荷物取ってこい。1日中寝てたんだから体力有り余ってるだろ」
「えー、面倒臭い」
「李月だって似たようなもんだろ」
「僕動きたくないからパス!」
どいつもこいつも体たらくにも限度がある。脅して無理に行かせるのも面倒に感じた李月は、呆れたように立ち上がり玄関に向かった。
玄関には大量の買い物袋と、それから華蓮と秋生がいたが。どうしてか秋生は玄関の隅の方で体育座りをしている。どういう状況なのだろうか、これは。
「他の連中はまだ寝てるのか」
「春人と睡蓮は洗濯物を取り込んでる。他は面倒臭いから来ないらしい」
「あいつら……」
華蓮の眉間に皺が寄って、青筋が立った。
間違ったことは言っていない。だから後から他の連中がどんな目にあおうと知ったことではない。
「こっちはどうしたんだ」
「本人に聞け」
どこからどう見てもきける状況じゃないだろう。
まるで貧乏神のような風貌で座り込んで、この世の終わりというような顔をしている秋生は、話しかけてもまともに答えてくれそうにない。
「まぁいいけど」
何があったのかは知らないが、華蓮があまり気にしていないところを見るとこうなった原因は華蓮ではないのだろう。しかし、そうなると更に原因が分からない。とはいえ、気にしても答えが出て来るわけではない。李月は秋生の存在は気にしないことにして、華蓮から荷物を受け取った。
「華蓮、手伝うよー。って、え?秋兄?」
「えっ、秋どうしたの、その格好!?」
「おまけに何、この負のオーラ!」
リビングから睡蓮と春人がやってきて驚愕の声を上げた。
このオーラを前にして気にも留めず話し掛けられる神経は凄いと思う。きっと秋生がこうなっている原因はこれから2人が聞きだしてくれるだろう。李月は持てる限りの荷物を持って、リビングに戻ることにした。
[ 4/5 ]
prev |
next |
mokuji
[
しおりを挟む]